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夏の王

味わう

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イチは氷菓子を全て、平らげた。
皿は綺麗に空になった。


「どんな味かな。ん、」
味見をさせてもらおうか。

イチの口内を、舌で探る。
ミルクの味わいと、伴侶との口付け。どちらも。

「……甘いな?」

イチは、耳まで赤くなっていた。
「む、また熱が上がったか。……横になっておれ」


横たわらせて。
その隣に、潜り込む。


◆◇◆


イチは一瞬、怯えたようにびくりと肩を震わせたが。

「安心しろ。今日は何もせぬ。添い寝をするだけだ」
寝かしつけるように、ぽんぽんと背中を叩いてやる。

ああ、こういう場合は、子守唄を歌うべきか。
乳母が歌っていたのを思い出す。


愛しき我が子よ 神の善き子よ
父の腕で 母の胸で 安らかに眠れ
幸せな夢を 楽しい夢を
明日もまた 目覚めるために


……このような歌だったか。

イチは、すやすやと愛らしい寝息をたてて眠っていた。
その額に、口付けを落とす。

おやすみ、イチ。
善き夢を。


愛しいから、触れたい。
しかし、愛しいからこそ、無理強いは出来ない。

そのような自分の感情に、自分で驚く。

王であるわたしにこのような我慢を強いたのは、イチが初めてだ。
愛しいと思うのも、そなたが初めてだ。光栄に思うがいい。


腫れが引くまでは、我慢である。
強く抱き締めたい。触れたい気持ちを耐えながら、ただ、添い寝をした。


それに慣れたのだろう。
イチはわたしに触れられても、身体を震わせることはなくなった。


わたしの腕の中。
安心しきった様子ですやすやと寝息を立てるのが、とても幸福に思えた。


◆◇◆


「材料も揃ったし、身体の調子もすっかり良いようだから、今日イっちゃんが氷菓子作ってくれるって」

朝からご機嫌で、何かと思えば。
ハルは、イチに氷菓子を作ってもらう約束を取り付けていたようだ。

イチの伴侶であるわたしを差し置いて、イチの手作りのものをわたしよりも先に味わおうとはどういうつもりか。


「氷菓子って、”冬の国”のあれ? 4年待ちの人気商品」
アフダルに問われ、ハルが頷く。

「そう。材料さえあれば作れるんだって。じゃあね~」

ハルは踊るように上機嫌で出て行った。
その後を、ラクが追う。

「そういう訳だ。本日、イチ殿はキッチンにいる。我々はその警護にあたるので、そのつもりで」


「本日の業務の申し送りじゃなくて、ただの自慢じゃないか! いいなあ!」
アフダルは呆れ半分、憤ったように言った。
腹でも減っているのか。

「材料までは特定出来ても、作り方が謎だったんですよね……門外不出で」
アスファルは、作り方が気になるようでそわそわしている。


「よし。今日は後学のためにも、皆でイチの氷菓子作りの見学をしよう。異議はないな?」

アフダルもアスファルも、ことの真偽が気になり、気もそぞろの様子であった。
このままでは仕事になるまい。


「では、急ぎの案件だけ片付けて行きます!」
「はい、私もすぐに用意を」

賛成のようなので、皆で調理室へ向かった。


◆◇◆


牛乳と砂糖と鶏卵。
たったそれだけの材料で、氷菓子が作れるというのか。


「これで、ほんとにできるの?」
ハルは仕事をする時よりも熱心に、手順を記録しつつ。わたしと同じ疑問をイチに問うた。

「できるよ。生クリームや練乳を入れたらなめらかになるけど、俺はこっちのが好き」
イチはハルに頷いてみせた。

攪拌する作業が多いのは、機械にやらせれば楽になるだろうが。
問題は、肝心の味である。

本当に、あのような味になるのだろうか。


「できたよー」
イチは冷蔵庫から、金属製のタッパーを取り出した。

レードルですくい、皿に盛りつける。
見た目は完全に、”冬の国”の氷菓子と同じものに見えるが。


無論、一番にイチの手作りを味わうのは、伴侶であるわたしである。
口を開けて待っていると。

イチは気恥ずかしそうに、匙をわたしの口元へ運んだ。

「はい、アイスクリーム」
「うむ」

イチの故郷では、アイスクリームというのか。
色や香りは、確かに同じだった。

この甘味。
この舌触りは。

「……これは、確かに”冬の国”の氷菓子と同じ味だ……」


「ほう、こうして作るのだったか……」
「意外と手間が掛かるが、自動人形に任せればいいのか?」
「これで冬のにいつまでも大きな顔をさせずに済むな」

今まで、冬の連中は氷菓子を盾に、こちらの足元を見た取引をしてきたのである。
これからは、公平にいかせてもらおう。

皆が真剣に語り合っている中。
ハルは満面の笑みを浮かべて氷菓子を食べていた。満足そうだな。


「イチ。もっと食べたい」
催促をすると。イチは困った子を見るような貌をした。

そんな表情も愛らしい。

「はいはい」
諦めて、匙を手に取った。


イチならば、世話をするのもよいと思ったが。
こうして甲斐甲斐しく世話をされるのもよいものだ。愛おしき相手からなら、尚更のことであると知る。


◆◇◆


「うむ。美味かった」
ただでさえ愛しきイチの手作りである。美味くないわけもなく。


「イチは味見はしないのか?」

大きめのタッパーだったが。既に残り僅かである。
あやつら、食べ物に関しては遠慮というものを知らぬからな。すぐに食らい尽くされよう。

「え、いいよ。みんなで食べてよ」

遠慮するイチの腰を引き寄せ。強制的に、味見をさせてやる。
とくと味わえ。


「んん、」
後頭部に手を添え。深く、口付ける。

どうしたことか。
イチの舌の方が、甘く感じる。

添えた手で、耳の下をくすぐってやると、びくりと身体を震わせる。

だが、胸板に置かれた手は、わたしを押そうともしない。
すっかり身を委ねている。


愛らしい。わたしのイチ。
わたしだけの伴侶。
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