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三章 一陽来復

燎原之火

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「え、えっ!? 何、何なの?」

陛下の私室である黄央殿に戻り。
世話役の宦官に囲まれた陛下は、大変困惑されていた。


本来、服を脱ぎ着するのも湯浴みをするのも、それぞれ専用の宦官の役目である。
貴族であれば、それが日常なのだが。

別世界育ちの陛下はご存じなかったようなので、説明をした。

以前の陛下は、訓練後に汗を拭いたり就寝前に足を洗うのは私にさせていたが。
他は宦官の仕事を奪うことは極力避けておられた。

陛下の玉肌に直接触れられぬため、もどかしく、面倒であるが。
かれらもそれで生活の糧を得ているのである。


下げさせれば気分を損ねたと思われ、担当の宦官が処分されることもある。


*****


皇帝の部屋付き宦官は、慣れたもので。
私が部屋に居ても、見ない振りをしている。本来居るはずがない人間だからである。

しかし、陛下はそれが不思議なご様子なので、そういう風習であることをお教えした。


陛下が湯浴みをされている間。
椅子に座り業務をしていると、宦官が茶を淹れてくれた。

「ああ、すまないね。ありがとう」

宦官は無言で頭を下げ、部屋を出た。


薬品等の混入無し。検査後、喉を潤す。
以前は専用の毒見役が居たというが、現在は計器で判別できるので、便利なものである。

全ての人を疑うというのは嫌なものだが。
身の回りの全てを警戒するのがもはや習い性になっている。


湯浴みから陛下が戻られて。
後を着いて来た宦官の一人が、そっと私に香油の瓶を手渡し、退出した。

本日の宦官の仕事は、とりあえずこれで終了である。
声を掛けぬ限りは。


「……ありがとう」

一応、礼を言うが。
今夜は。……否、もう必要ないものである。


香油を懐へ仕舞おうとしたところ。

「そのビン、何だ?」
それを見咎めた陛下は、無邪気に聞いてこられた。

「……香油です」

不思議そうに首を傾げて。
「香油? 何で香油なんか渡されたんだ?」

……それを訊かれるとは。

これから床につく時に、香油を使うとなれば、答えはわかりそうなものだろうに。
くいず王とやらは、閨房関係には疎いのだろうか?

そういえば、14,5の頃から部屋に篭っていたという。
ならば、なのであろう。


なるほど、いくら武公らに口説かれても、不思議そうな顔をされるだけであったのも納得がいく。
自分が口説かれていることにすら、気付いていなかったのだ。

……何と説明したものか。


*****


「あの、これは。その、こ、交接の際に使用するもので……」
いざ口にするのは、なかなかに恥ずかしいものであった。

「あー、俺と耀が性行為をすると思って、使用人がそれ用の潤滑油を渡したのか!」
「陛下、声が大きいです!」

陛下は興味津々なご様子で、こちらへ手を差し出した。
「どれ、見せて」


渋々お渡しすると。蓋を開けて、匂いを嗅がれている。香油なので、花のような香りがついているのだが。
まるで子供のような反応に、どうしたものかと思う。

陛下は香油を手に出し、見て。
他者に聞かれぬような小さな声で呟かれた。

「粘性がある油か……これ、火がついたら厄介そうだな」
「!?」

まさか。

立ち上がり。
寝台へ行き、寝具を嗅いでみる。

毎日のように、嗅いでいた。
この香りは。

「……香油の匂いがします。まさか、これが?」


陛下は寝台に半身を横たえていた私の側に寄り。
耳元で囁いた。

「ここに火を放たれたら、よく燃えそうだな?」
「な、」

「大声出すな。犯人が聞き耳立ててるかもしれないから、睦言でも囁きあってる振りをしろ。いいな?」

頷いて。
陛下の背に手を回す。


何と華奢な、薄い身体だろう。
何故私はこれほどの違いに気付かなかった。

目が曇っていたのか。


*****


陛下は、自分の世界で起こった事故の話をされた。


香油を使う按摩マッサージ店で、その香油が毛巾タオルに染み込み、落としきらないまま乾燥機にかけて火災が発生したという。

布に染み込んだ油は、重曹湯などで洗えば落ちるが。
普通に洗っても落としきれないものだ。

汽油ガゾリンなど揮発性の高い油は、気化してもその場に残り。
静電気で発火することもあるということ。
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