砂漠の異世界で獣人の王に囚われる~王様はホワイトタイガー

篠崎笙

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ツガイは異世界の王子

深い悔恨の念に駆られる

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「出血が多すぎて……まずいですね」

点滴を打つ必要があるというが。
サラームは今、手を離せない状況だという。

「……点滴を持って来る」


「王、医務室へ入る前に、ご自身の消毒をお願いします」
サラームに注意され。

見れば。
ナナミの血で、私の身も血塗れだった。


これほどまで、血を流させてしまった。

胸が締め付けられる。
いや、私が傷付いている場合ではない。

深く傷付いているのは、ナナミだ。その心も、身体も。


†††


急ぎ湯を浴び、血を洗い流し。
医務室まで、点滴の道具と輸液を取りに走った。

点滴を打ち、しばらく後。
ナナミの蒼白だった顔に、赤みが差してきた。

治癒術と、点滴した薬液が効いたのだ。


「ナナミ……」

ナナミの右手を握り。
額に当てる。

「ナナミは、私のツガイであった」


「王、それはまことですか?」
「間違いない。私は発情し、欲望を抑えることができなかった」

発情期は、普段よりも感情の箍が外れやすいものだ。
相手がツガイならば、尚更。

だからといって。このような行いが赦されるわけではない。

私は、欲望のまま犯し、汚し。
傷付けてしまった。

誰よりも大事にし、愛すべき、唯一の相手を。


「サラーム。目覚めるまで、ナナミをみていて欲しい。……私がいては、気が休まらぬだろう」

「御意」
サラームは多くを言わず。
手を合わせた。


†††


ナナミが目を覚ましたという。
はじめ、点滴をむしり取ろうとしていたらしいが。サラームが説得し、点滴を続けているという。


「ナナミの様子は? 何と言っていた?」
サラームに問うと。

「あの、”俺は死んでもあんたのいうこときかないし、食事もいらない”とのことです……」
「…………そうか」

馬鹿正直に、そのまま伝えずとも。
もう少し、歯に衣を着せてもよいものを。


薬液を点滴していれば、食べなくても死ぬことはないだろうが。
心配だ。

「怒る元気があるのなら、まだ、大丈夫か……」

サラームが聞いた話では。
王子というのは名前で、ナナミは王族ではないという。

だが、誇り高い性格であるのは間違いない。自決でもされては困る。
私の、大切なツガイだ。


「とにかく、謝罪してみようと思う」

「……王……」
サラームは、驚いていた。


†††


これまで、王は謝罪など、したことはなかった。

王は、国家の法である。
王の言葉は何よりも優先される、正しいものだ。謝ることなどしない。してはならないと言われている。

しかし、私は間違いを犯したのだ。
謝らねばならぬ。


頑張ってください、と励まされた。
ついて来てはくれないようだ。


「ナナミ、」

”薔薇の間”に入ったが。
寝台に、ナナミはいなかった。


鎖は、風呂場へ伸びていた。

風呂か?
まだ早いのではないだろうか。

もう少し体力が回復してからでないと、身体に障る。


「ナナミ?」

大きな水音がした。


嫌な予感がし、風呂場へ飛び込むと。


ナナミが。
ゆっくりと湯船に沈んでいくところであった。


†††


「ナナミ!!」

「げほっ、」
慌てて引き起こし、水を吐かせた。


ああ。
生きている。よかった。

鎖がひっかかり、身動きが取れぬまま溺れ死ぬところであったようだ。


私の醜い独占欲によって。
危うく、死なせてしまうところだった。

私の、大切なツガイを。


「ナナミ、大丈夫かナナミ。……死んでしまうかと……」
ぎゅっと抱き締める。

細い身体。

こんなか弱いものを、力づくで犯したのか、私は。

何と罪深い。


こんな、鎖で繋いでいたせいで。逃がしたくないと欲張ったせいで。
大切な、唯一のツガイを。死なせてしまうところだった。

躊躇せず、もっと早く部屋に謝罪をしに来ていれば。
溺れて苦しい思いなどさせずに済んだというのに。


なんと、私は愚かであるのか。


†††


「ナミル王……?」


ナナミが。

私の名を。


「初めて、私の名を呼んでくれたな・」


愛する者から自分の名を呼ばれる。
それはなんと、幸福な気持ちにさせるのだろうか。

ナナミは、困ったような笑顔を浮かべた。

「あんた、子供みたいだな」
「私はもう、17だ。立派な大人だ」


「……17!?」
驚かれた。


私はもっと驚かされたが。

ナナミは、21歳だという。
私よりも、4つも年上だったのだ。

成人男子であると検査では出ていたが、もっと子供とばかり思っていた。


「生まれて初めての”発情”で、我を忘れてしまい、乱暴を働いたこと。すまなかった」

人虎の成り立ちと、性質を。
ナナミは興味深そうに聞いてくれた。


「ナミルは、いくつで王様になったんだ?」

ああ。
ツガイに名を呼ばれるのは、このように心地好いものか。もっと呼んで欲しい。


「15だ。先の戦で先王を亡くし、強い力を持っていた私が後を継いだ」
完全な虎の姿に成れる者は最も力が強いのである。

そう言うと。
虎になった姿を見たい、と言われた。


怯えられるのは嫌だが。
ナナミが望むなら、少しだけ。


†††


虎に変化すると。

「ふああああ、ふかふかー!」
喜びの悲鳴を上げながら、抱きつかれた。


おそろしくないのか?
この姿が。

人ならば。見れば悲鳴をあげ、逃げる者の方が多いのだが。


「ふかふか……幸せ……」

嬉しそうに身体を撫で回されている。
そんなに触り心地が良いのだろうか、この毛皮が。自分ではわからない。

まあ、ナナミが嬉しいなら、私も嬉しい。
泣かれるより、笑顔がいい。


「手ェ見せて、手。ふああ、肉球……」

嬉しそうにつついているが。
これは、足音を忍ばせ、獲物を捕らえるためのものなのだが。
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