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三章 一陽来復

抜本塞源

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「……俺の話、信じてくれるの?」
新しい陛下は、不思議そうな顔をしていた。

にわかには信じがたい話ですが。……確かに、貴方は陛下とは別人だと感じます」
頷いてみせる。

「貴方が私を見る目に、確かに前は感じていた熱を感じられません」


それは、この方が陛下……亮ではなかったからなのか。
この、どうしようもない喪失感の正体は。


「そうですか。……亮……」

私を優しく包み込み、守ってくれた。
あの暖かな腕は。もう、何処にも存在しないのだ。

今になっては最期の言葉となろう。誰も自分を知らぬ場所へ行きたいと、願われた。
その願いは、叶ったのだろうか?


*****


何故なのかは、訊いても答えてくれなかったが。
亮は、生まれてからずっと、私だけを見ていてくれた。

赤子の頃から、世話をしてきたのだ。
故に、何度身体を重ねても、情欲を持つことは無かったが。


私は亮を、愛していた。
生きていく指針を失うほどに。

今更、それに気付くとは。

どこまで愚かなのだ、私は。


その”刻”が、いつ訪れるのかはわからないが。

「これから夜の間、私が寝ずの番を致します」

そして。
亮の仇を、討つ。

その為なら、何でもしてみせよう。

その後は。
どうしようか。

亮の後を追うのもよかろう。


どのような不可思議で、この陛下と交代したのかは私などには与り知らぬが。

焼死など、させるものか。
もう、二度と。喪いたくない。……喪わせるものか。


「丞相って忙しいんじゃないの? 俺についてていいの?」
新しい陛下は、愛らしく首を傾げた。

今更である。
私は陛下の側から離れずに仕事をしていたので。変わりは無い。


日常業務も智能手机けいたいで尚書令に指示したり、書類を確かめるくらいだ。
完璧主義の武公が上司であれば、怒り狂いそうであるが。

他ならぬ陛下がそれを許可していたのだ。問題ない。


「私は皇帝の丞相です。記憶を失われた陛下には、付き添って色々指南する人材が必要でしょう?」

そして。
「私が貴方を……陛下を。命に代えてもお守りします」


跪き、誓った。


*****


「じゃ、とりあえず、この世界の勉強したいんだけど」

残念ながら、古代の宮中を規範とするこの皇宮に、个人电脑パソコンは置いてない。
書庫ならございます、と言うと。目の色を変えて喜ばれた。


図書寮の坤巻殿こんかんでんに案内し、秘書監に言いつけ、この国の歴史が学べる書物を選ばせた。
そして集中したいので、と人払いをした。

「わー、分厚い! さすが皇暦5230年!」

気が遠くなりそうなほどぶ厚く、山のような書物に。陛下はうんざりするどころか、大喜びで。
しかし、悲しそうに私を見上げた。

「前が見づらい……」

下を向くと、視界を遮るりゅうが目障りなご様子だ。
冠を外してさしあげると。

ありがとう、軽い! と。嬉しそうに笑みを向けてこられる。
何と素直に感情を向ける方なのだろう。


「耀は仮眠してなよ。徹夜するなら今の内に寝ておいたら?」
と、長椅子に追いやられた。

とりあえず横になり、陛下の様子を見ていると。


物凄い勢いで書物を読み漁り、凄い凄い、面白い! と嬉しそうに呟かれている。

そういえば、異世界の方なのに、こちらの言語が理解できる様子であるが。
これも天子の力の不思議だろうか?


*****


しかし。
「楽しそうですね……」

漏らした呟きに、陛下はこちらを振り向かれた。

「俺の勉強中は寝てていいよ?」

睡眠不足は注意力を散漫にしてしまうので、仮眠したほうが効率的だと言われても。
それでは、護衛にならないのでは。


「では、こちらを肌身離さずお持ちください」
自分には不要だと、私の部屋に置きっ放しになっていた懐剣を、渡した。

「これは、猛獣や盗賊など、主に害を為すものが近づくと、刀が音を発し、持ち主に警告するという宝剣です」


「へえ、楊貴妃の父親、玄琰が持っていたという刀の逸話みたいだ」
先ほどお渡しした歴史書には、そのような記述は無かったはずなのだが。

「よくご存知で……。そのような謂れのものです。くいず王というのは、賢者なのでしょうか?」

それで得た賞金や報酬で家を買い、何年も生活できたというのだから。
相当な賢者であることは確かだろう。
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