56 / 84
三章 一陽来復
抜本塞源
しおりを挟む
「……俺の話、信じてくれるの?」
新しい陛下は、不思議そうな顔をしていた。
「俄には信じがたい話ですが。……確かに、貴方は陛下とは別人だと感じます」
頷いてみせる。
「貴方が私を見る目に、確かに前は感じていた熱を感じられません」
それは、この方が陛下……亮ではなかったからなのか。
この、どうしようもない喪失感の正体は。
「そうですか。……亮……」
私を優しく包み込み、守ってくれた。
あの暖かな腕は。もう、何処にも存在しないのだ。
今になっては最期の言葉となろう。誰も自分を知らぬ場所へ行きたいと、願われた。
その願いは、叶ったのだろうか?
*****
何故なのかは、訊いても答えてくれなかったが。
亮は、生まれてからずっと、私だけを見ていてくれた。
赤子の頃から、世話をしてきたのだ。
故に、何度身体を重ねても、情欲を持つことは無かったが。
私は亮を、愛していた。
生きていく指針を失うほどに。
今更、それに気付くとは。
どこまで愚かなのだ、私は。
その”刻”が、いつ訪れるのかはわからないが。
「これから夜の間、私が寝ずの番を致します」
そして。
亮の仇を、討つ。
その為なら、何でもしてみせよう。
その後は。
どうしようか。
亮の後を追うのもよかろう。
どのような不可思議で、この陛下と交代したのかは私などには与り知らぬが。
焼死など、させるものか。
もう、二度と。喪いたくない。……喪わせるものか。
「丞相って忙しいんじゃないの? 俺についてていいの?」
新しい陛下は、愛らしく首を傾げた。
今更である。
私は陛下の側から離れずに仕事をしていたので。変わりは無い。
日常業務も智能手机で尚書令に指示したり、書類を確かめるくらいだ。
完璧主義の武公が上司であれば、怒り狂いそうであるが。
他ならぬ陛下がそれを許可していたのだ。問題ない。
「私は皇帝の丞相です。記憶を失われた陛下には、付き添って色々指南する人材が必要でしょう?」
そして。
「私が貴方を……陛下を。命に代えてもお守りします」
跪き、誓った。
*****
「じゃ、とりあえず、この世界の勉強したいんだけど」
残念ながら、古代の宮中を規範とするこの皇宮に、个人电脑は置いてない。
書庫ならございます、と言うと。目の色を変えて喜ばれた。
図書寮の坤巻殿に案内し、秘書監に言いつけ、この国の歴史が学べる書物を選ばせた。
そして集中したいので、と人払いをした。
「わー、分厚い! さすが皇暦5230年!」
気が遠くなりそうなほどぶ厚く、山のような書物に。陛下はうんざりするどころか、大喜びで。
しかし、悲しそうに私を見上げた。
「前が見づらい……」
下を向くと、視界を遮る旒が目障りなご様子だ。
冠を外してさしあげると。
ありがとう、軽い! と。嬉しそうに笑みを向けてこられる。
何と素直に感情を向ける方なのだろう。
「耀は仮眠してなよ。徹夜するなら今の内に寝ておいたら?」
と、長椅子に追いやられた。
とりあえず横になり、陛下の様子を見ていると。
物凄い勢いで書物を読み漁り、凄い凄い、面白い! と嬉しそうに呟かれている。
そういえば、異世界の方なのに、こちらの言語が理解できる様子であるが。
これも天子の力の不思議だろうか?
*****
しかし。
「楽しそうですね……」
漏らした呟きに、陛下はこちらを振り向かれた。
「俺の勉強中は寝てていいよ?」
睡眠不足は注意力を散漫にしてしまうので、仮眠したほうが効率的だと言われても。
それでは、護衛にならないのでは。
「では、こちらを肌身離さずお持ちください」
自分には不要だと、私の部屋に置きっ放しになっていた懐剣を、渡した。
「これは、猛獣や盗賊など、主に害を為すものが近づくと、刀が音を発し、持ち主に警告するという宝剣です」
「へえ、楊貴妃の父親、玄琰が持っていたという刀の逸話みたいだ」
先ほどお渡しした歴史書には、そのような記述は無かったはずなのだが。
「よくご存知で……。そのような謂れのものです。くいず王というのは、賢者なのでしょうか?」
それで得た賞金や報酬で家を買い、何年も生活できたというのだから。
相当な賢者であることは確かだろう。
新しい陛下は、不思議そうな顔をしていた。
「俄には信じがたい話ですが。……確かに、貴方は陛下とは別人だと感じます」
頷いてみせる。
「貴方が私を見る目に、確かに前は感じていた熱を感じられません」
それは、この方が陛下……亮ではなかったからなのか。
この、どうしようもない喪失感の正体は。
「そうですか。……亮……」
私を優しく包み込み、守ってくれた。
あの暖かな腕は。もう、何処にも存在しないのだ。
今になっては最期の言葉となろう。誰も自分を知らぬ場所へ行きたいと、願われた。
その願いは、叶ったのだろうか?
*****
何故なのかは、訊いても答えてくれなかったが。
亮は、生まれてからずっと、私だけを見ていてくれた。
赤子の頃から、世話をしてきたのだ。
故に、何度身体を重ねても、情欲を持つことは無かったが。
私は亮を、愛していた。
生きていく指針を失うほどに。
今更、それに気付くとは。
どこまで愚かなのだ、私は。
その”刻”が、いつ訪れるのかはわからないが。
「これから夜の間、私が寝ずの番を致します」
そして。
亮の仇を、討つ。
その為なら、何でもしてみせよう。
その後は。
どうしようか。
亮の後を追うのもよかろう。
どのような不可思議で、この陛下と交代したのかは私などには与り知らぬが。
焼死など、させるものか。
もう、二度と。喪いたくない。……喪わせるものか。
「丞相って忙しいんじゃないの? 俺についてていいの?」
新しい陛下は、愛らしく首を傾げた。
今更である。
私は陛下の側から離れずに仕事をしていたので。変わりは無い。
日常業務も智能手机で尚書令に指示したり、書類を確かめるくらいだ。
完璧主義の武公が上司であれば、怒り狂いそうであるが。
他ならぬ陛下がそれを許可していたのだ。問題ない。
「私は皇帝の丞相です。記憶を失われた陛下には、付き添って色々指南する人材が必要でしょう?」
そして。
「私が貴方を……陛下を。命に代えてもお守りします」
跪き、誓った。
*****
「じゃ、とりあえず、この世界の勉強したいんだけど」
残念ながら、古代の宮中を規範とするこの皇宮に、个人电脑は置いてない。
書庫ならございます、と言うと。目の色を変えて喜ばれた。
図書寮の坤巻殿に案内し、秘書監に言いつけ、この国の歴史が学べる書物を選ばせた。
そして集中したいので、と人払いをした。
「わー、分厚い! さすが皇暦5230年!」
気が遠くなりそうなほどぶ厚く、山のような書物に。陛下はうんざりするどころか、大喜びで。
しかし、悲しそうに私を見上げた。
「前が見づらい……」
下を向くと、視界を遮る旒が目障りなご様子だ。
冠を外してさしあげると。
ありがとう、軽い! と。嬉しそうに笑みを向けてこられる。
何と素直に感情を向ける方なのだろう。
「耀は仮眠してなよ。徹夜するなら今の内に寝ておいたら?」
と、長椅子に追いやられた。
とりあえず横になり、陛下の様子を見ていると。
物凄い勢いで書物を読み漁り、凄い凄い、面白い! と嬉しそうに呟かれている。
そういえば、異世界の方なのに、こちらの言語が理解できる様子であるが。
これも天子の力の不思議だろうか?
*****
しかし。
「楽しそうですね……」
漏らした呟きに、陛下はこちらを振り向かれた。
「俺の勉強中は寝てていいよ?」
睡眠不足は注意力を散漫にしてしまうので、仮眠したほうが効率的だと言われても。
それでは、護衛にならないのでは。
「では、こちらを肌身離さずお持ちください」
自分には不要だと、私の部屋に置きっ放しになっていた懐剣を、渡した。
「これは、猛獣や盗賊など、主に害を為すものが近づくと、刀が音を発し、持ち主に警告するという宝剣です」
「へえ、楊貴妃の父親、玄琰が持っていたという刀の逸話みたいだ」
先ほどお渡しした歴史書には、そのような記述は無かったはずなのだが。
「よくご存知で……。そのような謂れのものです。くいず王というのは、賢者なのでしょうか?」
それで得た賞金や報酬で家を買い、何年も生活できたというのだから。
相当な賢者であることは確かだろう。
10
お気に入りに追加
310
あなたにおすすめの小説


美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。
猫宮乾
BL
異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。


僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる