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近衛騎士、勇者になる

運命の出会い

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私はディートヘルム王国、ロイエンタール公爵ヘルツォーク家の嫡子として生まれた。
先祖には王族の血筋もいるという、由緒正しい家柄である。

人々から美の女神に祝福された類稀なる美しさだと賛美、羨望される容姿であったが。
私自身、それを嬉しいと思った事は無かった。


権力で握りつぶし、公にはされていないが。
数代前に、私と同じ瞳の色と、似た容姿を持つ公爵が、由緒あるロイエンタール公爵家の存続が危ぶまれるほどの問題を起こしたという。

容姿が似ているので性質も同じだろうと断じられ、家族から疎まれていたのだ。

他の弟妹より、ずっと厳しく育てられた。忌み嫌われ、憎まれているのかと思うほどであった。
容姿が先祖に似ているという、それだけの理由で。


通常よりも早く士官学校に通うことになったのは、早く家を出たいと思っていたからだ。
騎士になり国王の目に留まり、後ろ盾を得ることができれば、家名に拘らずとも独り立ちできる。

士官学校では、まるで姫君の如く扱われた。
公爵家の嫡男という立場や周りの者たちより年下でまだ身体も小さかったせいもあっただろう。

掃除など、私の代わりに雑用をやりたがる、私の騎士のような役割に立候補する者はいくらでもいた。

家では微笑みを浮かべようものなら誰彼構わず誘惑するなと手を鞭打たれたものだが。
微笑んでみせるだけで、面白いくらいに誰もがいいなりになった。


私は確かに魔性の者かもしれない。

騙された相手を見ても、少しも心は痛まなかった。
嘲笑いすらしていた。


*****


私に訪れた一番最初の人生の転機は、12歳の時である。

王城で舞踏会が開かれ、私もロイエンタール公爵家の嫡子として招待されていた。
しかし、社交界デビューにはまだ早いと、主要な貴族に挨拶だけして、会場を出されてしまった。


気分が悪くなったので外の空気が吸いたいと言い、庭に出た。
付き人は途中で撒いて。

一人で中庭を散策していた。


すると。
どこからか歌声が聞こえてきたのだ。

小さな子供の声で。
聴いた事もないような旋律、言語だった。

異国の歌だろうか?
私のように親と共に招待され、会場から抜け出した子供だろうか?


ふと見れば植木の陰に、十数人の近衛騎士が潜んでいた。

どうやら歌っている子供を見守っている様子だが。
皆、何故か笑顔である。

私も植木の陰から隠れて様子を見てみた。


2、3歳くらいの幼児に見える。
さらさらと柔らかそうな金髪に、碧玉スマラクトの大きな瞳。

ばら色の頬はふにふにして、触り心地が良さそうだ。
思わず抱き締めて頬ずりし、撫でまわしたいほど可愛らしい子供だった。


地上に舞い降りた天使だろうか?


*****


可愛らしい子供は、不思議な歌をひとしきり歌い終えると。
声に出して、絵本を読み始めた。

歌と違い、絵本を読む言葉はたどたどしい。


しかし、その拙さがまた、何とも愛らしく。
潜んでいた騎士たちも骨抜きになっている様子だ。

皆が笑顔でいた理由がわかった。見ているだけで自然と頬が緩み、微笑んでしまうのだ。


近くに居た騎士に声を掛け、訊いてみた。
「失礼、あの愛らしい子は、どちらの御子息でしょうか?」

騎士は私の顔を見て、頬を染めつつ、答えた。
「あ、あちらの方は、我がディートヘルム王国の王子、クリスティアン殿下であらせられます」


噂は聞いていたが。
あの愛らしい子が、クリスティアン殿下か。

ベルトラート陛下が目に入れても痛くないような溺愛ぶりだとか。

確かに、あんなに可愛らしい子であればその気持ちも理解できる。
護衛の騎士の数もそれを物語っている。

しかし、これほど大勢の護衛に後をついて回られては、息を抜く暇もないだろうに、と心の中で嘆息する。


*****


……私も、クリスティアン殿下のような愛らしい容姿であれば、家族に愛されたのだろうか?


いや、生まれ持った容姿を嘆くまい。
醜いならともかく、類稀なほど美しく生まれたのだ。

ならば、それを利用して生きていくまで。


「私はアルベルト・フォン・ロイエンタールと申します。殿下の絵本の読み聞かせをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はっ、これは、ロイエンタール公爵の御子息でしたか! 殿下も喜ばれると思います」

家名を出せばまず断られまいと思い、名を名乗り、護衛の許可を得て。
意気揚々とクリスティアン殿下の元へ歩み寄ったのだが。


きちんと名を名乗り、微笑みかけたにもかかわらず。

殿下は私の眉間に絵本をぶつけると。
城へ戻ってしまわれたのだった。


この顔を疎む家族でさえ、微笑んでみせればたじろぐというのに。
顔だけは、叩かれたこともなかったというのに。

一瞬の躊躇もなく、顔を攻撃された……!

私は眉間を抑えたまま。
しばらくその場から動くことが出来なかった。


その後。
私は国一番の近衛騎士になるべく、努力した。

陛下が目に入れても痛くないほど大切なクリスティアン殿下の警護を任せるなら、そのくらいの腕が無ければ抜擢されないだろうと考えたからだ。

筆頭近衛騎士の座は、誰にも渡さない。
私が、この手で殿下を護るのだ。


いつしか、顔でのし上がったなどと陰口を叩く者も居なくなった。
目の前で、家柄や容姿の優劣では埋められないほどの実力の差を見せつけてやれば、よほどの馬鹿でなければ口を閉じるものである。


*****


私は16歳になり、正式に騎士として登用される年齢になった。

別の者が選ばれた場合のために、毒薬なども用意しておいたのだが。
幸い、クリスティアン殿下直属の近衛騎士に任命されたのだった。

中庭で一度お会いしたきりだが。
殿下は私の事を覚えていただいているだろうか。


胸をときめかせて任命式に向かったのだが。
クリスティアン殿下は、私の顔など一切覚えておられなかった。

その上。
不快そうに眉を顰められてしまったのだった。

人生で二度目の挫折であった。


正直、私はかなりの衝撃を受けていた。
何故なら、私の顔に好意的な反応をしないばかりか、一般の騎士と同様に扱われるのは、生まれて初めてのことであった。


内心動揺をしつつも殿下へ剣を捧げ。
騎士の誓いを立てた。

これで剣を返上しない限り、私はクリスティアン殿下の近衛騎士である。
返上するつもりはさらさらないが。
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