大企業グループ次期総代のこの私が異世界の王のツガイとして召喚されるなんてこれは悪い夢に違いない。

篠崎笙

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結婚

嫁入り準備

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なんと、この世界の天井を抜けてみたら。
他にも箱型の物体……というか星が、無数にあったという。

そして、それの周囲を回っている太陽が、星のように見えていたようだ。
……天動説は変わらない訳か。


太陽系は太陽の周りをいくつも星や衛星が回っており、恒星と惑星の集合体で銀河が構成されているが。

この世界では、たった一つの箱型の星のために、太陽と月が周回しているのか。
どうなっているのだろうか。この世界。

いや、もう考えまい。いくら考えても無駄である。
なにしろ、異世界なのだから。


*****


「これからも何か疑問に思った事はどんどん言ってくれ。それが事実かどうか検証してみよう」
リカルドはほくほく顔だった。


私の世界での常識は、とうに木っ端微塵だが。
今まで”常識”として教えられていたことが事実ではなかったと知ったのが相当愉快だったようだ。

本に書かれていたのが間違っている、という疑問すら抱かなかったのだ。

人々が、偉い人の書いた書物が真実かどうかを確かめる術を持たなかったのも一因だろう。

元の世界でも、顕微鏡が発明されるまでは、細菌や微生物がモンスターだと思われていたからな。
病気が呪いだとか悪魔の仕業だとか言われ、薬草の知識を持つ一族を魔女呼ばわりしたり。宗教というのは本当に困ったものだ。


「わ、」
脇の下を持たれてひょい、と持ち上げられ。

「私の番はかわいい上に賢い。最高だ」
その場でくるくる回っている。

やめろ。
目が回るではないか。

あと、かわいいとか言うな。
いくら長生きだろうが、私がおっさんだという事実は変わらんぞ。


リカルドが嬉々として”世紀の大発見”を発表したので。
国王の正妃……ツガイだと認知されるよりも早く、異世界より現れた賢者として名を馳せてしまった。

それに、何故か武器も持たずに山賊を叩きのめして捕獲した話や、この世界で最強と名高い国王を投げ飛ばした話まで武勇伝として広まっていた。

噂を流した犯人は。
投げ飛ばされた当本人、リカルドである。


それを先日、私付きの侍従になったエサウから聞かされて、驚いた。

城内を歩く時に騎士や兵士たちから、憧れのような視線を向けられると思っていたが。
そのせいだったのか。


さすがに国王の妃相手に決闘を挑んでは来ないだろうが。


*****


「さすがは陛下が召喚された”運命の番”様です!」

頬を上気させて褒めちぎっているのは。
紅顔の美少年という感じの侍従、エサウ。私と同い年である。

若い姿のまま成長が止まってしまったらしく、私の年齢を聞いて親近感を持ったそうだ。

見た目や年齢が近いというのもあるが。
エサウは抱くよりも抱かれる側だそうなので、私の侍従に指名されたという話だ。

夜はリカルドが私の肌を見せたくないからと追い出すが。
それ以外の時間は勉強にも付き合ってくれている。実家の執事より気が利いていて、働き者である。


「二人揃えば、もうギデオンにシェイベットですね!」

”ギデオンにシェイベット”は、こちらでは鬼に金棒的な意味合いの言葉らしい。
言解魔法とやらで会話が可能なのは便利だが。

さすがにことわざなどをそのまま置き換えることはできないようだ。

魔法でも文字まではわからなかったので、絵本から勉強を始めた。
文字の読み方さえ覚えれば、辞書を引けばいい。

こちらの言葉は、語末形で変わるが、基本的には22文字しかない。文字同士が合体するタイ語やアラビア語に比べればまだ楽である。

カタカナひらがなローマ字漢字の上に音読み訓読みが入り混じる、一番難解だという日本語が読めるのだ。
何とかなる。


「かなり読み書きが上達されましたね。自国人でも文法がおろそかになってる若者が多いんですよ」
エサウは答案用紙を見て、感心したように言った。

どの世界も、自国語が苦手なものはいるようだ。

「さすがは賢者と名高いツガイ様です」
お仕えできて嬉しい、とはにかんでいる。


穂波でいい、と言ったのだが。
国王にとってツガイの名前は神聖なものなので、首を刎ねられてしまいます、と半泣きで言われたので諦めた。

初耳である。

リカルドがパトリシオのふりをしている時、普通に名前を訊かれたが。
まあ予定ではアンブロージョ城で小休憩したらすぐに王城へ向かうつもりだったので、構わないと思ったのだろう。


*****


「衣装が出来上がりましたよ」
エサウが服の入った箱を恭しく掲げてみせた。

花嫁衣裳だと言われると、ウエディングドレスでも着せられるのかと身構えてしまいそうになるが。
リカルドと色違いのスーツである。

胸を飾る勲章の代わりに、フリルが多めなのは仕方ない。
ここにいる年数や貢献度が違うのだ。


「そういえば。こちらでの結婚は、普通どうやってするものなのだろうか」

私の常識では、貴族は見合い結婚が普通だが。
こちらでは恋愛結婚も許されるのか。一般国民はどうなのか。結納品などは必要なのか。

そういった細かな知識は、まだ調べていなかった。
とりあえず、必要だという結婚式のしきたりに添った礼拝の仕方などは先に覚えたのだが。


う、あまり考えると、胃が……。
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