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三章 一陽来復

反間之計

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武公は、記憶喪失などと、また性質たちの悪い冗談を考えたものだ、と思い。
陛下を驚かせようとして、わざと口説く素振りをしただけだった、という。

そして、身体つきの違いで別人であると気付き。
とりあえず、どういうことなのか様子を見ていたとのこと。

人騒がせな。


武公は腕を組み、難しい顔で。
「陛下の寝所に火を放ちそうな輩については、いくつか心当たりがないでもないのですが……」

「誰だ、陛下を弑逆しいぎゃくせんと企む奸賊の名は!?」
思わず詰め寄り、上衣を掴みあげる。

「憶測で、犯人と決め付けるは早急というもの。現在の段階ではあくまで、やらかしかねない程度の疑惑なので。法の天秤を預かる身としては、疑わしきは叩き斬る、と言わんばかりの広陵丞相には教えられませんな」


陛下の一大事というのに、落ち着きすぎではないか?
危険な芽は、早いうちに摘み取るべきだ。

怪しい者は全て、排除しなくてはならない。


*****


武公は意味深な視線を陛下に向けた。
つられるように、視線をそちらに向けると。

崔公が陛下の背後から、抱きついていた。

「そうそう、落ち着いてよ。ほら~、広陵丞相がこわい顔するから、陛下がこわがって、仔鹿みたいに震えちゃってるじゃない」
子供にするように、頭を撫でている。

「崔公……近寄りすぎでは?」
今までは近寄れなかったからといって、そんな行為をして良いようなお方ではないのだが。

「陛下、それが鬱陶しくてお嫌でしたら、気安く触れるな、金輪際近寄るな、と一言伯裕に命じれば済む話ですよ?」

そう。
無礼者、と言ってやればよろしい。

「え、いや、別にそこまでは嫌じゃないし……」


手の中で、何かが壊れた。
見れば、武公の上衣についていた飾りを握り潰していた。

「うわあ、亡き叔父上から贈られたという武師父お気に入りの翡翠の飾りが!?」
崔公が叫んだ。

何、遺品だと?

「す、すまない、武公、」
「いや。……貴公もいろいろと複雑な心境でありましょう……」
武公は、私の肩を労わるように叩いて。

「おや、破片で怪我をしておりますな。医局で手当てを受けてくればよろしいかと」

このようなかすり傷、大したことではないが。
「は、はあ……、」

「その間、陛下の御身は我々が守ります故、ご安心を」
と肩を押され、坤巻殿を出た。


あの様子は。私をその場から排除し、陛下に内々の話でもあるのだろう。
とりあえず意をくみ、退出したが。

内心の読めない武公はともかく。崔公はあからさますぎる。
わざとやっているのだろうか。


*****


冕冠べんかん玉笄ぎょっけいに仕込んでおいた盗聴器を起動させると。

『他でもない、広陵丞相です』
武公の声。

私がどうした。

『はあ?』
『正確には、広陵丞相ご本人ではなく、その血縁なのですが。丞相というのは、皇帝に次ぐ、かなりの権力を持ちますので、利用しようと企む”名も知らぬ血縁”は多いかと。ま、それは我々も同じなのですがね』


私の……いや、広陵の親族が、宮廷に官吏として入っている?
そのような話は聞いてない。
把握している限りの親族は、放牧か、前皇帝の墓守に就いているはずだ。

仁の葬儀にも顔を出さなかったような輩だろうか?


『ああ、あの様子じゃ、広陵丞相、陛下の御為であれば、少しでも怪しい素振りをみせる者は身内であってもかまわず断罪しまくりそうですもんね。むしろ責任感じて自決しかねないというか……』

成程。
それで私に席を外させたのか。あのような小芝居までして。

しかし、それは少々見込み違いであると言えよう。
身内だろうが構わず断罪はするが、自決はしない。それでは陛下をお守りできないではないか。


*****


「あれ、広陵丞相。そんなとこで何たそがれてるんです?」
李公が茶菓子を持って来ていた。

「内緒話がしたいと追い出されたので」
李公は私の手にある受信機に視線をやり、頷いた。

「ああ、それで盗聴中……。あ、手のひら、血が出てるじゃないですか、貸して貸して」
手を取られて、治療される。

「すまない、李公」
「いえいえ、仕事ですからー」


再び、受信機に耳を寄せる。……何故李公まで耳を寄せるのか。まあいい。
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