禍祓師・天羽翼の事件簿 ~半妖のヤンデレ弟子は夜毎師匠に精を注ぐ～

case4：蛇魅の社

那智の滝

女の蛇妖は、千姫と名乗った。

千姫は長らく越前に住んでいたが。全国を見て周りたいと思い、旅立った。
しかし、蛇姫の伝説があるという道成寺に向かう途中で、旅の法師に封じられたのだという。


「越前……もしや、小浜という場所では？」
『そうじゃ。何故わかった？』

また、変なところで繋がったな。


‡*‡*‡


千姫は、まだ自我の残っていた頃の水蛭子神とも知り合いだったようだ。

当時、おかしな術を使うものが現れたと、話題だった。
それが”時逆の呪い”だった。

それは、時間を食べる見たこともないようなア・ヤ・カ・シ・で。
古いものを好むという。


触れただけで老婆を幼女に。老爺を青年にした。
特に”時逆の呪い”をかけられたものは日々若返っていき、赤子になり。じきに跡形もなく消えたという。

自分は老婆の姿だったが、そいつに触れられて力を吸い取られ、このように若返った、という。弱体化したというが。どこか嬉しそうだ。
蛇でも若返り美しい姿に戻れるのは嬉しいのだろうか。


「そのアヤカシは、どこへ？」

千姫は首を傾げた。
どうやら紀州へ向かったらしい、とまでは聞いたそうだが。それ以上の情報はないようだ。

『那智の滝に棲む、わらわの大伯父ならば、ご存知やもしれませぬ』


千姫はこのまま全国周遊の旅を続けるようで。
力もなく無害であるので、再封印はせず、その場で別れた。

白蛇は何度も頭を下げていた。


那智の滝か。
また、戻ることになるな。

やはり飛行機でなく、大阪から向かっていれば……いや、パンダ可愛かったし、いいか。


‡*‡*‡


「温暖な太平洋も、二回目になるともーええわ、って感じやね」
オスカーはうんざりしている。

またもや紀勢本線で、那智駅まで行くのである。
約３時間。

白浜から御坊までは約１時間だったので、３倍である。


「３時間なんてまだまだ。中塚准教授なんて、只見線５時間の旅とか飯田線７時間の旅とか普通にしてるし」

只見線はＦ県会津若松駅とＮ県小出駅を結ぶ全長135.2kmの路線で。
飯田線はＮ県辰野駅からＳ県内陸部を通り、Ａ県豊橋駅を結ぶ全長195.7kmという長大なローカル線である。

「何やっとんのあのオッサン！？　てか何の話しとるん？　ジブンら！？」

メールやスカイプで、人魚や蛇女の伝説を聞いたりしていただけだが。
その内の、ちょっとした雑談の部分である。


夜叉丸は、オスカーの肩に寄り掛かって寝ている。
オスカーは困った顔をしているが、爬虫類のすることだと割り切ったようだ。

僕の指示がないと動かない、と言っていた。
本当に、うちの守護神になったんだなあ、と思う。


縁というのは、面白いものだ。
善哉との縁が一番、不思議な気がするが。


‡*‡*‡


那智駅に到着。
宿を取り、バスに16分ほど乗り、滝へ向かう。

ここで、有益な情報を得られるといいが。


熊野古道、中辺路。
緑の豊かなところだ。那智原始林など、素晴らしい景観である。

熊野那智大社も見ておきたいが。
帰りのバスは、最終が17:41だ。乗り遅れたら困る。


那智の滝は那智川となり、海へと流れていく。

バスがない時代は、ここを歩いて参ったのだろうと思うと。
敬虔な信者の行動力に驚かされる。


滝の前には、飛瀧神社ひろうじんじゃお滝拝所がある。

この神社のご祭神は、大己貴神オオナムチノカミ。
滝自身がご神体である。

オオナとはスクナ……少兄、宿禰に対する大兄と見られ、ムチは貴い神を表す尊称である。
大国主神オオクニヌシノカミの別名であるともいう。


大国主神は、古事記に登場する日本神話の神であり、国津神の最高神でもある。
ちなみに天津神の最高神は天照大御神アマテラスオオミカミだ。

滝の飛沫に触れることによって、延命長寿の霊験があるという伝説があるとのこと。

なるほど、神々しい滝である。
空気も”気”も澄んでいる。


『おうい、おうい』
滝の方から、呼ぶ声がする。

山で呼ぶ声には応えてはいけない、というが。


『誰ぞ』
代わりに夜叉丸が応えると。