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天才剣士、異世界へ
扉を開けたらそこは異世界だった。
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「先輩、次の試合も頑張ってくださいね!」
後輩に声を掛けられ。
「ああ、いつも通り、全力を出し切るつもりだ」
笑顔を作った……つもりだが。
少し唇の端が動いただけだった。表情筋が追いつかない。
「きゃ~、相変わらずクール!」
「ばか、常勝無敗の剣崎先輩が負けるわけ無いだろ~」
後輩達は楽しそうに帰って行った。
ああ。
今日も勝ってしまった。
いや、勝つための努力は最大限している。
毎日鍛錬も欠かしていないつもりだ。
しかし、実力以上に期待されてしまっているので、プレッシャーが半端ない。
今日だって、ギリギリの試合だった。
何故か向こうが気圧されて、動きが鈍くなって勝つパターンで。
俺には、それほどの腕は無いというのに。名前だけが一人歩きをしている状態だ。
*****
剣崎勝利、なんていかにも剣道が強そうな名前だからだろうか。
恨むぞ爺ちゃん。
江戸時代より前から続いているという古武術の道場の子に生まれて。勝利、なんて名前付けられて。下手に負けたら、うちの看板に泥を塗ることになるじゃないか。
子供の頃から猛特訓させられてきただけあって、攻撃を避ける能力だけはしっかり身に着いている、という自信はあるが。
自分には剣道の才能はないと思っている。
いつこのメッキが剝がれるかわからない、緊張の毎日。
気が付けばいつの間にか、うまく笑えなくなっていた。
それが余計、孤高の剣士みたいに思われてしまっている悪循環。何だよクールって。すぐ熱くなる俺とは無縁の言葉だぞ。
友達とちゃらちゃら遊びたいし、普通にバカ話とかしたいのに。
同級生どころか先輩すら、敬語で話しかけてくる始末。
卒業する先輩に「中学の頃から憧れてました!」とか言われて、涙ながらに握手を求められる一年生ってどうなんだ。
普通、逆だろう。
一年なのに大将に据えられたり。妙に待遇が良すぎたのは、先輩方全員が俺に過剰な期待をしていたからだった。
そこまで期待されてしまうと、全力で応えなければいけないような気がして。実力以上の力が出てしまったのかもしれない。
そして無敗のまま、ここまで来てしまった。
次は全国大会だ。
そろそろ化けの皮が剥がれてもおかしくないだろう。
しかし、ここまで来て、負けるわけにもいくまい。
目隠しをした父さんや爺ちゃんに掠りもしないような腕ではまだまだだが。
もっと練習しないと。
ああ、俺の青春はどこへ。
いっそ、俺のことを誰も知らない世界へ行ってしまいたいものだ。
……なんてな。
さて。
家に帰ったらまず、道場の床掃除をしないと。足腰を鍛える練習にもなるからな。
などと思いながら、家路につき。
いつも通りに、道場の扉を開けた。……はずだった。
*****
……なんだ、これ?
やたら高い天井に、細かい装飾。マリア像っぽい石像。ステンドグラス。
気付けば俺は、教会っぽい雰囲気の建物の中にいた。
「Θαύμα, στην πρώην μου、Θαύμα, στην πρώην μου……」
眼下にはフードを被った人達がいっぱいいて。
土下座するみたいに頭を伏せて、何かを合唱している。
ここはどこだ? これは、何だ?
なにかの儀式か? 悪魔でも呼びそうなんだが。
足元は、大きな石で。円形の中に複雑な模様が刻まれていて。溝からは赤い光が明滅している。
その光が消えたな、と思ったら。
「Είναι επιτυχία!」
……なんて?
フード付きのマントを深く被った人達が、聞いた事の無い言語で、俺を見て互いの手を叩いて喜びあっているようだが。
老人のように腰が曲がった黒いマントの人が、背の高そうな黒いマントのやつに、なにやら指示を出している。
その黒マントは、俺の立っている石に上がってきた。裸足だった。
やっぱり、見上げるほど背が高かった。190cm以上は軽くあるだろう。
全身を覆う黒いマント。
フードの下から覗く、浅黒い肌。青みがかった灰色の目。髪は黒い。
男は、俺が一瞬見惚れてしまったほど、とんでもない美形だった。こんなやたら整った顔立ちの人……それも男で、を見るのは初めてだ。
何か武道をやっているに違いない。それも達人級だろう。立ち姿に隙が見当たらない。
おお、目力半端ねえな、と思った。
そいつは、俺の肩をがしっと掴んだ。
「Ανοίξτε το στόμα σας」
「え? 何て言っ……むぐ、」
*****
あまりのことに。
一瞬、頭が反応できなかった。
気がついたら、男の口が。俺の口にがっつり重なっていた。
重なるどころか。
俺の、ファーストキスが……! うわあ、舌! ヌルって! 舌を吸うな!!
「てめえ、何しやがる!!」
普段の、人前で感情をあまり出さない俺を知る者が見れば驚愕間違いなしなガラの悪い声が出た。
ついでに技も出た。
合気道で、自分より力の強い大きな相手の体重を利用し、投げ飛ばす技である。
油断していたのか、男は吹っ飛んで石の台から落っこちた。
やった俺も驚くくらい、見事に決まった。
『黒の騎士が軽く投げられたぞ!』
『さすがは救世の神子だ』
……ん?
さっきまでは何語で話してるのかわからなかったのが。わかる。
何でだ?
『あやつは、貴方に言葉がわかるよう、術をかけてくれたのだがな』
老人っぽい黒フードの男が、笑いを噛み殺しながら言った。
言葉のわかる術だって?
魔法的なやつか?
それ、なんてファンタジー?
*****
『わたしは賢者、ネストル。貴方をここ、アトランティーダはカタフィギオへ召喚した者。この世界を救って欲しい』
はぁ? 賢者? 召喚?
アト何とかやカタ何とか……って何語だよ。何かの専門用語か? 流れでいうと、どうやら地名っぽいが。日本語で言え。
って、それはさすがに無理か。
あからさまに日本人じゃなさそうだ。いや、人間なのかも怪しい。
このおっさん、目が金色だもんな。爬虫類みたいに瞳孔が細くて縦だし。
地球ですらなさそうな雰囲気なんだが。
これって。まさか。
ラノベとかでよくある、異世界に召喚されたら勇者になっちゃいました系の……?
選ばれちゃった感じの……?
「この俺が……まさか、伝説の勇者だとか、言わないよな?」
後輩に声を掛けられ。
「ああ、いつも通り、全力を出し切るつもりだ」
笑顔を作った……つもりだが。
少し唇の端が動いただけだった。表情筋が追いつかない。
「きゃ~、相変わらずクール!」
「ばか、常勝無敗の剣崎先輩が負けるわけ無いだろ~」
後輩達は楽しそうに帰って行った。
ああ。
今日も勝ってしまった。
いや、勝つための努力は最大限している。
毎日鍛錬も欠かしていないつもりだ。
しかし、実力以上に期待されてしまっているので、プレッシャーが半端ない。
今日だって、ギリギリの試合だった。
何故か向こうが気圧されて、動きが鈍くなって勝つパターンで。
俺には、それほどの腕は無いというのに。名前だけが一人歩きをしている状態だ。
*****
剣崎勝利、なんていかにも剣道が強そうな名前だからだろうか。
恨むぞ爺ちゃん。
江戸時代より前から続いているという古武術の道場の子に生まれて。勝利、なんて名前付けられて。下手に負けたら、うちの看板に泥を塗ることになるじゃないか。
子供の頃から猛特訓させられてきただけあって、攻撃を避ける能力だけはしっかり身に着いている、という自信はあるが。
自分には剣道の才能はないと思っている。
いつこのメッキが剝がれるかわからない、緊張の毎日。
気が付けばいつの間にか、うまく笑えなくなっていた。
それが余計、孤高の剣士みたいに思われてしまっている悪循環。何だよクールって。すぐ熱くなる俺とは無縁の言葉だぞ。
友達とちゃらちゃら遊びたいし、普通にバカ話とかしたいのに。
同級生どころか先輩すら、敬語で話しかけてくる始末。
卒業する先輩に「中学の頃から憧れてました!」とか言われて、涙ながらに握手を求められる一年生ってどうなんだ。
普通、逆だろう。
一年なのに大将に据えられたり。妙に待遇が良すぎたのは、先輩方全員が俺に過剰な期待をしていたからだった。
そこまで期待されてしまうと、全力で応えなければいけないような気がして。実力以上の力が出てしまったのかもしれない。
そして無敗のまま、ここまで来てしまった。
次は全国大会だ。
そろそろ化けの皮が剥がれてもおかしくないだろう。
しかし、ここまで来て、負けるわけにもいくまい。
目隠しをした父さんや爺ちゃんに掠りもしないような腕ではまだまだだが。
もっと練習しないと。
ああ、俺の青春はどこへ。
いっそ、俺のことを誰も知らない世界へ行ってしまいたいものだ。
……なんてな。
さて。
家に帰ったらまず、道場の床掃除をしないと。足腰を鍛える練習にもなるからな。
などと思いながら、家路につき。
いつも通りに、道場の扉を開けた。……はずだった。
*****
……なんだ、これ?
やたら高い天井に、細かい装飾。マリア像っぽい石像。ステンドグラス。
気付けば俺は、教会っぽい雰囲気の建物の中にいた。
「Θαύμα, στην πρώην μου、Θαύμα, στην πρώην μου……」
眼下にはフードを被った人達がいっぱいいて。
土下座するみたいに頭を伏せて、何かを合唱している。
ここはどこだ? これは、何だ?
なにかの儀式か? 悪魔でも呼びそうなんだが。
足元は、大きな石で。円形の中に複雑な模様が刻まれていて。溝からは赤い光が明滅している。
その光が消えたな、と思ったら。
「Είναι επιτυχία!」
……なんて?
フード付きのマントを深く被った人達が、聞いた事の無い言語で、俺を見て互いの手を叩いて喜びあっているようだが。
老人のように腰が曲がった黒いマントの人が、背の高そうな黒いマントのやつに、なにやら指示を出している。
その黒マントは、俺の立っている石に上がってきた。裸足だった。
やっぱり、見上げるほど背が高かった。190cm以上は軽くあるだろう。
全身を覆う黒いマント。
フードの下から覗く、浅黒い肌。青みがかった灰色の目。髪は黒い。
男は、俺が一瞬見惚れてしまったほど、とんでもない美形だった。こんなやたら整った顔立ちの人……それも男で、を見るのは初めてだ。
何か武道をやっているに違いない。それも達人級だろう。立ち姿に隙が見当たらない。
おお、目力半端ねえな、と思った。
そいつは、俺の肩をがしっと掴んだ。
「Ανοίξτε το στόμα σας」
「え? 何て言っ……むぐ、」
*****
あまりのことに。
一瞬、頭が反応できなかった。
気がついたら、男の口が。俺の口にがっつり重なっていた。
重なるどころか。
俺の、ファーストキスが……! うわあ、舌! ヌルって! 舌を吸うな!!
「てめえ、何しやがる!!」
普段の、人前で感情をあまり出さない俺を知る者が見れば驚愕間違いなしなガラの悪い声が出た。
ついでに技も出た。
合気道で、自分より力の強い大きな相手の体重を利用し、投げ飛ばす技である。
油断していたのか、男は吹っ飛んで石の台から落っこちた。
やった俺も驚くくらい、見事に決まった。
『黒の騎士が軽く投げられたぞ!』
『さすがは救世の神子だ』
……ん?
さっきまでは何語で話してるのかわからなかったのが。わかる。
何でだ?
『あやつは、貴方に言葉がわかるよう、術をかけてくれたのだがな』
老人っぽい黒フードの男が、笑いを噛み殺しながら言った。
言葉のわかる術だって?
魔法的なやつか?
それ、なんてファンタジー?
*****
『わたしは賢者、ネストル。貴方をここ、アトランティーダはカタフィギオへ召喚した者。この世界を救って欲しい』
はぁ? 賢者? 召喚?
アト何とかやカタ何とか……って何語だよ。何かの専門用語か? 流れでいうと、どうやら地名っぽいが。日本語で言え。
って、それはさすがに無理か。
あからさまに日本人じゃなさそうだ。いや、人間なのかも怪しい。
このおっさん、目が金色だもんな。爬虫類みたいに瞳孔が細くて縦だし。
地球ですらなさそうな雰囲気なんだが。
これって。まさか。
ラノベとかでよくある、異世界に召喚されたら勇者になっちゃいました系の……?
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