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近衛騎士、勇者になる
勇者への転身
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私が、勇者かもしれない、と?
お戯れを。
「私が、ですか? 万が一にも、そうであろうと。常に陛下のお傍で御身をお護りするのが私の役目ですので」
この、醜い肉欲に塗れた私が。
伝説の聖剣を引き抜くに値するような立派な勇者であるはずがない。
しかし、陛下の傍で竜と戦うことになれば、さすがに危険だろう。
遠く、影響のない場所で斃すべきだ。
「父上の遺言で。竜を打ち倒した暁には、褒美として勇者に何なりと望みを叶えてやるよう言われている。アルベルト、お前には何か欲しいものは無いのか?」
先王の、遺言?
何なりと、勇者の望みを叶えてやるように、と?
*****
……私の欲しいもの。
それは。
貴方だ。
他には、何もいらない。
だが。そのような望みを口にすることは、赦されないだろう。
しかし、近衛騎士として、一生お傍に仕えることを願えば。
ずっとお傍に置いていただけるのだろうか?
「望みを……何でも、ですか?」
「ああ。私の大事な妹姫を花嫁に望もうが、次の国王の座を望もうが。私が実現できる願いならば、何でもだ」
陛下は笑顔で頷かれた。
……もしも。
聖剣を引き抜いた”勇者”が。陛下ご自身を、褒美として望まれたとしても?
陛下は、ご自分が妹姫よりも愛らしく、何としてもお近づきになりたいと謁見を望む者が絶えないことを存じ上げておられない。
陛下をよからぬ目で見る輩は全て私が追い払っているが。
一秒たりともお傍を離れるのは心苦しい。
しかし。
先王は、私に直接、クリスティアン陛下を頼むと仰られたのだ。
それは私が勇者だったから、という可能性がある。
ならば。
「急用が出来た。出かけるので、引継ぎを頼む」
「はっ、どちらへ?」
くれぐれも陛下の御身に触れぬよう、誰も近づけぬよう。近衛騎士のヴァルター・イエルクに後の事を頼み。
聖剣ヴァルムントの眠る、リリエンベルグへ馬を走らせた。
*****
誰にも行き先を告げなかったのは、聖剣が抜けなかった場合のことを考えてのことだ。
人目につかないように試さねばならない。
抜けなくとも、周囲の岩ごとぶち抜いてでも手に入れよう、とまで思っていたのだが。
まるで岩場に根が生えたように微動だにしなかったという聖剣は。
拍子抜けするほどあっさりと抜けてしまったのだった。
聖剣から放たれた、天を照らすほどの光が雲を裂き。
曇っていた空が、晴天に変わった。
「勇者様……!」
「あの方は麗しき国王陛下の近衛騎士、アルベルト・フォン・ロイエンタール卿だ!」
人が集まってきて、光輝く剣を持つ私を見ている。
……本当に、私が”勇者”だったとは。
柄を握りしめると。
聖剣から、凄まじい力が流れ込んでくるのを感じた。
私は、勇者になった。
これで。
私の手で、クリスティアン陛下をお護りすることが出来る。
力を貸してくれ、聖剣ヴァルムント。
どうか、陛下の御身にだけは、危険が訪れないように。
決して、暴竜を。
貴方のおられる城へ、踏み込ませなどしない。
*****
討伐に向かう人選に、陛下はかなり無理を通されたようだ。
渋る大臣の反対を押し切り。
我が国で一番の実力者を連れていけ、と命じられたのだ。
国一番の力自慢である戦士ランベルト・クラインベック。
国一番の攻撃魔法の使い手である魔法使いマルセル・ユーベルヴェーク。
そして、回復魔法や蘇生魔法を得意とする僧侶クラウス・ワーナーの三名である。
討伐に出ている間、国の守りが弱くなるのでは、と心配する大臣に対し。
陛下は、暴竜を世に放てば世界が滅びるというのに出し惜しみをするな、と叱責されたのだった。
問題は、私の居ない間、陛下の身に危険が及ばないかだが。
近衛騎士のヴァルター以外の騎士にも、よく言い聞かせたので。
命懸けで陛下をお護りするだろう。その年齢で命を散らしたくなければ。
あまり猶予はないので、すぐに出発することにした。
何とか国王陛下より勇者の剣に祝福を与える儀式だけは予定に組み込めたが。
すぐにでも行かねば、竜が完全に目を覚ましてしまう。
腹を満たした竜相手では、かなり不利な戦いになる。
着慣れた騎士の服から武骨な勇者の鎧に着替え。
陛下の御前へ向かった。
「我が君。旅の間、しばしお傍を離れますが、すぐに暴竜を打ち倒し、陛下の騎士として戻ってまいります。吉報をお待ちください」
もし、この肉体が戻ることが叶わなくとも。
魂だけでも貴方の元へ参ります。
*****
陛下は一瞬、いつもの困ったような顔をされたが。
私が捧げた聖剣を受け取り。剣に祝福を掛けて下さった。
「Oratio……susurrus……Gloria……In mente habeatis」
そして私の両肩に剣を当て。
剣と私に”神の加護”を付与された。
全身が、光の膜に包まれたのがわかった。
魔力の高い王族と、修業を積んだ高僧しか取得不可能といわれる、最高位である奇跡の御業、神聖魔法。
まさか、ここまで上達しておられたとは。
周囲からも感嘆の声が上がった。
「勇者アルベルトよ。聖剣ヴァルムントにて、暴竜バルバルスを打ち倒し、この世に平和を取り戻してみせよ」
祝福の儀式をやり遂げ。
どこか得意げな表情が愛らしい陛下の手から聖剣を受け取り、捧げ持つ。
「御意、必ずや勝利を御前に」
儀式が終わり、すぐ城を後にする。
滞りなくいけば、竜の棲家であるズューデン・ヴルカンまで四、五日ほどで到着するだろうか?
途中までは馬車だが、馬が怯えるため、近くまでは行けない。
それに、竜に餌を与えることになりかねない。
恐らく、向かう途中でこの”神の加護”の効果も切れるだろうが。陛下の魔法に守られているようで、嬉しいものだ。
世界を滅ぼす災厄、暴竜バルバルス。
我が生命に換えても、決して陛下の許には近寄らせはしない。
竜と直接対峙し、戦うのは私だけで。
魔法使いと僧侶は後衛で支援を、戦士は二人の護衛役である。
陛下から預かった大切な者達を、前線に立たせる気はない。
戦士ランベルトは前線に立てないのが不満そうだが。
聖剣も持たない戦士の攻撃が、竜の頑健な鱗に通用するはずもない。
何としても勝利を手に、陛下の元へ戻るつもりだが。
もしも刺し違えた場合、遺髪を陛下に届けて欲しいと僧侶に頼んでおく。
お戯れを。
「私が、ですか? 万が一にも、そうであろうと。常に陛下のお傍で御身をお護りするのが私の役目ですので」
この、醜い肉欲に塗れた私が。
伝説の聖剣を引き抜くに値するような立派な勇者であるはずがない。
しかし、陛下の傍で竜と戦うことになれば、さすがに危険だろう。
遠く、影響のない場所で斃すべきだ。
「父上の遺言で。竜を打ち倒した暁には、褒美として勇者に何なりと望みを叶えてやるよう言われている。アルベルト、お前には何か欲しいものは無いのか?」
先王の、遺言?
何なりと、勇者の望みを叶えてやるように、と?
*****
……私の欲しいもの。
それは。
貴方だ。
他には、何もいらない。
だが。そのような望みを口にすることは、赦されないだろう。
しかし、近衛騎士として、一生お傍に仕えることを願えば。
ずっとお傍に置いていただけるのだろうか?
「望みを……何でも、ですか?」
「ああ。私の大事な妹姫を花嫁に望もうが、次の国王の座を望もうが。私が実現できる願いならば、何でもだ」
陛下は笑顔で頷かれた。
……もしも。
聖剣を引き抜いた”勇者”が。陛下ご自身を、褒美として望まれたとしても?
陛下は、ご自分が妹姫よりも愛らしく、何としてもお近づきになりたいと謁見を望む者が絶えないことを存じ上げておられない。
陛下をよからぬ目で見る輩は全て私が追い払っているが。
一秒たりともお傍を離れるのは心苦しい。
しかし。
先王は、私に直接、クリスティアン陛下を頼むと仰られたのだ。
それは私が勇者だったから、という可能性がある。
ならば。
「急用が出来た。出かけるので、引継ぎを頼む」
「はっ、どちらへ?」
くれぐれも陛下の御身に触れぬよう、誰も近づけぬよう。近衛騎士のヴァルター・イエルクに後の事を頼み。
聖剣ヴァルムントの眠る、リリエンベルグへ馬を走らせた。
*****
誰にも行き先を告げなかったのは、聖剣が抜けなかった場合のことを考えてのことだ。
人目につかないように試さねばならない。
抜けなくとも、周囲の岩ごとぶち抜いてでも手に入れよう、とまで思っていたのだが。
まるで岩場に根が生えたように微動だにしなかったという聖剣は。
拍子抜けするほどあっさりと抜けてしまったのだった。
聖剣から放たれた、天を照らすほどの光が雲を裂き。
曇っていた空が、晴天に変わった。
「勇者様……!」
「あの方は麗しき国王陛下の近衛騎士、アルベルト・フォン・ロイエンタール卿だ!」
人が集まってきて、光輝く剣を持つ私を見ている。
……本当に、私が”勇者”だったとは。
柄を握りしめると。
聖剣から、凄まじい力が流れ込んでくるのを感じた。
私は、勇者になった。
これで。
私の手で、クリスティアン陛下をお護りすることが出来る。
力を貸してくれ、聖剣ヴァルムント。
どうか、陛下の御身にだけは、危険が訪れないように。
決して、暴竜を。
貴方のおられる城へ、踏み込ませなどしない。
*****
討伐に向かう人選に、陛下はかなり無理を通されたようだ。
渋る大臣の反対を押し切り。
我が国で一番の実力者を連れていけ、と命じられたのだ。
国一番の力自慢である戦士ランベルト・クラインベック。
国一番の攻撃魔法の使い手である魔法使いマルセル・ユーベルヴェーク。
そして、回復魔法や蘇生魔法を得意とする僧侶クラウス・ワーナーの三名である。
討伐に出ている間、国の守りが弱くなるのでは、と心配する大臣に対し。
陛下は、暴竜を世に放てば世界が滅びるというのに出し惜しみをするな、と叱責されたのだった。
問題は、私の居ない間、陛下の身に危険が及ばないかだが。
近衛騎士のヴァルター以外の騎士にも、よく言い聞かせたので。
命懸けで陛下をお護りするだろう。その年齢で命を散らしたくなければ。
あまり猶予はないので、すぐに出発することにした。
何とか国王陛下より勇者の剣に祝福を与える儀式だけは予定に組み込めたが。
すぐにでも行かねば、竜が完全に目を覚ましてしまう。
腹を満たした竜相手では、かなり不利な戦いになる。
着慣れた騎士の服から武骨な勇者の鎧に着替え。
陛下の御前へ向かった。
「我が君。旅の間、しばしお傍を離れますが、すぐに暴竜を打ち倒し、陛下の騎士として戻ってまいります。吉報をお待ちください」
もし、この肉体が戻ることが叶わなくとも。
魂だけでも貴方の元へ参ります。
*****
陛下は一瞬、いつもの困ったような顔をされたが。
私が捧げた聖剣を受け取り。剣に祝福を掛けて下さった。
「Oratio……susurrus……Gloria……In mente habeatis」
そして私の両肩に剣を当て。
剣と私に”神の加護”を付与された。
全身が、光の膜に包まれたのがわかった。
魔力の高い王族と、修業を積んだ高僧しか取得不可能といわれる、最高位である奇跡の御業、神聖魔法。
まさか、ここまで上達しておられたとは。
周囲からも感嘆の声が上がった。
「勇者アルベルトよ。聖剣ヴァルムントにて、暴竜バルバルスを打ち倒し、この世に平和を取り戻してみせよ」
祝福の儀式をやり遂げ。
どこか得意げな表情が愛らしい陛下の手から聖剣を受け取り、捧げ持つ。
「御意、必ずや勝利を御前に」
儀式が終わり、すぐ城を後にする。
滞りなくいけば、竜の棲家であるズューデン・ヴルカンまで四、五日ほどで到着するだろうか?
途中までは馬車だが、馬が怯えるため、近くまでは行けない。
それに、竜に餌を与えることになりかねない。
恐らく、向かう途中でこの”神の加護”の効果も切れるだろうが。陛下の魔法に守られているようで、嬉しいものだ。
世界を滅ぼす災厄、暴竜バルバルス。
我が生命に換えても、決して陛下の許には近寄らせはしない。
竜と直接対峙し、戦うのは私だけで。
魔法使いと僧侶は後衛で支援を、戦士は二人の護衛役である。
陛下から預かった大切な者達を、前線に立たせる気はない。
戦士ランベルトは前線に立てないのが不満そうだが。
聖剣も持たない戦士の攻撃が、竜の頑健な鱗に通用するはずもない。
何としても勝利を手に、陛下の元へ戻るつもりだが。
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