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case2:人魚の棲む島
人魚伝説
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「人魚……ですか?」
『ああ、半人半魚のアヤカシだ』
先の事件で手に入れた蛇神、夜叉丸は言った。
”時逆の呪い”を知るものは、人魚の棲む島にいる、と。
人魚。無論、見間違いとされるマナティやリュウグウノツカイのことではあるまい。
伝奇物に詳しい人ならば、人魚といえば、おとぎ話の人魚姫よりも先に八百比丘尼を思い浮かべるだろう。
人魚の肉を食べたことで15、6の容姿のまま800歳まで生きたという比丘尼……尼僧のことである。
八百比丘尼伝説の残るF県O市では”はっぴゃくびくに”、T県では”おびくに”。その他の地域では”やおびくに”と呼ばれる。
八百比丘尼の伝説は、全国28都県89区市町村121ヶ所にわたって分布しており、その伝承数は166に及ぶという。
‡*‡*‡
笈埃随筆という書に、こう記されている。
この事、古老の語りしは此国今浜の洲崎村にいづくともなく漁者にひとしき人来り住り。人をして招きあるじ儲す。
食を調る所を見ければ人の頭したる魚をさく。怪みて一座の友に囁き合ふさまして帰る。一人その魚の物したるを袖にして帰り棚の端に置て忘れけり。其事常のつとならんと取て食しけり。
二三日経て夫間にしかじかの事いふに驚き怪みけり。妻いふ、初め食する時味ひ甘露のごとくなりしが食終りて身体とろけ死して夢のごとし。久しくして覚て気骨健かに目は遠きに委しく耳に密に聞、胸中明鏡のごとしと云。顔色殊に麗し。
其後世散じて、夫を始め類族皆悉く生死を免かれずして七世の孫も又老たり。かの妻ひとり海仙となり。心の欲する処に随ひ山水に遊行し若狭の小浜に至りしとぞ。
要約すれば、漁師らしい者が洲崎村に来て住み着いて里の者を招き、ご馳走を出したが。それは人の頭がついた魚だったので、皆は気味悪く思い、帰ってしまった。
しかし、一人の男が一切れ袖に入れて持ち帰ったら、それを妻が食べてしまう。妻は若く美しいまま長生きし、仙女になり小浜に住んだ。という話だ。
海を挟んだ高句麗でも、浪奸という人魚伝説がある。
李・鏡殊という漁夫が、海上で美女に誘われ、龍宮へ行って1日遊び、帰るときに食すると不老長寿になるという高麗人参に似た土産(これが人魚であると考えられる)をもらった。
訝った李鏡殊はそのままにしておいたが、娘の浪奸がそれを食べてしまう。
彼女は類い稀な変わらぬ美貌を得たが。
数百年もの長寿を持て余し、300歳を越えて山を彷徨い行方不明になった、というものである。
‡*‡*‡
確かに、人魚伝説と時逆の呪い。何らかの関係がありそうだ。
僕は67歳になる祓い屋のミズキちゃんよりも年上だが。
外見は12、3歳である。
夜叉丸は、300年くらい前にあの湖で約束に囚われるまで、あちこち歩き回っていたようで。
その時に聞いた話だという。
『確か、若狭国というたか……』
若狭国。
なら、人魚伝説のあるF県で間違いないな。
『しかしそなた、おなごの格好をしておらぬと、まるっきり子供なのだな』
蛇神は驚いて僕を見ている。
逢った時は、16歳の少女に化けていたのだ。
『これはさすがに我も哀れで抱けぬわ』
と、義哉を見た。
何故、義哉は得意げな顔をしているのだろうか。
変態を見る目で見られているというのに。
『ああ眠い。では我は戻るぞ』
蛇神は神棚に祀ってある御神体に戻った。
この地に馴染むまではもうしばらく掛かるそうだ。
庭に池でも作って、水の気を上げておくか。
「ありがとう、夜叉丸」
お神酒を捧げ、手を合わせる。
一升あったお神酒は、あっという間に空になった。
さすがウワバミだ。
「水道水で構わないでしょう、そんなのに大吟醸は勿体無い」
何で善哉はそんなに夜叉丸を敵視するかな。いい蛇神様なのに。
‡*‡*‡
「では、名空か小松空港からレンタカーにしますか?」
義哉は、行き方を検索していた。
「え、飛行機やだ。あんな鉄の塊、信用できない。新幹線がいい」
「新幹線も鉄の塊ちゃうん?」
「では、ひかり新大阪行きで乗り換えですね」
オスカーのツッコミを無視し、チケットを予約しようとして。
ぴたりと手を止めた。
「あ、依頼人来た」
何者かが、結界に触れたのだった。
「人魚についての調査は、次の機会ですかね……」
『ああ、半人半魚のアヤカシだ』
先の事件で手に入れた蛇神、夜叉丸は言った。
”時逆の呪い”を知るものは、人魚の棲む島にいる、と。
人魚。無論、見間違いとされるマナティやリュウグウノツカイのことではあるまい。
伝奇物に詳しい人ならば、人魚といえば、おとぎ話の人魚姫よりも先に八百比丘尼を思い浮かべるだろう。
人魚の肉を食べたことで15、6の容姿のまま800歳まで生きたという比丘尼……尼僧のことである。
八百比丘尼伝説の残るF県O市では”はっぴゃくびくに”、T県では”おびくに”。その他の地域では”やおびくに”と呼ばれる。
八百比丘尼の伝説は、全国28都県89区市町村121ヶ所にわたって分布しており、その伝承数は166に及ぶという。
‡*‡*‡
笈埃随筆という書に、こう記されている。
この事、古老の語りしは此国今浜の洲崎村にいづくともなく漁者にひとしき人来り住り。人をして招きあるじ儲す。
食を調る所を見ければ人の頭したる魚をさく。怪みて一座の友に囁き合ふさまして帰る。一人その魚の物したるを袖にして帰り棚の端に置て忘れけり。其事常のつとならんと取て食しけり。
二三日経て夫間にしかじかの事いふに驚き怪みけり。妻いふ、初め食する時味ひ甘露のごとくなりしが食終りて身体とろけ死して夢のごとし。久しくして覚て気骨健かに目は遠きに委しく耳に密に聞、胸中明鏡のごとしと云。顔色殊に麗し。
其後世散じて、夫を始め類族皆悉く生死を免かれずして七世の孫も又老たり。かの妻ひとり海仙となり。心の欲する処に随ひ山水に遊行し若狭の小浜に至りしとぞ。
要約すれば、漁師らしい者が洲崎村に来て住み着いて里の者を招き、ご馳走を出したが。それは人の頭がついた魚だったので、皆は気味悪く思い、帰ってしまった。
しかし、一人の男が一切れ袖に入れて持ち帰ったら、それを妻が食べてしまう。妻は若く美しいまま長生きし、仙女になり小浜に住んだ。という話だ。
海を挟んだ高句麗でも、浪奸という人魚伝説がある。
李・鏡殊という漁夫が、海上で美女に誘われ、龍宮へ行って1日遊び、帰るときに食すると不老長寿になるという高麗人参に似た土産(これが人魚であると考えられる)をもらった。
訝った李鏡殊はそのままにしておいたが、娘の浪奸がそれを食べてしまう。
彼女は類い稀な変わらぬ美貌を得たが。
数百年もの長寿を持て余し、300歳を越えて山を彷徨い行方不明になった、というものである。
‡*‡*‡
確かに、人魚伝説と時逆の呪い。何らかの関係がありそうだ。
僕は67歳になる祓い屋のミズキちゃんよりも年上だが。
外見は12、3歳である。
夜叉丸は、300年くらい前にあの湖で約束に囚われるまで、あちこち歩き回っていたようで。
その時に聞いた話だという。
『確か、若狭国というたか……』
若狭国。
なら、人魚伝説のあるF県で間違いないな。
『しかしそなた、おなごの格好をしておらぬと、まるっきり子供なのだな』
蛇神は驚いて僕を見ている。
逢った時は、16歳の少女に化けていたのだ。
『これはさすがに我も哀れで抱けぬわ』
と、義哉を見た。
何故、義哉は得意げな顔をしているのだろうか。
変態を見る目で見られているというのに。
『ああ眠い。では我は戻るぞ』
蛇神は神棚に祀ってある御神体に戻った。
この地に馴染むまではもうしばらく掛かるそうだ。
庭に池でも作って、水の気を上げておくか。
「ありがとう、夜叉丸」
お神酒を捧げ、手を合わせる。
一升あったお神酒は、あっという間に空になった。
さすがウワバミだ。
「水道水で構わないでしょう、そんなのに大吟醸は勿体無い」
何で善哉はそんなに夜叉丸を敵視するかな。いい蛇神様なのに。
‡*‡*‡
「では、名空か小松空港からレンタカーにしますか?」
義哉は、行き方を検索していた。
「え、飛行機やだ。あんな鉄の塊、信用できない。新幹線がいい」
「新幹線も鉄の塊ちゃうん?」
「では、ひかり新大阪行きで乗り換えですね」
オスカーのツッコミを無視し、チケットを予約しようとして。
ぴたりと手を止めた。
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