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一章 華胥の夢

青天に霹靂を飛ばす

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火災である。

マンションの真下の住人が、鍋に火をかけて消し忘れたままパチンコ行ってたらしくて。
火の近くにスプレー缶とかあって。ドカーンですよ。
言っとくが、可燃性ガスの缶って、一本でガラス吹っ飛ぶくらいの威力があるからな。
たかがスプレー缶と侮るなかれ。
火気厳禁っていうのは、缶を火にくべるなって意味じゃなくて、火にってことだからな? 火の近くに置くなよアホが。

熱を加えたら物質はどうなるか習ってないのか? なら文科省は腹を切って死ぬべきだ。
生きるのに必要な科学知識くらい、小学生のうちに仕込んでおけ。
親も火の危険くらい教えとけ。

突き詰めれば、火災ってのは酸素と火種、可燃物があればどこだって起こりうるものなのだ。


凍るから大丈夫でしょ、と氷結殺虫剤を火元で使おうとしたり、ガソリンは気化するのにGSで煙草吸ったり、小麦粉撒き散らかした場所でガスに火をつけるホームラン級のバカどもと一緒である。
火に油どころかガソリンぶっかける勢いのアホだ。

アホは注意書きを見ない。

見たとしても、理解できないのだ。
アホだから。


もうアホは一匹残らずこの世から駆除して死滅させるべきだと思う。
百害あって一利なしだ。


*****


何で俺がここまで怒り狂っているかって?
それは、今まさにそのアホのお陰で大ピンチだからだ。


突然の揺れと爆発音に目が覚めて。
見れば床に穴があいてて、台所が吹っ飛んでた。

穴から見えたのは、空の鍋に、スプレー缶の残骸。
階下の夫婦はパチンコ狂いである。

以上の状況から原因を推理するとか、やっぱ俺天才だわ。
腐っても鯛、昔取った杵柄か。


つか俺以外の住人、大丈夫か? 爆発のエネルギーってもんは大抵上に向かうから、被害はうちだけかも。
むしろこの状況でよく生きてるよ俺。
起きてたら危うかったよ。


鉄筋コンクリートのはずなのに、何でこんな簡単に天井というか床に穴があくんだよ。
手抜き工事か? 構造躯体ギリギリの鉄骨しか使ってない感じか?
ワイヤーメッシュや目地棒が針金みたいに細いな。

とか何とか考えてる間に、引火して。

床はほぼ無くなってて、玄関には行けそうにないし。階下はすでに火の海だし。
窓の外は煙モクモクで。

角部屋な上、避難用の梯子は隣なんだけど、床落ちてるからベランダまで行けないという。

打つ手なしだ。
やったね。って少しもやらねえわ。


*****


消防車の来る音も聞こえない。

そりゃそうだ。
今さっき、爆発したばっかだもんな。

通報してからまた数分は掛かるだろうし。誰か通報したのかね。まだだろうな。
……もう俺がするわ。


住所と名前を言って、状況を伝えた。

階数? うんとね、ここ5階。
今、端っこにいる。

窓はあるけど、飛び降りたら死ぬ可能性高いね。
つか煙上がってきてるんですけど!

下の部屋、爆発で窓吹っ飛んでるだろうしな。


下の夫婦に、絶対呪う。
死んだら化けて出てやるから覚えてろよ、って伝えてください。

諦めないでって。
いやもうこれ生存確率ゼロだよ。無理無理。

最期まで実況するのもあれだし。切るね。
えい。


携帯を、床の穴めがけてぶん投げた。

人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり、っていうけど。
まさかたった二十年で終わるとはな。

俺、前世でどんな悪行やらかしたんだよ?
なんて、輪廻転生や宗教なんて信じてないけどな。

神様お願い。
何でもするから助けてください!

……って、助けてくれたらいいけど。

世の中そう上手くはいかないのだ。
苦しいときの神頼みをきいてくれるほど、神も暇じゃないだろう。


「熱っ、」

ぶわっ、と熱気に打たれる。
火柱が上がった。


その中から。


人が、出てきた。
……助けに来てくれた消防士、じゃないよな?


だってそこ、穴があいてて歩けないはずの場所だし。


*****


何だ、これは?


『死にたくなければ、私の手を取れ』


俺の耳には日本語に聞こえるのに、まるで日本語ではない言語をしゃべっているようで、違和を感じる。
外国語同時吹き替えみたいな。


頭には冠。
襟の高い、長い袖と裾。

赤と黒と金色の、まるで古代中国の皇帝が着るような、豪華な服を身に着けている。

そいつは。


俺と、同じ顔をしていた。
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