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三章 一陽来復

履霜之戒

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「耀が、悪者を退治してくれたおかげだな。次代の御史大夫ぎょしたいふには、耀が相応しいな。いや、耀が誰かに使われるのは我慢できぬ。丞相じょうしょうにしよう」


「殿下、お戯れを……」
わざと、人の耳のある所で仰るのだ。

私が自分のお気に入りである、ということを周囲に知らしめる目的で。
それが私の身を守るとお考えなのだ。


「亮と呼べと申し付けたであろう。命令だ」
殿下は胸を張って命じられた。

「亮……、」
「よし。では、何か詩を詠め。楽しいものがよい。古典はみな嘆いてばかりでつまらぬ」

諳んじていた詩をいくつか詠んでみせると。
殿下は嬉しそうに耳を傾かれている。


「耀の声は、心地好いな。すっかり落ち着いたようだが、喉の調子はもう良いのか?」
「はい、成長痛で、節々が痛みますが」

「耀は筍のように伸びるな。我も早く大きくなりたいぞ」


一度目の声変わりを過ぎ。
背も伸びて。

精通と共に、青かった瞳は菫色に変化していた。

他人の気を視る能力はかなり衰えたものの。殿下の黄金の気だけは、まだ視えていた。
それは、とても誇らしく思えた。


*****


殿下は、御年10になられた。

健やかにお育ちになり、すくすくと背も伸びた。
早いもので、もう剣を持ち、己の身を守る術を覚えねばならない年齢である。


「耀は、強いな。武官、にでも、なる、つもり、か?」

木剣で打ち込まれながら、殿下に問われ。
振りかぶって来た剣を払いながら、答える。

「いえ、貴方をお守りする為ですよ、亮」

「む、ならば、このような訓練、無意味であろうが、……わ、」
木剣を取り落とした。


確かに、私が常に殿下のお側にいられるのなら。護身術の必要はないだろう。
しかし。この昨今、何が起こるかわからない。出来得る対策は、しておくべきである。

「貴人のたしなみです。武術を身に着けておいて、損はございません。……それでは、本日はここまでに致しましょう。汗をかかれたようですが、湯浴みされますか?」
湯殿の用意をさせようとしたが。

「いや、耀が拭け」
お前がかかせた汗だから、お前が拭け、と仰る。

このところ、このような我儘が多くなってきた気がする。
どれも可愛いものであるが。


「はいはい、」

「嫌そうに言うな」
「とんでもない。亮の玉肌を至近距離で拝見できるとは、恐悦至極にございます」

「……お前は、いつも口だけだ。そのようなこと、露ほども思っておらぬくせに」


「は? ……っ、りょ、亮、」
突然、股間を掴まれた。

「ほら、全然反応してないではないか」

「まだ精通も済ませていない10の子供に欲情するような者は、変態かと存じますが?」
むう、と口惜しそうにされていたが。

「……見ていろ。我が成長した暁には、その取り澄ました顔を、我が肉体で、快楽に歪ませてやろう!」
殿下は堂々と宣言した。


宦官や、他の官吏の耳目じもくもある場所で。


*****


「殿下から、愛の告白をされたそうですね」

乾正殿へ続く廊下で、出会いがしらに仁に言われた。
かなり噂になっているようだ。

「子供の戯れでしょう」

恥ずかしさに顔から火を吹くかと思ったが。
慣れ親しんだ鉄面皮は、表情を崩さなかったようだ。


「ずいぶんと、余裕があるようだ。皆、殿下の関心を惹こうと必死になっているというのに」
仁は、溜め息を吐いた。

「若く美しく健康で、才に溢れ、次期皇帝の覚えもめでたいと。この世の春を謳歌しているおまえが羨ましい……」
その暗い呟きには、いつも穏やかな仁らしさが無かった。


見れば、顔色が土気色である。

そういえば、ここのところ私は殿下の部屋で過ごすことが多く。
与えられていた部屋に帰ることが少なかった。

仁も、相談役、という役職はあったが。
今や名ばかりであり、他の官吏や公らと一緒に居ることが多かったようで。

仁の顔を見るのも、数ヶ月ぶりであった。


「仁、体調でも悪いのですか? 医局に……、」
差し出した手を、振り払われた。

「もう行った。肺と脳に腫瘍があり、あちこちに転移していて、摘出は不可能。もって半年とのこと」

腫瘍? 仁が?
「……!! 何故、」
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