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黒の王とスキーに行く

アブヤド、初めての恋

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「っ!?」
ザラームの唇に、わたしの唇を合わせた。

合わせたというよりは、ぶつける勢いであったけれど。

「え、アブヤド?」
ザラームは目をみひらいた。


「わ、わたしのはじめての接吻を奪ったのです。責任取って、長生きしてもらわねば困ります!」

奪ったのはわたしである。
もはや支離滅裂だ。


◆◇◆


ザラームは大笑いしている。
「接吻って。今のは、頭突きの間違いじゃないのか?」

うう。

「……ほんとの接吻というのはな、」
こういうもんだ、と。

「んぅ、」
頭を引き寄せられた。


”ほんとの接吻”は。
甘い、氷菓子の味がした。


「……ん、」
唇が離れた。

「色っぽい顔しちゃってまあ。……これは、責任取らなくちゃだな?」
頭を撫でられる。

「はい。わたしが死ぬまで、死ぬことを赦しません」


「……すげえプロポーズ聞いた気がするんだが。自覚はあるのか? ぼっちゃんよ」
「?」

「ジジイには眩しすぎるぜ……」


ザラームの背に、手を回す。
見た目は若いのに。中身はぼろぼろである。

生きる気力を手放してしまったせいであろうか?


ザラームの死滅していた細胞を修復していると。
それ以上の速度で、細胞の修復が始まった。

速い。
能力の強さより、熟練度のほうが上回るのか。


「ありがとう。生きる気力がわいてきた」

抱き締められ、接吻された。
頬に。

親が、子にするような。親愛をこめた接吻を。

そこではじめて、気付いた。


……ああ、わたしは。
ザラームに、恋をしたのだ。


◆◇◆


大変な相手を好きになってしまった。


相手は318歳で。
恋敵は、自分の母上だという。

母上はわたしなどよりずっと愛らしくて。誰もが母上を好きになる。

300年もの間、追い求めていたのに。
母上の幸福を願い、身を引こうと思うほどの、深い愛。

敵う気がしない。


恋というものは、幸福なものだと思っていた。
きらきらと、世界が輝いて見えるような。

なのに。
このように、苦しいものだとは知らなかった。

恋だと気付かなければよかった。

このように、ぴったりと肌が密着するほど、抱き合っているのに。
心は遠い。


「ええと。……これからは、ちゃんと頑張って生きるので。そろそろ、その、」
ザラームが、気まずそうな声で。

「若くてかわいいのに乗っかられてるとな、いかな俺でも、そろそろ、我慢の限界というか。身体を活性化したら、も活性化したっつーか、」
何やらしどろもどろになっている。


「……?」
何か、おしりに当たっているような。

触れてみたら。

「うっ、」
丸みのある、この形。

あ、脈打ってる。
これ、ザラームの男のあかし?

でも。先端がここまで来るなど、有り得るのだろうか?
充血して、体積が増したのだろうか?

父上のも、ご立派であったけれど。
このような状態ではなかった。

……わたしに、反応した?


わたしの身体に?
さきほどまで、命を手放そうとしていたのに。

……このように、熱くして。


◆◇◆


「ちょ、は、撫でちゃ、いけません、……くっ、」
何で敬語になってるの?

ザラームはわたしの腕を掴んで、から離そうとした。
すごい力だ。


わたしはもう子供ではないから、知っている。

ここを擦ると、とても気持ちが良いのを。
なのに、どうしてやめさせようとするのであろうか。

「ザラームが元気になってくれて、とてもうれしいです」
「いや、確かに、元気だけれども!?」

「ちょ、」
額に接吻をしようとしたのに、避けられてしまった。残念。
さすがに勘が鋭い。


「……今、何しようとしてたのかな?」
「わたしの印を授けようかと」

「俺が后!?」
「名称など、どうでも良いのです。わたしはザラームと契りを結びたい。……どうかわたしの印を、受け入れてください」


その気になれば、わたしのほうが印の力は上である。
いざ。

「ぎゃー!?」
「王子、いかがなされました!?」
ラク。


「……これは、どのような状況で?」
ラクは微妙な顔をしていた。


「今まさに、俺の貞操がピンチ」
「ザラームに求愛してるところー」

わたしがザラームを押し倒しているかたちであった。


◆◇◆


「ムリヤリはいけません」
ラクに、こってり叱られてしまった。

「でも、途中までは良い雰囲気だったんだよ。ほんとの接吻を教えてくれたし!」


湯上りの牛乳は格別である。
のぼせかけていたし。

ザラームはコーヒー牛乳とやらを飲んでいる。そちらも美味しそう。


「……ほんとの接吻? ……ザラーム王……? それはいったい、どういうことなのでしょう」
「面目次第もございません」
ザラームは頭を下げた。

すごいよラク。
神王に謝罪をさせている……。


「王子。ザラーム王は、イチ様の夫ですよ?」

そんなこと。
改めて諭されなくても。

「知ってるもん」

「……アズラクには、ずいぶん甘えた口調なんだな?」
にやりと笑っている。

はっ。
わたしとしたことが、いつまでも子供気分で。


「ラクは、わたしが生まれたときよりずっと世話係をしてくれているもので、つい」

「じゃあ、かわいくてしょうがないだろう?」
ザラームはラクに言った。

「王子はいつでもかわいらしいですが何か?」
真顔で返した。


「人間ってのは、変わるもんだが。あいつ・・・は全然変わってなかった……」
ザラームは遠くを見るような目をして。

「そうですね。出逢った時と、全く変わりなく。驚きました」


母上のことだろう。
懐かしそうな顔をして。

ラクも。
あんなことを言っておいて。

わたしよりも母上を好いているのだ。


わたしが好きな人はみな、わたしよりも母上を好いている。

もう子供ではないから、わたしを見て。わたしを好きになって、と。
泣いて、我儘も言えないのだ。


大人とは、つまらないものだ。
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