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近衛騎士、勇者になる

暴竜バルバルスの目覚め

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クリスティアン殿下ではまだ若い。
経験を積まれるまでは殿下の叔父上であらせられるベルンハルト卿を仮の王に、との声もあったが。

これまで殿下が陛下や大臣にされてきた助言の数々を披露し。
大臣らも、自分たちが経験の浅いクリスティアン殿下を支えるので問題ない、と後押しをした。


幸い、そう多くの血が流れることなく、無事にクリスティアン殿下が次代国王の座を継ぎ。
殿下……否、陛下がディートヘルム王国の若き国王となった。

これを機に、陛下に叛意を抱いていた者が焙り出され、始末することができた。
これで、暗殺者も減るだろう。


*****


前王の葬儀に政務の引継ぎなど、前以上に忙しくなられ。
唯一の息抜きであった妹姫とのお茶の時間すら取れず、陛下となられた殿下は、気鬱そうにしておられた。


そろそろ喉が渇かれる頃だろう。

使用人に、すっきりしたメントール茶を。
お疲れであるので、蜂蜜を多めに淹れるよう指示していた。


「はぁ、ハラタツホドイケメンダナー」
クリスティアン陛下は、私の方を見ながら、不思議な言葉を呟いておられた。

何度か聞いているうちに、”イケメン”とは”容姿が整っている”という意味ではないかと気付いた。

普段から、クリスティアン陛下に視線を向けさせないよう、わざと自分に注意を向けさせるように振舞っているのだが。
私の顔が、周囲の注目を集めているのが面白くないご様子だ。


お変わりない愛らしさに、思わず微笑みを浮かべてしまうと。
陛下は困った顔をされた。

他人とは違うその反応が、今では嬉しく思う。


私は異常なのだろう。
毎日性器を口淫し、子種を隠匿するという罪を犯しているというのに。

悪びれもせず、こうして忠実な近衛騎士のような顔をしてお傍に仕えている。


百名にも及ぶ少年少女を誘拐監禁し、凌辱した上に虐殺したという祖先の血を受け継いだ、立派な異常者だ。
私が頭の中で考えている内容を知れば、悲鳴を上げて逃げてしまわれるに違いない。


*****


茶が運ばれて来たので、毒が入っていないことを確認し。
お茶を注いでお渡しする。

少し温めがお好みなので、ほどよく冷ましてからだ。


「……美味しい」
ほっとした微笑みを浮かべられた愛らしいお顔を、他の者に見られないよう、さりげなく自分の身体で隠す。

私が出した物は、そのまま安心して口にされるのが、嬉しくも光栄である。
リーゼロッテ殿下お手製の焼き菓子ですら、直接手渡されても毒見の魔法を使われるくらい慎重であらせられるのに。


私の顔を疎まれているのなら、焼いても構わない。

今は。
貴方を護るために、この恵まれた容姿を利用しているだけだ。


名を覚えられ、呼んでいただけたことが嬉しかった。

茶器以上に重い物など知らぬ、そのたおやかな手に触れても振り払われず。
独り言を呟かれるほど、気を許していただけたのも。


人は欲深い。
細やかな幸せでは飽き足らず。

もっともっと、と。
貪欲にその先を望んでしまう。


私を、必要として欲しい。

貴方のその唇から、決して傍を離れるなと求められたら。
どんなに幸福だろうか。


*****


「陛下、ズューデン・ヴルカンにて異変が……!」
「巨大な影を見たとの報告が入っております」

王の間に慌ただしく入ってきた騎士たちが、陛下の前に跪き、伝達兵から聞いた言葉をそっくり繰り返す。


「そうか。ついにが目覚めたか……」
陛下は顎に手をやり、憂鬱そうに呟かれた。

どこか芝居がかったその仕草に。
このことは先王から前もって聞かされていたのだろうと予測する。


「殿下……いえ陛下マイェステート、何が起こったのか、ご存じなのですか!?」
次の言葉を促す。

陛下は私に向けてゆっくり頷かれ。

神妙な表情を皆に向け、告げられた。
その、衝撃的な内容は。

「先王の遺した予言にあった恐るべき怪物が現れたのだ……。千年の長き封印より解き放たれし暴竜バルバルス。今はまだ目覚めたばかりだが。やつの暴虐を許せば、この国どころか、この世が終わると……」


「……!?」
「何と……、」
陛下のお言葉に。

騎士達の顔色が変わった。
絶望の色に。


暴竜バルバルス。
この世でその名を知らぬ者はいないだろう。

伝説として語られているのは、その巨大さと恐ろしさである。

吐く息は毒であり、炎である。
その爪と牙は、掠るだけでも呪いを受け、尾の一撃は山をも崩すという。

名高き勇者と聖剣の力をもってしても、その生命と引き換えに封じるので精一杯であったという。


そして。
暴竜は、魔力が高く、穢れなき御子を好んで喰らうと。

目覚めたばかりで空腹だろう暴竜が、最初に狙うのは。
間違いなく。


目の前に、閃光が走ったように思えた。
天啓か。

……そうか。
だったのだ。

先王が、私に託されたのは。
私の蛮行を、あえて見逃されていたのも。


その生命に換えても。
暴竜からクリスティアン陛下を護れ、と命じられたのだ。


*****


陛下は席を立たれ。
皆の注目が集まり、王の間に凛とした声が響いた。


「城より東方、リリエンベルグに封印されし聖剣ヴァルムント。あれを引き抜くことが出来た者こそが暴竜バルバルスを打ち倒せし真の勇者である。すぐに国民の中から成人の若者を集め、試させよ」

「はっ、」
「御意」
騎士たちは急ぎ国民へ陛下のお言葉を広めるため、立ち去った。


陛下は憂鬱そうな表情で、どこか遠いところを見ておられる。
ご自分が暴竜から狙われる身であることを、先王から聞かされていたのだろうか?

それは、さぞご不安であっただろう。
お労しい。

抱き締めて安心させたい気持ちになるが、堪える。


詳しい日時までは予言されず、この日が来ないよう、願っておられたのだろう。
しかし、心配されることはないのだとお伝えせねば。

私は、貴方の剣であり、盾なのだから。
どのような脅威からもお護りしてみせよう。

たとえ、この生命が尽きようとも。


「陛下、何があろうと、陛下の御身は私が護りますので、どうかご安心を」
陛下の手を取り、微笑んでみせる。

いつものように困ったような顔をされるかと思えば。


悪戯を思いついた子供のような表情をされて。
こう仰ったのだった。

「アルベルト。お前もリリエンベルグに行って、試してみないか? 案外お前が伝説の勇者で、あっさり引き抜いてしまうかもしれない」
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