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異世界へ

砂漠の王様に抱きしめられる

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「……へ?」

腰と、背中に回された、力強い腕の感触。
硬い胸板。


俺は、”スルタン”と呼ばれた黒装束の美形に、ぎゅっと抱き締められていたのだった。
しかも、無邪気に喜んでいるような、全開の笑顔で。

こんな風に、笑顔で抱き締められたのは。記憶にある限り、初めてのことだ。
だから、抵抗するのも忘れて。ただ、戸惑ってしまった。


外国人はハグとか簡単にするらしいが。そんな感じだろうか? でも、ハグって普通は家族とか、仲の良い友人にするのでは? 初対面の相手にするものか?

わからない。
だって、そもそも、今まで他人からこんな風に好意を示されたことも、抱きしめられたこともなかったんだから。


それにしても。
こいつ、背、でかいな……。

胸板が俺の顔に当たってるってことは、190センチはあるだろう。それに、腕や胸板の感触からして、鍛えられた、かなりいい身体をしている。
男としてのコンプレックスを刺激されて。

……なんか、ムカついてきた。


「これは、運命の出逢いである!」
「うわあ!?」

突然、両脇を持たれて。軽く頭上に持ち上げられてしまった。
高い高いされるのも、生まれて初めて……だと思う。

どうせなら、子供の時にされたかった。
もう18にもなるのに。軽く持ち上げられても、少しも嬉しくない。


「見よ、この愛らしい姿を。私の理想そのものではないか!」
全開の笑顔で俺を持ち上げたまま、何だかおかしなことを言ってる。

愛らしい? 誰が? 俺!?


「このような軽装で、突如現れたワーハにいたのだぞ。ただの人間であるわけがない。神より遣わされた、マラークに違いなかろう!」


†††


どうやら、俺のいたこの場所は、周囲に何も無い、砂漠のど真ん中だったようだ。

確かに景色は一面、砂漠だったっけ。
隣の国からも相当遠くて。移動手段もなく、日除け用の布もないこんな格好でいたら、一日ももたず干からびて死んでいるという。

うわあ。
砂漠って、恐ろしいんだな。


やはり、こんな布の服一枚では砂漠に向かないようだ。

そんな恰好で放置するなんてひどい。
誰かに拾ってもらうこと前提で、ここに放置されたのだろうか?

確かに、俺がオアシスを作ったら、すぐに来たもんな。長袖で裾の長い服は暑そうだけど、日陰に入れば涼しかったし。
この人たちみたいに、肌はなるべく隠した方がいいのかも。
後で服とかもらえるかなあ?

などと現実逃避してみる俺だった。


「……ここには、神様に送られて来たっていうのは正解アタリだけど。マラークって何?」
訊いてみると。

「! やはり、神の使いであったか!」
全開の笑顔をこっちに向けられて。

不覚にも、またドキッとしてしまった。
超絶美形の笑顔は、男女問わず破壊力があるのだと知った。

スルタンとやらは、部下らしい人たちに向き直って。
きっぱり言い放った。

「決めたぞ。私はこの者を手元で育て、王妃マリカにする」


……何かこの人、今、とんでもないことを言っている気がする。
気のせいだと思いたい。

「スルタン!?」
「突然何をおっしゃるのです!」
部下らしき髭のおっさんたちはおろおろしている。

本当だよ。
何が言いたいんだかさっぱりだ。

それでもって、人の話を全く聞かないタイプだと思った。部下の人たちも大変だ。
上司がこう破天荒だと困るよなあ。


「あの……スルタン、さん?」
恐る恐る声をかけると。

「スルタンは、階級を表す敬称である。私は偉大なるワーヒドのマリク、アーディル。そなたは特別にアーディルと呼ぶことを許す。光栄に思え」
笑顔で言われた。上から目線で。


†††


マリクは王様、マリカは王妃のことらしい。

ああ、何かナチュラルに偉そうだと思ったら、王子様じゃなくて王様だったのか。納得。
一人だけ黒装束で、上質そうな布を金色の紐で留めてるのも王様だからかな? 暑いだろうに。偉い人も大変だなあ。


「愛らしい私のマラークよ、そなたの名を、私は何と呼べば良い?」
王様はずっと笑顔だ。

……っていうか、俺はあんたのモノじゃないから。


「……だから、マラークって何? 俺は、神島瑞樹 かみしまみずきって名前の……」

ただの高校生だ、って言おうとして。思い留まった。
だって、その身分は、前の世界のもので。

日本で高校生だった俺は、もう死んだんだから。

ここでの、今の俺の身分は何だろう? 説明に困るな。
神様の使い、でいいのかな?


「……神島瑞樹。もうすぐ18歳なので、育てて頂かなくて結構です」

何となく、神様の使いを自称するのもはばかられるので。とりあえず名前と年齢だけ言うことにした。
日本人は若く見えるらしいとはいえ、何歳だと思われてるか知らないが。

今からこの人に育ててもらうほど子供ではないことは、声を大にして言いたい。


「何と。小さき身ゆえ、子供かと思えば。大人であったか。カミスィマミズキ? 不思議な名だ」
首を傾げた。


……小さくない。
170センチは決して小さくはないと思う。

あんたらがでかすぎるんだよ! くそ、軽々と持ち上げやがって。
頭突きでもかましてやりたくなったけど。相手は一国の王様である。我慢だ我慢。

「いや、神島は名字で、瑞樹が名前」

「? 天界にはカミスィマという国があるのか? それともそれは役職か?」
首を傾げている。


「……え?」
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