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白馬の騎士
何の因果か
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「召喚された魂は、その魂に最も相応しい姿になる……という伝承が残っております。そういうことでしょう」
にっこりと笑って言った。
いや待て。どういうことだ。
私は精神的に幼い、とでも言いたいのか?
ただでさえ日本人は年齢より若く見られて舐められがちだというのに。
「申し遅れました。私はここ、アンブロージョ領を任されておりますパトリシオ・デデ・エステヴァン・アンブロージョです」
どうぞお見知り置きを、と言って。
「どうぞ私のことは、お気軽に”リッキー”とお呼びください」
伯爵であり、国王を守護する騎士でもあるという男は。
マントを翻し。華麗にお辞儀をしてみせた。キラキラと光が飛んでいるような錯覚が見えた。エフェクト効果だろうか。
何故、パトリシオがリッキーになるのだろう。
愛称に疑問を持つこと自体、間違っているのだろうか?
私は、考えるのをやめた。
*****
「痛っ、」
頬をつねってみても、ただ痛いだけで。目覚めない。
目覚めろ!
一刻も早く、この悪夢から抜け出させてくれ!
「何をなさっておられるので?」
怪訝な顔で見られた。
夢と確認するために頬をつねるのは、こちらでは常識ではないようだ。
「ただの確認行為だ、気にするな……」
「いえ、気になります」
頬を撫でるな。
まさか。
これは、夢ではないというのか?
この私の身に、そんな、冗談みたいなことが起ころうとは。
頼む。夢であってくれ。
そう願いながらも。
この現状が夢ではないことを、半ば確信していた。
夢にしてはリアルすぎる五感。
そして。これが決して有り得ない話でもないと。私は知っていた。
前例があったからだ。
夢でないというのなら。
後悔しないよう、可能な限り、足掻くべきではないか?
ただ諾々と状況に流されるなど。
古来より受け継がれて来た名家たる有栖川家嫡男として、あってはならない。
「しかし、私は家を継ぐべき長男であり、何千もの社員の将来が私の双肩にかかっている。社長である私には、彼らの生活を守る義務がある。そして、家を守るため、女性と結婚し、跡継ぎを作らねばならない。そんな、見知らぬ男の嫁になどなれないと伝えて欲しい」
だから元の世界に戻してくれ、と言ったが。
*****
「ああ、ご心配なく。入れ替わりに貴方の魂を模倣した、”疑似魂”が入っておりますので。思考もそのまま、動いているはずですよ」
私の記憶をコピーした偽の魂が、入れ替わりに空いた肉体に入り。
私のふりをしているので後の事は問題ない、と。
大変いい笑顔で返されたのだった。
この状況。
どうしても、嫌なことを思い出してしまう。
私の、目に入れても痛くないほど可愛い末弟、睦月。
大学を卒業したら。
私の元で働いてもらう予定だった。
仕事ばかりの生活に、癒しを与えてもらうはずだった。
それなのに。
突然、異世界の王だとかいう、たいへん見目麗しい男に掻っ攫われてしまったのだ。
諸事情で、こちらでは暮らせない身体になってしまった上、睦月がその男を愛していることは伝わった。
顔だけの男なら、何があっても反対しただろう。
だが、相手は一国の王で、一生遊んで暮らせる財力も、あらゆる災難から護れるだけの力もある。
あの男も、心から睦月を愛しているのはわかった。今後の生活に、不安はないだろう。
だから、泣く泣く諦めたというのに。
心の中では血の涙を流しながら、可愛い末弟の幸せのため、笑顔で結婚を祝った。
その心の傷が、未だ癒えていないというのに……!
私まで。
異世界の王に召喚された、だと……?
それも、勇者や救世主ではなく。国王の伴侶として。
いったい、何が起こっているのだろう。
我が有栖川家は、呪われてでもいるのか? 商売敵からは恨まれてはいそうだが。
ああ、可愛くない方の弟よ。お前だけは、無事であってくれ。
もし、私が戻れない場合。有栖川家の血筋は、お前が守ってくれ。
偽物の魂など、信用できない。
*****
……いや、諦めるな。
里帰りした睦月に、もう二度と会えなくていいのか? 嫌だ。
それだけを楽しみに。
つらい仕事を我慢して乗り越えてきたというのに。
そうだ。私は諦めない……!
絶対に、元の世界に帰る。帰ってみせるぞ。
この世界の国王だか魔法王だか知らないが。
この有栖川穂波の41年間が、偽の魂などで代行できる、と侮られているのも業腹である。
「あの、そろそろ、貴方のお名前を教えていただけますか?」
「…………」
さっきからにこにこと。
笑顔の安売りをするような男など、信用に値しない。
誰が教えるか、とそっぽを向いてやったら。
それなら城に着くまで”ツガイ様”と呼ぶ、などと言われた。
「誰がツガイ様だ」
「お名前がわからないので……」
そんなおかしな呼び方をされるくらいなら。名前くらいなら、教えてやってもいいだろう。
あまりつんけんするのも大人げないしな。
「……有栖川穂波だ。こう見えても私は41歳なのだが」
正確に言えば、まだ41ではないが。
もうすぐ誕生日なのでかまわないだろう。
7月生まれで、文月は稲穂の実る季節である。海の波のように揺れる穂。穂波と名付けられた。女性のような名だと言われたことがあるが、気にしていない。
弟妹らは、そのまま生まれた月の名前をつけられていた。手を抜き過ぎである。
「有栖川穂波様、ですね。わかりました」
異世界人のくせに、私の名を淀みなく復唱した。
年齢についてはノーコメントか。
冗談だと思われたか?
この外見では、41歳には見えないからな。
にっこりと笑って言った。
いや待て。どういうことだ。
私は精神的に幼い、とでも言いたいのか?
ただでさえ日本人は年齢より若く見られて舐められがちだというのに。
「申し遅れました。私はここ、アンブロージョ領を任されておりますパトリシオ・デデ・エステヴァン・アンブロージョです」
どうぞお見知り置きを、と言って。
「どうぞ私のことは、お気軽に”リッキー”とお呼びください」
伯爵であり、国王を守護する騎士でもあるという男は。
マントを翻し。華麗にお辞儀をしてみせた。キラキラと光が飛んでいるような錯覚が見えた。エフェクト効果だろうか。
何故、パトリシオがリッキーになるのだろう。
愛称に疑問を持つこと自体、間違っているのだろうか?
私は、考えるのをやめた。
*****
「痛っ、」
頬をつねってみても、ただ痛いだけで。目覚めない。
目覚めろ!
一刻も早く、この悪夢から抜け出させてくれ!
「何をなさっておられるので?」
怪訝な顔で見られた。
夢と確認するために頬をつねるのは、こちらでは常識ではないようだ。
「ただの確認行為だ、気にするな……」
「いえ、気になります」
頬を撫でるな。
まさか。
これは、夢ではないというのか?
この私の身に、そんな、冗談みたいなことが起ころうとは。
頼む。夢であってくれ。
そう願いながらも。
この現状が夢ではないことを、半ば確信していた。
夢にしてはリアルすぎる五感。
そして。これが決して有り得ない話でもないと。私は知っていた。
前例があったからだ。
夢でないというのなら。
後悔しないよう、可能な限り、足掻くべきではないか?
ただ諾々と状況に流されるなど。
古来より受け継がれて来た名家たる有栖川家嫡男として、あってはならない。
「しかし、私は家を継ぐべき長男であり、何千もの社員の将来が私の双肩にかかっている。社長である私には、彼らの生活を守る義務がある。そして、家を守るため、女性と結婚し、跡継ぎを作らねばならない。そんな、見知らぬ男の嫁になどなれないと伝えて欲しい」
だから元の世界に戻してくれ、と言ったが。
*****
「ああ、ご心配なく。入れ替わりに貴方の魂を模倣した、”疑似魂”が入っておりますので。思考もそのまま、動いているはずですよ」
私の記憶をコピーした偽の魂が、入れ替わりに空いた肉体に入り。
私のふりをしているので後の事は問題ない、と。
大変いい笑顔で返されたのだった。
この状況。
どうしても、嫌なことを思い出してしまう。
私の、目に入れても痛くないほど可愛い末弟、睦月。
大学を卒業したら。
私の元で働いてもらう予定だった。
仕事ばかりの生活に、癒しを与えてもらうはずだった。
それなのに。
突然、異世界の王だとかいう、たいへん見目麗しい男に掻っ攫われてしまったのだ。
諸事情で、こちらでは暮らせない身体になってしまった上、睦月がその男を愛していることは伝わった。
顔だけの男なら、何があっても反対しただろう。
だが、相手は一国の王で、一生遊んで暮らせる財力も、あらゆる災難から護れるだけの力もある。
あの男も、心から睦月を愛しているのはわかった。今後の生活に、不安はないだろう。
だから、泣く泣く諦めたというのに。
心の中では血の涙を流しながら、可愛い末弟の幸せのため、笑顔で結婚を祝った。
その心の傷が、未だ癒えていないというのに……!
私まで。
異世界の王に召喚された、だと……?
それも、勇者や救世主ではなく。国王の伴侶として。
いったい、何が起こっているのだろう。
我が有栖川家は、呪われてでもいるのか? 商売敵からは恨まれてはいそうだが。
ああ、可愛くない方の弟よ。お前だけは、無事であってくれ。
もし、私が戻れない場合。有栖川家の血筋は、お前が守ってくれ。
偽物の魂など、信用できない。
*****
……いや、諦めるな。
里帰りした睦月に、もう二度と会えなくていいのか? 嫌だ。
それだけを楽しみに。
つらい仕事を我慢して乗り越えてきたというのに。
そうだ。私は諦めない……!
絶対に、元の世界に帰る。帰ってみせるぞ。
この世界の国王だか魔法王だか知らないが。
この有栖川穂波の41年間が、偽の魂などで代行できる、と侮られているのも業腹である。
「あの、そろそろ、貴方のお名前を教えていただけますか?」
「…………」
さっきからにこにこと。
笑顔の安売りをするような男など、信用に値しない。
誰が教えるか、とそっぽを向いてやったら。
それなら城に着くまで”ツガイ様”と呼ぶ、などと言われた。
「誰がツガイ様だ」
「お名前がわからないので……」
そんなおかしな呼び方をされるくらいなら。名前くらいなら、教えてやってもいいだろう。
あまりつんけんするのも大人げないしな。
「……有栖川穂波だ。こう見えても私は41歳なのだが」
正確に言えば、まだ41ではないが。
もうすぐ誕生日なのでかまわないだろう。
7月生まれで、文月は稲穂の実る季節である。海の波のように揺れる穂。穂波と名付けられた。女性のような名だと言われたことがあるが、気にしていない。
弟妹らは、そのまま生まれた月の名前をつけられていた。手を抜き過ぎである。
「有栖川穂波様、ですね。わかりました」
異世界人のくせに、私の名を淀みなく復唱した。
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この外見では、41歳には見えないからな。
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