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近衛騎士、勇者になる

戦いの終焉

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『惜しい、あまりに惜しい』

じりじりと、距離を詰めて来ようとする。
竜はまだ、私を魔物に誘うことを諦めていないようだ。


避けてはいるが。
完全に魔物化させる魔法を掛けようと狙ってくる。

両翼を傷つけられ片目を失い、四肢を刻まれようと、まだ諦めないのか。


『貴方は、人間よりも我らに近い存在ではないか。何故我と敵対しようとするのだ?』
嘆きの声が響く。


「何度も言わせるな。貴様を斃すのは、我が主を護るために他ならないと」


*****


ああ。
私はすでに、人間よりも魔物に近い存在であったのか。

だが、私の敬愛するクリスティアン陛下のためならば。本来の仲間であろうと、いくらでも斃してみせよう。
最悪の場合、陛下以外はどうなろうが構わない。


『ならば、その人間を攫い、飼えば良いだけではないか。一人くらいであれば、皆も見逃せよう』


その言葉に。
一瞬、動揺してしまった。

それは、私が心の内で願っていたこと。

クリスティアン陛下を攫って。
私だけのものに。


「勇者様、危ない!」
マルセルの声と共に、足元に氷の矢が刺さり。

正気に戻った。

咄嗟に避けたが。竜の爪が顔を掠った。
目の前が血で染まる。

さすがに”神のデウス加護プレズィディウム”の効果も薄れていたが。
それが無ければ、もっと傷は深かっただろう。


「アルベルト様!?」
「来るな! 私はまだ、戦える」

こちらへ近寄ろうとするクラウスを制した。

どのみち竜の爪での攻撃は、通常の回復魔法では治せない。
他の者を守りながら戦う余裕もない。


剣を構えながら片手で包帯を取り、止血し。
応急処置をする。

危うく、惑わされるところだった。
巧みに人間の言葉を使うから、感情があるのだろうと油断してはならない。

相手は竜。斃すべき敵なのだから。


私は、陛下の剣であり、盾である。
惑うな。

何も考えず。
ただ、目の前の敵を斃すことのみ考えろ。


*****


『何故、かくも弱く醜い人間などに味方されるのだ! 魔王にもなれるお力を持つ、貴方が』
竜は苛立たしそうに全身を震わせた。


”神の加護”の効果が完全に失われても。
火山の熱や竜が吐く毒の息が私を蝕むことはなかった。

それは。
竜から魔物化する魔法を掛けられるまでもなく。

私はもう、既に。側の存在なのだろう。


クリスティアン陛下に出逢う前の私であれば。
誘いに乗り、そちら側へ行っていたかもしれない。

だが。
私は出逢ってしまったのだ。私の運命に。


「他の人間などどうでも良い。私の大切な御方の憂いを晴らすため、貴様を斃す」

己が魔物の血を引いていたから、何だというのだ。
私は陛下の剣。

我が君の憂いは斬り払うのみ。


剣を握り直すと。
聖剣ヴァルムントは私の思いに応えるように、蒼き刀身を輝かせた。


*****


脇腹にある、第三の心臓を貫いた。
これでようやく長く続いた戦いが終わるかと思われたが。


「どけ、竜を仕留めるのはこの俺だ!」

ランベルトが、止めようとする二人を突き飛ばし、こちらに向かって来るのが見えた。

戦士の斧は。
あろうことか、竜の喉を狙っていた。


「よせ、に触れるな!」


投げた斧が、竜の逆鱗に当たり。
瀕死の竜は全身を震わせた。

三つの心臓を貫いたのだ。
放っておけば、絶命したというのに。

よりによって、逆鱗に触れてしまった。


怒りに狂った竜の爪は、ランベルトの大柄な身体を一瞬にして粉砕した。

暴れる尾は、クラウスとマルセルまでも吹き飛ばし。
私の身体に巻き付いてきた。

その衝撃で、聖剣ヴァルムントを取り落としてしまった。


尾に巻かれ。
鎧が軋み、割れ、肉に抉り込んでくる。

泡の混じった鮮血を吐き、肺が傷ついたことを知る。


このまま、死ぬのか。
……私が死んだら。

陛下は惜しいと思って下さるだろうか?
それとも。


*****


否。
ここで私が死ねば、クラウスとマルセルも死ぬだろう。


ランベルトの暴挙を制すことが出来なかったのは、私の不徳の致すところだが。
陛下が大切にされておられる国民を、これ以上失う訳にはいかない。

だが、聖剣ヴァルムント以外で、竜を斃せるだろうか?


竜は私を魔王にもなれる者と言った。
ならば、これは賭けだ。

もしも。
この賭けに勝ったら。


私は、陛下に。


「in mea manu ens inimicum edat……」

狂った竜の頭部に、焦点を定める。
”神の雷”。


「jaculatio fulgoris」


*****


剣を杖代わりに、倒れた二人の元へ行く。

疲弊していたところに、竜の尾の打撃を喰らったのだ。ただではすまないだろう。
彼らは私のような化け物とは違い、脆弱な人間なのだから。


「マルセル、聞こえるか?」
マルセルの脈をみながら、声を掛ける。

止血はしたが。傷はかなり深い。
意識を保たせておかねば。

「う……、勇者様、ご無事で……、」
「私は大丈夫だ、すぐに転移魔法で城へ戻る」


「アルベルト様……、なんと酷いお怪我を、」

クラウスは、私に回復呪文を掛けようとしたようだが。
休むよう言い聞かせた。

すでにクラウスの魔力は尽きていた。


「ランベルト、は?」
「……逆鱗に触れ。竜の爪で、四散した」

「ああ……、何という……」


クラウスは涙ながらに、ランベルトは家族が病気であり、功に焦っていたのだと言った。
ランベルトのせいで、このような怪我を負ったというのに。

彼を赦すのか。
僧侶というのは慈悲深いものだ。


「では、遺された家族の為にも、ランベルトは戦いの最中命を落とし、蘇生が叶わなかったことにしよう。マルセルも、それでいいな?」
マルセルにも確認すると、弱々しく頷いた。


「ああ。アルベルト様……勇者様。申し訳ありません。貴方のように人徳のお厚い方が、魔物であるはずはないというのに、わたしは……」


*****


魔物である竜と会話を交わし。
三日三晩休まず戦い続けている私を恐れ、疑ってしまったのだと。
クラウスに、謝罪された。


竜との会話は、皆には理解できない言語でしていたようだ。

では。竜が人語を解していたのではなく。
私が、魔物の言葉で話していたのか。

しかし、竜との会話の内容を理解されてなかったことには安堵した。


記憶を操作する魔法は得意ではない。
廃人にするのは避けたかった。


転移魔法を使い、城へ戻った。
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