禍祓師・天羽翼の事件簿 ~半妖のヤンデレ弟子は夜毎師匠に精を注ぐ~

篠崎笙

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secretcase:善哉の告解

Timeamus et amemus Deum vivum(畏れつつ熱愛せよ、生きておられる神を)

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「そうですね。忘れたほうが良いでしょう」

わたしは囁いた。
自分が死んで悪霊となった時に使うよう託された、彼の真名を。

「秋津島 夜凪」


驚いたように、わたしを見ている。
わたしに真名を教えたことも、忘れたのだろう。


「……忘れなさい。竜神から聞いたことも。疑問を持ったことも、すべて」
命じるように。


「……善哉?」

翼様は。
今まで、何の話をしていたのか忘れた様子で。不思議そうな顔をしている。


「いっそ、このまま鳥羽ルートとやらで帰りましょうか? 伊勢神宮を見て帰るのもいいかもしれませんね」
何でもないように、帰りの話をする。

「……いいけど。座りっぱなしじゃお尻痛くなりそう」
「なら、わたしの膝に乗っけてあげましょう」

「もう。すぐセクハラしようとするんだからな、義哉は」
笑っている。

これで、良かったのだ。
忘れたほうがいい。何もかも。


‡*‡*‡


浴衣をはだけ、白い肌に吸い付く。

どこもかしこもうつくしい。
陶器の人形のような傷一つ無い、綺麗な肌。絹糸のような黒髪は、汗で乱れている。

「……善哉、」
翼様は、肌につけられた跡を見ている。

この身体は、跡をつけられても半日ももたない。すぐに消えてしまう。
その前の状態に戻る。

決して死なない。老いない身体。

そういう風に構築された魔術である。
わたしの望みを叶え、契約させるために作られた、唯一無二のもの。


「ひ、……っ、」
一気に突き入れて、腰を打ち付ける。

「今は、わたしのことだけ考えて。わたしだけを感じてください」
「あ……、っく、は、あっ、」

身体が浮き上がるほど突き上げて、揺さぶって。
声が嗄れるほど、啼かせる。

頭も身体も、わたしでいっぱいになればいい。


わたしは貴方の側にいる限り、貴方を支え続ける。
それはすなわち、善行の手伝いとなる。故に、わたしの罪は裁かれない。温情という罰である。

懺悔も出来ないほどの罪を犯した。誰にも言えない。貴方にも。


わたしは貴方を手放したくない。
それこそ、永遠に。

あきれるほどに欲深い。
こんなわたしが元聖職者など、神への冒涜でしかない。


‡*‡*‡


あの日。
貴方と出会ったあの瞬間に。わたしはもう、すでに堕ちていたのだ。地獄の道へ。

愛していると伝えたいのに、言えない。わたしのエゴによって。


わたしが貴方の翼を捥いだのだ。
穢れのない天使を、薄汚い欲望で穢し、引き摺り降ろした。

それでも、この手を離せない。
永遠に、騙していくしかないのだ。心から、血を噴き出そうと。


「善哉ぁ、もう、」
翼様は、わたしの背にしがみついて精をねだった。


呪いを解けば、死ぬのは二人。

ああ。
この人は、わたしがいなくては、生きていけないのだ。

くらい喜びに、笑みが浮かぶ。


「貴方はわたしのものですよ。永遠に」

この先、何があろうと。
絶対に、離さない。わたしの、生きる奇跡。


「そして、わたしは、貴方のものです」

「うん、僕だけの、義哉だ」
翼様は嬉しそうに。わたしにキスをしてくれた。


‡*‡*‡


「何やその地獄のコース……」
オスカーはげんなりしている。

紀勢本線で多気まで行き、参宮線に乗り換え伊勢へ。所要時間、約5時間。
伊勢参りをしよう、と決まったのだった。


「おかげ横丁で赤福食べようよ」
「いいですね、あちらは生しらす丼も名物ですよ」
携帯で店の予約を入れる。

「まるっきり観光旅行ですやん!!」

伊勢参りだ。
観光などではない。

『我は伊勢海老を喰いたい。松阪牛コロッケとやらも』
蛇のくせに観光マップなど見て。
「この蛇神さん、すっかり舌が肥えとる……」


『半妖、我が竜神になるまで、きちんと祀るがよい』
人の背を気安く叩くなと。

「今のところ、支出ばかり多いんだが?」
大酒呑み、うわばみめ。

『何、飲み食いした分くらいは倍にして返してやろう。我は蛇神ぞ。富籤とみくじでも買うがいい』
胸を張っている。
サングラスに蛇柄ジャケット姿では、とても神には見えないが。

この蛇神がわたしを半妖と呼ぶのも、優しさなのかもしれない。
半分などでは、ないのだから。


「冨とかより、こうして、みんなずっと一緒にいられたらいいなあ」
翼様。

『我はずっと一緒だぞ』
「自分も頑張って長生きしますわー」


「どさくさに紛れて、わたしの翼様に抱きつくな」
二人を引き剥がす。


‡*‡*‡


「それにしてもこの四人組、どんな集団に見えるんだろ」
翼様は人目が気になるようだ。


『うむ、何とか事務所のアイドルに見えるだろうか』
「900歳のアイドルがいてたまるか」

変に世間擦れしてるなこの蛇。
いつの間にかアロハに着替えている。

「師匠もグラサンかけたら、違うの人たちかも……」
『どれ』
蛇神は自分のサングラスをわたしにかけた。

……何故、皆笑う。


「悪いオニーサン達に売られる少年や!」
オスカーは面白がってこちらにカメラを向け、シャッターを切っている。

蛇神とわたしが売人だと? 失礼な。
蛇神に合図をし。

二人がかりでオスカーの上着を剥いて、蛇神が鱗で作ったアロハを着せてやった。

「僕、どこに売られちゃうの?」
翼様が大袈裟に怖がってみせている。

などと話している内に、伊勢に到着した。


「もーこのカッコでお伊勢さん参りやー」
『赤福氷とやらも喰おうぞ』
自棄になったオスカーの背を、蛇神が叩く。

「蛇神と伊勢参りというのも面白いよね」
「そうですね」

アマテラスオオミカミは最高神であり、ここに参ること自体が大吉なので、おみくじは無いという。
しかし。
わたしの唯一神は隣りにいる、この少年の姿をした、生きている神だ。


これからも、奇跡を見せてくれることだろう。




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