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第一章

兄は不幸になった

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  ~三時間前~

 メイドに呼ばれたセオドアは一階にある食堂に足を運んだ。‥しかし、そこには料理はなく。青いマーメイドドレスに身を包んだ母と灰色の貴族服に身を包んだ父がいた。

 「あの‥お父様?これは一体‥?」

 「うん?ああ、実はレストランを予約していたのを忘れていてね急遽準備したんだよ」

 「ごめんなさいね。私もすっかり忘れてて‥歳かしら?」

 二人は楽しげに笑っているが──セオドアは目を丸くして驚いている。それもそうだろう。妹‥ナディアの体調が悪くなっているのに呑気外食なんて出来る筈がない。何より、ナディアに黙って外食等あり得ない。

 「お父様、お母様。申し訳ありませんが‥俺は遠慮させて頂きます。ナディアを置いていく訳には」

 「なんと!!父と母より妹を選ぶのか!!」

 「そうよ!!あの子とは長い時間いたのに私達とは一緒に入れないの?!」

 「いや、決してそういう訳では!!」

 二人は激昂しセオドアを睨み付ける。この屋敷には回復魔術を使える者はセオドアしかいない。もし、ナディアの体調が悪くなれば誰も治療出来ないのである。けれど‥‥

 「なんて、親不幸な息子だ!!久しぶりに帰って来てみれば妹ばかり!!」

 「私は、私は‥ずっと、ずっと。セオドアと会いたくて‥ぅぅ」

 「けれど!!あの子を一人にはしておけません」

 「‥そうか。分かった」

 「父‥!!」

 首に鋭い痛みが走りセオドアはそのまま気を失った。後ろにいた執事がセオドアに手刀を放ち彼を気絶させたのだ。

 「よくやった。後で褒美を取らす」

 「ありがとうございます」

 「フィリヤ。セオドアに"記憶改竄"の魔法を」
 
 「ええ、分かっているわ貴方。ごめんなさいねセオドア‥これも貴方の為なのよ」

 母フィリヤはセオドアの頭に触れ目をとじる。すると彼女の手が紫の淡い輝きを放つ。十五秒してから手を頭から離し立ち上がる。

 「これで、いいわ。」

 「よし、馬車の中に連れてゆけ。学校はアカデミーの制服だが‥まあいいだろう。」

 執事の一人が気を失っているセオドアを抱き抱える。夫婦は何事もなかったかのように楽しげに会話しながら外に待たせていた馬車に乗った。気を失っているセオドアはフィリヤの要望により彼女の膝を枕にした状態で寝かされる。

 「では、いってらっしゃいませ」

 「ああ、くれぐれもあいつを殺すなよ?」

 「あの子が死ぬとセオドアが可哀想だもの」

 「かしこまりました」

 執事が御者にアイコンタクトを取る。御者はうなづき馬を走らせた。夫婦が窓越しに執事に手を振る。執事は軽く頭を下げて屋敷には戻っていった。

 「相変わらずね、あの執事は」

 「無愛想だが仕事は出来るからな。流石はリンウェンの寄越した従者だ」

 「‥‥あの方とは手を切ったのよね?」

 「当たり前だ。お前が嫌いなのだから仕方がない」

 馬車の中二人の笑い声が静かに響いていた。

 ◇

 「う‥ん‥?」

 「あら、起きたの?セオドア」

 馬車に連れ込まれた一時間後にセオドアは目を覚ました。膝枕をされていた事に驚きセオドアは勢いよく起き上がる。

 「か、母さん!!」 

 「もう‥お母様でしょ?」

 「ハハ。全くよく眠っていたなぁセオドア~?」

 「父さん!!て‥あれ?俺はいつ眠って?」

 「あら!やだ!覚えてないの?馬車に乗って三十分くらいしてからウトウトしてそのまま‥フフフ」

 「そうだったような?そうじゃないような?‥でも膝枕はして貰ってないと思うぞ!!」

 「正解!!それはフィリヤが勝手にしたんだ」

 先程まで静かだった馬車の中は騒がしくなる。そこからは3人は目的のレストランに着くまで楽しげに会話する。


 セオドア達はレストランで食事をし帰路に着いていた。馬車の中は行きと同じように会話が弾んでいる。‥一人を除いて。

 「どうしたんだ?セオドア。さっきから静かだな?」

 「きっと、疲れたのよ。貴方がワイワイ騒ぐから」

 「な!!そういうお前だって!!」

 「いえ‥‥本当に"ナディアは行かない"と自分から言ったのかと思いまして‥」

 セオドアの記憶ではナディアが自ら行かないと言った、という風に改竄した。けれどフィリヤは改竄魔法が脳に負担をかける魔術だと知っていた為"微弱な魔力"で発動させた。その為、時間が経ちセオドアはあの時あった事を思い出しそうになっているのだ。

 「言ってたじゃないか。」

 「ええ‥何も心配いらないわ。メイド達も着いているのだし」

 「‥‥‥そう、ですよね‥」

 まるで自分に言い聞かせるようにぽつりと呟く。馬車で目が覚めた時から首元が寝違えたような痛みを感じる。心臓の脈が早い。何か、忘れているのではないか?。そう思い何度も思い出そうとするが‥思い出せない。

 ─────ガタン!!!

 大きな音を立てて馬車が急に止まる。アルデンスは青筋を立ててながら馬車の外に出る。

 「何だ‥‥あれは‥」

 外に出たアルデンスはそのまま屋敷のある方角に釘付けになる。
 

 「あなた‥?」

 次はフィリヤが馬車の外に出て口元を押さえて絶句した。セオドアは痛む頭を抑えながら馬車の外から降りた。

 ───まず視界に入ったのは美しい星空。赤い星や青い星、黄色い星々が煌めく童話のような空。周りの魔素濃度が急激に上昇しているせいか体に力が入ってくる。そしてセオドアも父と母が見ている方角に体を向け絶句する。

 
 屋敷から天まで届く白い植物がそこにはあった。
 

 「何よあれ、何なの!!わた、私たちの屋敷が!!」

 「い、今すぐに街に引き返すぞ。あの大きさだ、ギルドの連中だってうご「風よ‥我が足にやどれ」

 「セオドア?」

 セオドアは自分の足に風の魔術をかけ、屋敷に向かって走り出す。後ろから二人の静止するような声が聞こえるが今の彼には"妹を残した罪悪感"と"自分に対する怒り"でいっぱいだった。

 『俺は‥!!俺はなんて馬鹿な男だ!!くそ、くそ、くそくそ!!!!』

 屋敷に近づく度に魔素の濃度が上昇していく。そのおかげが魔術を更新し続けられる。視界を屋敷に向ける。巨大な花の茎は呼吸をしているように静かに動いている。

 「何なんだよ、あれ!!」

 アカデミーで習ったどの魔物にも該当しないソレは少年の恐怖と焦りで心を犯すのは簡単だった。セオドアのオレンジの瞳からはポロポロと大粒の涙が溢れ出しそうになる。

 「泣くのは後にしろ。俺。今はナディアを助けないと!!!」

 足に力を込めてさらにスピードを上げる。セオドアが通った場所の雑草はまるで鎌に切られたようになり、地面は軽く抉れる。馬車で走っても一時間近く掛かる道をセオドアは十分で駆け抜け屋敷前に着いた。

 「ハァ‥ハァ‥ハァ‥」

 魔力の減少はなくとも体力には限界がある。セオドアは軽く息を整え屋敷の庭に向かう。朝、妹と久しぶり再会した美しい庭園は屋敷から伸びている白い荊のせいで無惨な姿になっている。ふと荊に何か引っかかっている物が気になりセオドアは近づく。

 「うっわぁぁぁ!!」

 荊に絡まっていたのは食事を呼びに来たメイドだった。目がある筈の場所には眼球ではなく青い薔薇が咲いている。手足からは荊が突き出ている。そんな死体が荊には何十体もぶら下がっている。

 「あ‥あぁ‥な、ナディア‥‥」

 震える声で吊るされている死体を一つ一つ見ていく。そこには最愛の妹ナディアはいなかった。妹がいなかった事に安堵しつつ、彼は吊るされているメイド達に手を合わせ奥に進む。
 地面には白い荊が食い込んでおり踏まないようにセオドアは進む。地獄のような光景に何度か吐きそうになるも進んでいく。

 「‥‥誰だ?」

 屋敷の入り口前に誰かが立っている。黒いロングコートを着た男は口笛を吹きながら、地面に転がっている屋敷の残骸を荊向かって蹴り遊んでいる。

 「あ、もしかして君。セオドア君?」

 「っ‥‥‥!!」

 名前を呼ばれすぐに臨戦体制を取る。セオドアの鬼気迫る様子を見て男は両手を上げ「何もしないよ」と肩をすくめる。

 「お前は何者だ。」

 「えーと‥客‥。かな?」

 「‥‥‥‥」

 「おいおい、そんな睨むなよ。本当に俺は客なの。あんたの妹さんに呼ばれて」

 「!!!ナディアに?」

 男は「そうそう」と答え。両手をコートのポケット入れながらセオドアに近づいてくる。セオドアは一歩、また一歩と下がる。

 「‥何もしないて言ってるでしょ?。警戒心強くない?」

 「こんな状況なのにヘラヘラしてるからだろ」

 「そりゃ、嬉しいもん。召喚者様の願いが叶ってさ」
 
 召喚者様の願いが叶った。それはセオドアが一番思いたくない考えをよぎらせる。ナディアは死んだのではなくあの植物に変化したのではないか?。という普通なら突拍子もない想像だ。けれど眼前の男は荊を指差し

 「綺麗だろう?あれが彼女‥いや。君の妹が望んだ姿だ」

 知りたくもない答えをセオドアに突き付けるのだった。

 

 



 

 
 

 
 
 

 
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