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プロローグ

優しいお兄様

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 「ナディア、久しぶりだな!!」

 「ええ、お兄様」

 色とりどりの花で彩られた庭で、太陽のような明るい髪を束ねた青年が白い日傘を持った少女を抱きしめる。青年の名前はセオドア。魔法の才能を発現させ約3年間の間、魔術アカデミーで修行をしていた。そして、今日はアカデミー生が首を長くして待っていた長期休みだ。勿論、セオドアも例外ではない。約6時間という長い時間をかけて愛する妹の為に帰って来たのだ。

 「お兄様。苦しいわ」

 「わわ!すまない。つい嬉しくて!」  

 満面な笑顔をしているセオドア。彼の目の前にいる白い日傘を差した青い髪の少女の名はナディア。セオドアの妹だ。セオドアはナディアに謝罪してから早口でアカデミーであった事、学んだ事を楽しそうに話始める。ナディアはそれを楽しいそうに聞いている─フリをする。

 セオドアが太陽ならばナディアは月だ。夜空をそうふつとさせる青い髪、兄の温かなオレンジの瞳とは逆に冷たさを感じる黒い瞳。少し焼けている肌とは違い、生気を感じない肌。

 『あぁ‥セオドアお兄様。どうして‥?どうして‥?《帰ってきたの?》』

 セオドアには魔法の才能がある。しかし、ナディアには魔法の才能はない。いや、正しくは《普通》なのだ。セオドアが持つ魔力は常人を遥かに超えている。3歳の頃には魔道士が10年修行して習得出来れる魔法を幾つも覚え、《この世界》の住人達が驚くような知識を披露した事もある。分かりやすく言うのなら《チート》を持った人間だ。
 対してナディアは何もかも《普通》。普通の人が出来る事は大体出来る。─────ただそれだけ。セオドアが普通に使える強力な魔法も修行しないと使えないし、彼のように聞いた事がない道具の作り方だって知らない。そのせいで彼女の身内からの評価は酷いもので《才人のセオドア》《凡人のナディア》と評価されている事を彼は知らない。

 「あ!そうだ!!ナディア。確か魔導書欲しかったんだよな?。じゃーーん!!こーんなに沢山魔導書貰って来たぞ~」

 「‥‥まあ。ありがとうお兄様。これでお勉強出来るわ」

 「大丈夫さ!!。ナディアだって、"魔法の才能"あるんだし」

 「ええ‥」

 『本当に嫌な人。何も知らない癖に』

 「よし、ナディア。父様と母様に会いに行こう」

 セオドアはナディアに手を伸ばす。ナディアは伸ばされて手にそっと触れる。久しぶりの再会を喜びながらデイゼルはナディアの手をしっかりと握り歩き始める。

 『ああ、本当に久しぶりだ!!早くみんなに会いたい!!』

 彼の心はまるで真夏の青空のように澄み渡っていく。約3年間の間文通でしか会話をする事が出来なかった家族と久しぶりに会える事は彼にとって一番の幸せだ。手を握られているナディアでさせえも『ああ、この人は今幸せなんだ』と考えさせてしまう。

 『あぁ。お兄様。セオドアお兄様。貴方が才能を芽生えさせたあの日から私は‥ずっと、ずっと‥』

 太陽のように明るい青年の背中をした兄を影のように真っ暗な瞳をした妹がじっと静かに見つめている。


 ◇

 「良く、戻って来てくれたなセオドア!!」

 「おかえりなさい。セオドア。さあ私にお話を聞かせて?」

 「ええ、父様、母様!!」

 白を基調とした壁。壁には見たことのない幻想的な生き物を描いた絵画、宝石が散りばめられた黄金の壺。見るからに高級な物で彩られた部屋に、黒いスーツを着た青い髪の男性と白いドレスを着た金髪の女性が息子のアカデミーでの話を楽しそうに聞いている。

 しかし、その場にナディアはいなかった。

 ナディアと共に父アルデンスに挨拶をしたセオドア。けれど父アルデンスはメイド達に

「あの子は調子が悪そうだ」

 とだけ伝え彼女はそのまま自室に連れてかれてしまった。セオドアは妹の部屋まで一緒に着いて行き、別れ際に「また、会いにくるから」といって談話室に向かった。

 「そういえば、ナディアはいつアカデミーに入学させるのですか?お父様」

 「ん?ああ。来年には‥と考えている。ナディアは"体が弱い"からな」

 「ええ、本当に‥心配だわ」

 「そう、ですが‥お医者様はなんと?」

 「いつも通りだよ、薬だって頂いた」

 そればかりじゃないか。とセオドアは怒りを募らせる。妹ナディアは"体が悪い"その為、自分と同じ時期に入学する筈だったアカデミーに入学出来ずにいた。彼が送る手紙には、必ずナディアの体調を心配している文章が綴られている。そして─実家から届く手紙には相変わらず「ナディアの体調に問題はない」の一言だけで後はどうでもいい身内話が大量に綴られている。

 「あの医者は本当に信頼出来るのですか?父上。ナディアが病弱になってから早三年。まったく回復していません。このままでは‥」

 「仕方ないだろ。ナディアの体調不良の原因は"魔素毒"なのだから」

 「セオドア。貴方の気持ちも分かるわ。けれど、分かってかちょうだい。私達だって辛いの。」

 "魔素毒"体の中にある魔素に毒性が発生する原因不明の病。発症例が少ない為ちゃんとした治療方が見つかっておらずかかれば最悪死に至る病─と言われている。
 セオドアの顔に影が落ちる。彼女の前では明るく振る舞っているが実際は心配で心配でたまらないのだ。


 チクタクと壁にはかかった時計が静かに音を鳴らす。先程まで楽しげに会話していた彼の青ざめた表情を見て夫婦はただ彼を慰める事しか出来ずにいた。

 
 ◇


  「‥‥‥‥」

 ベットに座り兄が持ってきてくれた魔術の本をナディアは黙読していた。彼女は《普通》であるが故に父アルデンスに"呪われた"。魔素毒?そんな物は兄を騙す為の嘘。医者も召使も母親も全員、セオドアを騙しているのだ。

 「‥ナディア様、"お薬の時間です"」

 「そこに置いておい「今すぐお飲み下さい」

 メイドの冷たい声が女性の壊れた心にナイフを突き立てる。「分かったわ」そうナディアが言うとメイドは彼女に白い粉薬と水の入ったコップを手渡す。受け取った少女は何の躊躇いもなく粉と水を飲み込んだ。
 

 次の瞬間──体に針で刺されたかのような痛みが走る


 「ア"ア"ア"ア"ア"」

 先程まで静かに本を読んでいた少女の顔は苦痛に歪む。瞳は真っ赤に充血し、口は閉じる事が出来ず白く濁った唾液が頬に線を描く。

 『痛い!いたい!イタイ!痛い!いたい!イタイ!!』

 『どうして、何で?、私なの?』

 『『どうして!!私ばっかり!!』』
 
 薄れゆく意識の中で彼女は何度も、何度も、何度も、何度も‥‥‥自問自答する。自分はいつから酷い目にあった?。自分はいつから閉じ込められてた?。自分は、自分は、自分は!!!───いつから愛されなくなった?

 意識が落ちる中、太陽に温かな笑みを浮かべた青年を思い出す。

 彼は誰だっけ?。彼は私の何だっけ?彼の名前はなんだっけ?。彼は、彼は、彼は───あ‥‥‥ワタシヲフコウニシタヒトダッタ

 ‥‥‥‥

 ‥‥‥‥‥‥

 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

 「ディア!!ナディア!!!」

 『誰?私の名前を必死に読んでいる人は?』

 「頼む、起きてくれ!!ナディア!!」

 『フフ、必死なことね。‥でも、嬉しい。だって誰も私の名前呼んでくれないんだもの』

 「ナディア!!!」

 「‥‥‥‥にい‥さま?」

 少女を必死に呼びかけていたのは、いつも太陽のように笑っていた兄──セオドアだ。目元の腫れ具合からしてかなり泣いていたのだろう。そっと、青年の頬に細い腕を伸ばし‥触れる。

 「フフ、酷い‥お顔。‥せっかくの‥素敵なお顔が‥台無しですわ‥お兄様‥?」

 「笑い事ではないぞ!!あぁ‥良かった!!良かった‥本当に‥良かった!!!」

 「セオドアがお前にずっと治療魔法をかけていてくれたのだ。」

 「‥‥そうですか‥治療‥魔法を‥」

 『また、新しい《才能》を身につけたのですね。お兄様』

 メイドや親は少女に冷たい視線を送る。ナディアはそんな彼等彼女等の顔を"また、嫌われてしまったわ"と心の中で涙を流す。隣ではオイオイとなくセオドアの頬を撫でながら、彼の温かな体温を手のひらで感じ取っていた。


 ◇

 あれから3時間後たった。セオドアは未だナディアの部屋で彼女の看病をしている。明るかった空は暗くなり星が疎に散らばっている。

 「ねぇ、お兄様?」

 「んー?どうしたナディア?‥ハ!!まさか、また体調が?!」

 「違うわ。フフ。ねぇ、絵本を読み聞かせて?」

 「絵本?」

 「そう。"昔みたいに"」

 ナディアは去年で15歳。もう絵本を読んでもらう年ではない。けれど今だけは幼児の頃のようにセオドアに甘えたいのだ。彼がアカデミーに帰れば死んだ方が幸せな日々を過ごす。ならば‥自分を愛してくれる、自分の名前を呼んでくれる"唯一の肉親"がいる─この時間を大切にしたい。そうナディアは考えた。

 「よし!!どんな絵本を呼んで欲しいんだ?」

 「‥‥‥薔薇姫」

 「え?あれ結構怖い話だぞ?夜眠れなくなるんじゃ?」

 「もう‥私。15歳よ?お兄様。小さな子供ではないのだわ」

 「ふむ‥それもそうか。よし、お兄様に任せるがいい!」

 「あ、呼んでくれるのはいいけど‥変なアドリブ入れないでね?気分が削がれちゃうから」

 「え‥」

 かつてはこんな風に仲良く会話していたのだろう。ナディアの瞳は、ほんの少しだけ輝きを取り戻している。その輝きは嬉しいのか、はたまた悲しみなのかは分からない。そうこうしている内に、戸棚から一冊の古ぼけた絵本を持ったセオドアがナディアが横になっているベットの側に置いてある椅子に腰掛ける。

 「セオドア兄様、こちらに来て」

 「うん?」

 ナディアはベットをポンポンて軽く叩きこちらに座るように要求してくる。「我儘さんだな」と言ってセオドアはベットの上に座る。座った彼の膝にナディアは自分の頭を置いた。

 「懐かしいな。昔は良くこうしていたか」

 「ええ、本当に懐かしいわ」

 『本当に‥懐かしい‥』

 セオドアはナディアの頭を撫でながら薔薇姫の絵本を読み始めた。こちらの世界の薔薇姫は妖精に15歳で死ぬと予言される‥という話ではない。簡単に言うと、王子に化けた悪い悪魔に騙されたお姫様は、体を真っ白な薔薇に変えられてしまい憎かった人々を殺し、最後に愛した人の手で生涯を終える‥‥という話だ。
 あまりにも残酷な描写。姫が受ける非道の数々、そして誰一人として報われない物語なのだ。

 「‥相変わらず、救いがない終わりだな」

 絵本を読み置いたセオドアは改めて表紙を眺める。可愛らしい絵柄からは想像出来ない残酷過ぎる物語に若干引いているようだ。

 「そう‥?私は姫は救われた─と思うわ」

 「そうか?騙された挙句、愛した恋人に殺されるんだぞ?」

 「殺されたのが赤の他人だったら嫌だけれど。愛した人に殺されたなんて‥素敵じゃない。皆んなバッドエンドと言うけれど、私はハッピーエンドだと思うわ」

 「‥最後に愛した恋人も死ぬのに?」

 「ええ。それでも」

 セオドアはふむうと一言。彼なりに納得?したのだろう。ナディアはその様子を見てクスクスと笑う。その様子を見たセオドアは"やっと笑ってくれた"と心を撫で下ろす。

 「セオドア様お食事の時間です」

 扉越しからメイドが中にいる"セオドア"に声をかける

 「む?こちらに持ってきてくれないか?ナディアの分も一緒に!!」

 「‥‥‥申し訳ございませんが、旦那様と奥様は一緒に食事がしたいと申されておりますのでどうか」

 「むむ‥。少しの間一人にしてしまうが‥良いか?」

 「ええ、大丈夫。ありがとうデイゼルお兄様」

 ナディアそう言ってセオドアの膝に乗せていた頭を退ける。彼はナディアの頭をポンポンと軽く撫で彼女に背を向ける。

 「‥‥‥さようならお兄様‥愛しておりました」

 セオドアに聞こえないように涙を流しながら少女は小さく口づさんだ。



 少女は薔薇姫の絵本に掛けていた"魔術"を解除する。可愛らしい絵柄はドロドロに解け、動物の皮で作られた不気味な本の姿に戻った。

 「ごめんなさい、ごめんなさい、お兄様。私、私もう耐えられない‥」

 

 







 



 

 






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