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プロローグ

ある限界オタクの死

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道路に投げ出された、肌色多めの薄い本。
何冊かは血に染まっている。

緑色の触手に凌辱されながらもにっこり笑顔でダブルピースしてる美少女が描かれた紙袋も、無惨に破れている。


ああ、もったいない。

血でパリパリになった薄い本なんて、古本屋に売れないじゃないか、などと思った。
違う液体でパリパリになって、売るに売れなくなったのなら数十冊あるけどネ☆

萌えなくなった薄い本は燃やさず、同人ショップにリリース一択である。


路上に散らばっている肌色多めの同人誌の表紙にドン引きしている女性の姿が見えた。
ちょちょちょ、ゴミを見る目で見ないでくだち!

いや、拙者ロリじゃないでござる! 今回はリョナ本買ってないし! 表紙で汁だくイボ盛極太触手に凌辱されてるのはょぅι"ょじゃなくて18歳以上の女の子だから! セフセフ!
成人指定ってちゃんと書いてあるしネ! ロリババアばんざい!


後続車に轢かれてタイヤ痕がつけられる前にお宝本を回収したいところだが。残念ながら指一本動かないのである。
詰んだ。むしろオワタ。元々人として終わってるとか言わない。


*****


この状況。一昨年の大惨事を思い出すぜ。

あれは豪雨の中の夏コミ三日目。帰りの電車の中でのことだった。
雨に濡れてしまったせいで紙袋の防御力が下がり、今にも崩壊寸前だったのだが。電車の揺れが決定打になって決壊。車内にお宝本をぶちまけたことがあった。

その時は、コミケ帰りの同志らしき男たちが回収を手伝ってくれたんだっけ。ヘッ、同士ひとの優しさが染みらあ。

だがしかし。家に帰って数えたら本が足りなかった。何だ貴殿もリョナラーでござったかほっこり。……いや入場に5時間スペースに3時間並んで決死の覚悟で手に入れた戦利品をどさくさに紛れて掠め盗るな。死ね。むしろタヒね。ザラキ!


それはともかく。
家の近所で肌色エロ同人ぶちまけちゃった俺の社会的生活というか近所の評判が死にそうな件について。元々死んでるけど☆

一応、会社行くときは猫かぶって挨拶とかしてたのに!
これからは道を歩く度に「あの人、肌色の本の人だ」って囁かれることになるのだなあ。やったね。うしろゆびさされ組だにゃん。


通りがかりの、いかにもリア充っぽいカップルの男が、頭と尻が軽そうな女といちゃいちゃしながらスマホをこちらに向けているのが視界に入った。

おいおい、SNSにでもUPうぷするつもりか? 間違ってもインスタ映えはしないと思うが?
やだーきもーいとかへらへら笑ってんじゃねえ。爆発炎上しろ。リアルで。

グロ画像で垢BANされろ。イエス、グロis俺の顔。なんちゃって。

……じゃねえよ。
くそ、何で身体が動かないんだ。そしたら今すぐにでもお宝を回収して、そそくさと逃げるのに……!


つーか。
何で、こんなことになったんだっけ?


*****


ああ、そうだった。
今日は夏コミ三日目、俺の戦場。年に二度のオタクの祭典。

ほぼ徹夜状態で家を出て始発に乗って、朝の6時に国際展示場に到着。
すでに出来ていた長蛇の列に並ぶこと6時間、灼熱の太陽と戦い、やっと会場入りできたのでござった。ニンニン。ルール無用の徹夜組は秒でタヒね。滅殺!


目当てのサークルに並び。汗臭いを通り越して目と鼻にキーンとくる異臭を漂わせている野郎どもがひしめく中、新刊全部と準備号を買い。
他にもチェックしていたサークルを回って。
ゲットしたお宝本をリュックサックと美少女の描かれた紙袋にぎっしり詰め、両手に持って。
早く家に帰って思う存分シコろうと、ウキウキ気分で帰宅しているところだった。

恐らく、暴走したトラックに撥ねられたのは。


強い衝撃と共に、宙を舞って。
一瞬、驚きに目を見開いている運ちゃんと目が合った。

自分とお宝本がローリングしながら舞い上がる光景が、スローモーションのように見えたのは覚えている。
走馬灯? っていうのは見なかった。残念。


とにかく、熱い、と思った。

身体の中で、何かが砕けるような、嫌な音がした。
なのに、痛みはないのが不思議。

骨折とか、限界超える痛みだと、勝手に脳内麻薬が出るとは聞いたことがある。主に漫画がソース。
でも、ここまで痛まないもんなのかね?


救急隊員か? 誰かが俺のところに来て、何かを言っているのに。
何も聞こえない。

呻き声すら出せない。
指一本動かない。
瞬きも、できていないようだ。

血も、かなり流れたっぽいし。
これ、やばくね?

ぞっとした。


……俺、死ぬのかも。


来栖 翔太、享年29歳と10か月、か。
童貞のまま、魔法使いになると思っていたのに。たまに同人誌を読むのを楽しみにして。そのまま独りで生きていくものと思っていたのに。

何時間も並んで、やっと手にしたお宝本を読むことなく。
このまま、死ぬのか?


くっそ、後ろに並んでるやつ気にしてチラ見で済まさずガッツリ中身確かめて、トイレとかで先に読んでシコっておけば良かった……!

ああ、せめて一ページでも風にめくれて見えてくれればいいものを! こんな時、超常能力とか目覚めてくれたら……!
ただ無惨に轢かれていく、肌色の薄い本たちよ。無力ですまん。


そんなのってないよ……!


*****


気が付いたら、ピンク色の空間にいた。


といっても、どぎついアハーンなピンクではなく。
やわらかいパステルピンクだ。上も下も、ファンシーなピンク一色。


ここ、どこだ?


確か俺、コミケ帰りにトラックにエクストリームアタックされて死にかけてたような気がするんだが。
手元にはゲットしたはずのお宝本もなく。

身に着けているのは、着ていたはずの美少女プリントTシャツに履き古したジーンズ、運動靴でもなく。
裸足で、白い布を二枚貼りつかせたような、簡単な服だった。


どこも痛くない。
それどころか、何だかすっきりしたような感じだ。

……何だこれ。
夢か? それとも、これが生死の境で見る走馬灯ってやつか?


試しに思いっきり手の甲をつねってみる。

「痛っ」
痛いし! 加減しろ馬鹿!


これ、夢じゃないと思う。

五感ははっきりしてる。
声も出た。

何だか甘いようなにおいもする。


もしかして、ここ、天国だったり?
しかし、身体だけは無駄に清らかではあるけど。

天国に行けるほどの善行はしてないという絶対的な自信だけはある。
大した悪事もしてないが。

いや、今から最後の審判があったりして。


閻魔鏡で、過去の黒歴史を持ち出されたら。
間違いなく悶死する。即死する。

俺の心がマッハで死ぬ。

迷わず地獄行きを選ぶので、封印されし黒歴史をフルオープンするのだけは許してください!!
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