大企業グループ次期総代のこの私が異世界の王のツガイとして召喚されるなんてこれは悪い夢に違いない。

篠崎笙

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白馬の騎士

暴漢を退治する

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しばらくその場で佇んでいたが。


まだ、目が覚めそうにもない。
目的地へ到着すれば、秘書が起こしてくれるだろう。

それまで、ただこうしてぼんやりしているのもつまらん。森の中でも散策してみるか。
たまには、冒険する夢もいいだろう。


夢の中でなら、何をしても自由なはずだ。


*****


深い森の中だというのに、妙に明るい。
樹木の葉や幹が、淡く発光しているせいだろう。

何とも幻想的な光景である。

こういったアミューズメント施設も良いかもしれない。
現代人に必要な、癒し空間とでも題して。

目が覚めて、この夢のことを覚えていたら、企画してみるか。癒しなど、私には似合わない発想だと言われそうだ。


思えば、今まで私には心に余裕が無かったように思う。
人の上に立つ者として、ゆとりが足りないのでは、人望も集まるまい。

それでは部下に距離を置かれるわけだ。
この年になって、やっとそれに気付くとはな。


素足で草を踏む、リアルな感触。
今まで、裸足で外を歩くことなどなかったが、夢の再現率というものは凄いものだ。

木立を吹き抜ける爽やかな風。新緑の、木や草の匂い。
鳥の声。


現実だと、虫やら土で汚れるのを気にして、こんな風には歩けないだろう。
散歩をするような暇もなかったが。

なかなかいい夢じゃないか。
身体が軽いせいか、足取りも軽いような気もする。


*****


良い気分で歩いていたら。

草むらからガサガサと音がして。
絵に描いたような盗賊、みたいな風体の男が現れた。


薄汚れた服に、髭だらけの垢じみた顔。緑色の目。
チュニックのような変わった服装、濃い顔立ちからして、外国人のようだ。

背も横幅も、熊ほどありそうに大きい。

手には、棍棒のようなものを持っていた。
刃物で丸太を乱暴に削って作ったような素朴な武器だが。粗削りなだけに、当たったらささくれが痛そうだ。

どのような世界観の夢なのだろう。スラム街でも歩かない限り、このような輩には遭遇することはないと思うのだが。


男は、私の方に空いている方の手を出した。
「תן לי כסף」

何を言っているかわからなかった。スラングの類だろうか?

「は? ……Say that again?」
「!כסף」

訊き返したのが気に障ったか、英語が通じなかったのか。
男が怒った様子で、棍棒のようなものをこちらに振り上げたので。

「……正当防衛だ、悪く思うなよ!」
男が持っている武器を見た時から、襲撃に備え、構えていたのだった。


*****


「!?」

武器を持った手首に、上から手刀を入れ、下方へいなし。
男の懐に飛び込むと同時に、鳩尾に肘を打ち込んで。

男が屈んで、見えた首筋にも肘打ちを入れてやると。
そのまま、地面に伏した。

うつ伏せになった男の背に、体重をかけて乗っかってやる。

男はぐぅ、と苦し気な声を上げ、おとなしくなった。
気を失ったようだ。


「はっはっは、この私に挑もうとは、10年早いわ!」
高らかに笑ってみせる。

若い頃、変質者……今ではストーカーというものにつけ狙われ。
隙を見て、尻を触られたことがあった。

あまりに気持ちが悪かったため。
もしもの時の自衛にと、合気道、柔道の道場やボクシングジムなど。格闘技は一通り習得した。


その事件以後、数名の護衛がつくようになり、そんな心配はなくなったのだが。
鍛えた腕の見せ所がなくて。正直、拍子抜けだった。

家柄などの問題もあり、八百長ではないが、される可能性が高いので、公式試合には出た事は無い。
たとえ実力で勝とうが、陰で色々言われると思ったのだ。

それに、無駄に目立つこともしたくなかった。

しかし。
現実であればこう上手くはいかなかっただろう。

武器を持った暴漢に素手で立ち向かうなど、無謀な行いである。


ああ、スカッとした。
良い夢だ。


尚、ノーパンで格好をつけている事実には目を瞑ることにする。


*****


「……ん?」
遠くから、何かが猛スピードでこちらへ近づいてくるような音がする。

早朝に再放送されている、将軍の出て来る時代劇を彷彿とさせるこの音。


これは。
……馬のいななき?


「מצאתי את זה!」

蹄の音も高らかに。
鮮やかな青いマントと、後ろに結んだプラチナブロンドをなびかせながら、白馬に乗ってやって来たのは。

遠目にも、かなりの美形だとわかる、騎士のような甲冑を身に着けた青年であった。


盗賊の次は、白馬の騎士か。
……どういうコンセプトの夢なのだろう。

通常、物語のセオリーであれば、私ではなく、白馬の騎士が颯爽と現れて、さっきの盗賊を倒すべきでは?
夢に整合性を求めるのが間違いなのかもしれないが。私が倒してなければ、棍棒で脳天を殴られて、夢の中であの世行きするところだったぞ?


青年は、私のいる数メートル手前で馬の手綱を引いて。
ひらりと馬から飛び降りた。

まるで体重を感じさせない動きだった。

そして、私の前に駆け寄り。
騎士がするように跪いてみせたのだ。


「נעים להכיר אותך」
優しく甘い声で、何か言った。

青年の、ラベンダーアメジストのような美しい紫の瞳は、まっすぐに私を見詰めている。

美形というのは、近くで見ると、迫力があるものだ。
女性のような繊細な美しさではなく、男らしく整った、精悍な顔立ち。

意志の強そうなしっかりした眉、高い鼻。削いだような頬。天才彫刻家が彫った彫像のように完璧な容姿。
あまりに現実離れしている。夢ならばそれも当然だろうが。


……なんだ、この展開は?

いやなものを思い出しそうになるが。
まさか。


いやいや、これは夢だ。
悪夢を見ることもあるなら、本人が望んでもいない展開になることもあるだろう。
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