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43. 来たるべき時2

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 ガラスの破片が散り、暴徒と化した貧民たちに荒らされた目抜き通りを、馬で駆ける。
 オレンジ色の街灯がぼんやりと辺りを照らす目抜き通りは、普段の賑わいを失って人気ひとけがない。
 セドリックは目抜き通りを駆け抜けるリオネルの背中を追う。黒いマントがたなびいている。
 それは、かつて幼い彼を抱いて王宮を逃れ出た、あの時と逆の道順だった。
 胸の中に湧き上がった感傷を、まだ早いと抑え込む。

 リオネルは並木道を駆け抜け、王宮の扉の前で馬を降りた。

「閣下」

 扉の前にいた近衛が、リオネルの姿を見つけて近寄ってくる。

「中の様子は?」
「宰相以下、政府の官僚たちは中に立て籠もっています。国王と王太子も同様に」
「そうか…。扉を開けられるか?」

 近衛が頷いて、分厚い扉を剣の柄でドンっと二回殴った。
 それが合図になったのか、ゆるゆると扉が開き、中から別の近衛が顔を出す。

「閣下、将軍、どうぞ中へ」

 セドリックが先に扉を抜け、何事もないことを確認してからリオネルを通す。

 相も変わらず目をくらませる、華美な装飾がセドリックたちを迎える。

「国王は普段は居室に籠っています」
「分かった」

 王の居室は王宮の西側の棟にある。
 セドリックは赤い絨毯を踏みしだきながら、先導して西側の棟に続く回廊へと足を向けた。

「…将軍」

 だが、後ろからリオネルがセドリックを呼び止めた。
 彼は正面にある階段を見つめ、セドリックから離れてそちらへと足を踏み出した。

「閣下?」
「…多分、こっちだ」

 リオネルの琥珀色の瞳が、淀みなく彼の行く道を見つめている。
 セドリックは無言でリオネルに付き従った。階段を上がって行くと、やがて二階部分に広間が。そしてさらに上に上がると、そこには王の謁見の間の、金で縁取られた一際豪奢ごうしゃな扉があった。

 謁見の間は、長く使われていない。
 王がせっているためだ。

 扉を前にして、セドリックはリオネルの横顔を見つめる。
 彼は扉をじっと見つめて、そして扉に手をかけた。

 十九年間、閉じたままの扉が軋んで、ゆるゆると開く。

 謁見の間に赤い絨毯が続いている。
 人の足の踏み跡のない、毛足の長い絨毯。金の縁取りの施されたそれが、長く、長く伸びたその先。

 玉座に。

 国王はいた。

 すっかり輝きの鈍った冠を頂き、どす黒いつるぎを手にして。
 痩せ細った体にローブを纏い、やつれて頬骨の浮き出た顔がゆっくりと持ち上がる。
 落ち窪んだ瞳が、まずセドリックを捉えた。

(――…!)

 その途端、重たい圧力を感じて、セドリックは思わず足を踏みしめた。

 続いて国王がリオネルを見る。
 リオネルは、微動だにしなかった。

 先に口を開いたのは、リオネルの方だった。

「なぜ、今日来ると分かった」
「さて…」

 国王が小さく首を傾げる。

「何故であろうな。虫の知らせよ。あるいは、この劔が」

 骨ばった手が、劔を撫でる。

「余に知らせて参ったか…。そなたを殺せと」

 十九年ぶりに。
 いや、あるいはリオネルが生まれてから、初めて交わされた会話だった。

 劔が禍々しいオーラを放つ。
 そのどす黒さが、積み重なった血の跡なのだと気づいて、セドリックは顔をしかめた。

 リオネルが腰に差した剣の柄に手を置いた。

「大人しく殺されてやるつもりはないし、争いに来たわけでもない」
「この椅子を、狙うておるのにか」

 とんとん、と国王が玉座の膝掛けを叩いた。

「余が気づいておらぬとでも思ったか? セドリック。お前が、余をこの椅子から追い出し、リオネルを座らせようとしておることに」
「そうされてもやむを得ないだろう。国を治めることを放棄した王に、その椅子に座り続ける資格なんてない」
「はて…」

 国王が顎に細い指を当てた。

「余がいつ国を治めることを放棄したと言うのか?」

 心底分からない。そんな顔だった。

「十九年間。ずっと。今、この時まで」
「国は大臣に任せてある。何事も滞りなく進んでおる。違うかの、宰相」
「いかにも。その通りでございます、陛下」

 玉座の影から、気難しい顔をした宰相の姿が現れた。
 セドリックは少なからず驚いた。宰相の気配が感じられなかったからだ。それは扉を隔てていても人の気配を違わず読む、リオネルすらそうなのだと、そのわずかに見開かれた瞳でセドリックは察した。

 そこにいるのに、気配が薄い。
 宰相が手を挙げた。
 それが合図であったかのように、謁見の間の重たい扉が開き、抜き身の剣を持った近衛がなだれ込んできた。

 近衛が、セドリックとリオネルを囲む。
 その剣の切っ先が、セドリックたちに向けられていた。

「お前たち…!」

 セドリックは奥歯を噛み締めた。
 それは明確な裏切りの意思表示だった。

「さて、どうする、ラローザ」

 宰相が、いかにも愉快である、というように口角を上げた。

「剣を抜かねば、やられるぞ?」

 セドリックとリオネルは、同時に剣の柄を握りしめた。


**********


 レリッサはサロンに入った途端、膝の力が抜けて椅子に寄りかかるように座り込んだ。
 長く緊張状態にあった頭と身体が、日常を取り戻して一気にその緊張を解き放ったようだった。
 それはパトリスたちも同じで、みんながみんな、疲れて切った顔で椅子に倒れ込んでいる。
 特に一日中、慣れない治癒魔法を使い続けたサマンサの疲労度は一際で、今にも椅子の中で眠ってしまいそうだった。

 すべてのスープを配りきり、庭園で今晩を過ごす人々を残して、みんな帰って行った。明日にはまた来るのだろうが、それはそれで構わない。
 今日一日を乗り切ったということ。それがすべてだった。

「みんなお疲れ様~」

 サロンにカゴを腕に抱いたエドと、ティーセットをワゴンに乗せたダンが入ってきた。
 比較的気力が余っているエドは、疲れ切っている侍女たちに代わって、ダンの手伝いを申し出たのだ。

 エドはカゴからパンを取り出すと、レリッサたちに一つずつ配って行った。

「はい。余ってるパン。みんな朝から何も食べてないでしょ? 料理長がこれだけは残ってるからってさ」
「お茶には蜂蜜をたっぷりと入れておきました。これで少しは胃が満たされるのではないかと」

 あまりに慌ただしくて、空腹なんてすっかり忘れていた。
 けれどパンと湯気の立ち上るお茶を見れば、忘れていた空腹が蘇ってきて、レリッサたちは喋るのも忘れてパンとお茶を口に運んだ。
 熱いお茶が冷めるのを待つのももどかしい。レリッサがお茶を冷まそうと呼気を送っていると、パンをちぎりながら口に入れていたホーリィが、呆れた顔をエドに向けた。

「手伝ってくれるのは結構だけど、上着くらい脱いだら?」
「あ、忘れてた」
「お預かりしますよ、エド様」

 エドが防寒用の上着を脱ぐ。その瞬間、ふわんと甘い香りがレリッサの鼻腔をくすぐった。
 一瞬、お茶の匂いだろうか、と思ってカップに鼻を寄せ、違う、と思い直す。

(今の…)

 どこかで嗅いだ匂いだった。ひどく甘ったるく、不快に感じるほどの甘さで、記憶に残っている。

「ダン、その上着いいかしら」
「…お嬢様?」

 レリッサはカップを置いて立ち上がると、ダンが受け取った上着に鼻を近づけた。

「え、なに!? 俺、臭う?」

 エドが服をつまみ上げて臭いを嗅いでいる。
 それに構わずに、レリッサは上着を手に取り、先ほどの香りを探して、あちらこちらに鼻を近づけた。
 やがて、胸の内側、隠しポケットになっているその部分に行き着いた。

 わずかだが、確かに甘い香りがする。胸焼けするような、特徴的な匂い。
 たどり着いてようやく、この匂いの記憶がふっと蘇った。

「…思い出した。アイザック」
「なんだ」
「この匂いなんだけど…」

 レリッサは、近寄ってきたアイザックに上着を渡す。鼻を近づけたアイザックは、眉間に皺を寄せた。

「なんだこれは。甘いな」
「え、うそ!?」

 エドが自分の上着に鼻を寄せ、「うえ」とつぶやいた。

「いつ付いたんだ、こんな匂い? 俺、香水とかはつけないんだけど…」
「エド様。この隠しポケットには何が?」
「え? そこには国王の書状が入ってたけど…」

 国王の書状。
 エドが、胸元からちらりと書状を見せる姿が思い出された。

「この匂いは、ミルドランド公爵の香水の匂いよ」
「…確かに」

 アイザックが、もう一度エドから上着を受け取って、鼻を近づけ、頷いた。
 興味を抱いたらしいホーリィが、上着に鼻を近づけ、やはり顔を顰める。

「私、夜会で何度かお会いしてるけど、気づかなかったわ」
「夜会だといろんな香水の匂いが混じるから分からないけれど…。この前、王宮の前で会った時、確かにこの匂いがしたの」
「…なんでエドの隠しポケットからミルドランド公爵の香水の匂いなんかするんだ?」

 パトリスも興味本位で鼻を近づけ、その甘ったるさに、勢いよく上着を遠ざけた。

「なんだこれ、すごく甘いな…」

 レリッサは、頰に手を当てて考え込んだ。
 匂いは、正確には隠しポケットからではない。国王の書状についていたのだ。
 気づかないのも無理はないほどの微かな物で、その匂いに覚えがあれば気づけるという程度の強さ。
 だが、書状に匂いが移り、その匂いが僅かながらエドの上着に移るほど、となれば、その書状がある程度の期間、その匂いの持ち主に所持されていた可能性が高い。

 これが、ミルドランド公爵の香水の匂いだと、確実に言い切れるわけではない。
 だが、貴族は皆、調香師にオリジナルの匂いを作らせる。それがこれほどまでに似ることは、どれほどあるだろう。
 今ここにいる人間が顔を顰める程度には、独特な香水だ。万人受けする匂いではないことを考えると、必然的に、この匂いの持ち主がミルドランド公爵であるという確率が上がる。

「もし…国王の書状を、ミルドランド公爵が所持していたとしたら…」

 そこから導き出されるのは、どういう結論だろう。
 考え込むレリッサに、エドが「ねぇ」と声をかけた。

「国王の書状は、西の国境軍宛に直接届いたんだ。書状には、テルミツィアへ進攻すること強く望む、という文言と、その日にちが書かれてた」
「…日にちが書かれていた、ということは、少なくとも国王陛下は、テルミツィアに攻め込む日を知っていたということですね」

 国王の手から、直接届いたはずの書状。普通に考えれば、間にミルドランド公爵を挟む余地がない。

「エド様。国王の書状はどんなものでしたか?」
「どんなって…。ちょっと文章全部は覚えてないけど…、文字がばーって書いてあって、右下に国王の印章が押してあったかな」
「印章…」

 印章なら誰でも押せる。だが国王の印章となれば、使用されるインクは特殊なものだ。偽造が不可能であることは、貴族なら誰でも知っている。偽造しようとするならば、それは重罪だ。
 父とリオネルがそれを国王の印章と認めたのなら、それは確実に国王の印章だったはずだ。

 はた、と気づく。
 一人、国王の他に、その印章を押す権限を持つ者がいるではないか。
 むしろ国王の印章は、ここ数年はずっと『彼』の手元にあった。

「ミルドランド公爵と言えば」

 ぽつりとパトリスが呟いた。

「昨日の貧民たちが言っていたな。借金のカタに、相当厳しい罰を領民に課していると」
「ああ…。そもそも、領民に金を貸し付けて利息を取ろうなんて、領主のやることじゃない」

 アイザックが嫌悪感を露わにする。

「領民に金を貸し付けて、利息を取る…。それくらい、お金に困っていた…」

 わずかな利息すら足しにしなければならないほど、財政が困窮していた。
 それも確かに頷ける、ミルドランド領の収支報告書だった。
 あの出元不明の収益。

 一つ可能性が浮かんだ。
 けれどそれはあまりに突拍子がなくて、レリッサは頭を横に振って打ち消す。

(考えてもどうしようもないわ)

 もうやめておこうと、そう思うのに頭が妙に興奮して、動き続ける。
 落ち着けるために、ようやく冷めたお茶をこくんと飲み干せば、蜂蜜の甘さが舌の上に乗って、喉の奥に落ちていく。

 お茶。
 毒入りのお茶。

(…陛下の、あのお茶)

『どこの誰か分からぬが。余に相当な恨みを持つと見える』

(陛下は、毒が入っていると分かっていて飲んでいた…)

 それは死にたがっているように思えた。
 けれど今思えば、恨まれても仕方がない故に、甘んじて享受しているのだとも取れる。

 一国の王を恨む者。
 確かにいるだろう。頂点に立つ物には敵も多い。

「ああ…困ったわ…」

 遠いところにあった点と点が、接近して線になっていく感覚。
 一つ一つ結びついて、頭の中が目まぐるしく動く。頭がぐるぐるとして重い。一つの形を取りたいのに、考えがまとまっていかない。

「レリッサ。言ったでしょ。目を閉じるんだよ」

 いつの間にか、ディートルがレリッサの背後に立っていた。
 彼は手を伸ばし、レリッサの目を覆う。

 すると、目の前が暗くなった。
 大人しく目を閉じれば、瞼の裏に、点と点を結ぶ光景が次々と映し出されていく。

 国王の書状と印章。
 ミルドランド公爵。
 毒入りのお茶。国王を恨むもの。六十三年前の『呪』――

「『呪』」

 レリッサは、目を覆うディートルの手を外した。
 そして後ろを振り向き、ディートルの珊瑚色の赤い瞳を見つめる。

「ディートル様は、『呪』にもお詳しいのですよね?」
「そうだね。そこらへんの人間よりは知っていると思うよ」
「それでは、『呪』とは、どの程度の正確性が必要なのでしょう? 例えば、ある瞬間にのみ条件が揃っていれば良いのでしょうか? それとも、その過程にも同様の連続性が必要なのでしょうか?」
「結果的に、同じステーキの皿が出来上がるけど、付け合せから乗せるか、メインのステーキから乗せるか、ってこと?」
「エド、ちょっと黙ってて」

 空気を読まずに話に割り込んだエドの口を、ホーリィが手で押さえている。
 ディートルは目を瞬いて、「後者だ」と告げた。

「『呪』には、確実な連続性が必要とされる。だからこそ、『呪』を恣意しい的に発動させるのは不可能に近い。過去に多くの魔術師が、『呪』を発動させようとしてきたけど、その多くは途中の段階で頓挫している」
「その情報は、一般的な知識でしょうか?」

 レリッサの問いに、ディートルは、一度目を伏せた。
 そして首を横に振る。

「いや。ただでさえ全容の明かされていない『呪』について詳しい者は、世界でも有数の魔術師に限られる。だからこそ、君の父親は僕に辿り着くまでに、幾つもの段階を経なければならなかった。『呪』とは秘匿されるべきもの。その掛け方なんて、人々がおいそれと知って良いもんじゃない。…もちろん、詳しい発動条件は、最大の秘密だ」
「…つまり、一般的な魔術書には、載っていないということですね」
「そうだよ」

 今や、サロンの全員の視線がレリッサに集まっていた。

「レリッサ…?」

 パトリスが説明を求めるように、レリッサの名を呼ぶ。
 けれど今はそれには答えられなかった。
 まだレリッサの中でも、具体的な形を持っているわけではないのだ。

 ただ言いようのない確信めいたものが頭の中にあり、それを形作るために、必死に脳が回転している。

「ジング・リング・エヴァンの書斎に、『呪』に関する本がありました」
「本当に? あんなに本がたくさんあったのに良く見つけたな」
「ええ。薄い本ですが、床に積み上げられた中に、確かに」

 あの時は、気にも留めなかった。
 けれど今なら、その異質さに気づく。

「ディートル様。もう一つ質問をしても構いませんか?」
「良いよ」

 ディートルは暖炉の前に安楽椅子を出現させて、ゆったりと足を組んで腰掛けた。

「いくらでも答えよう」
「では…。ディートル様が、リオン様を『王』と呼び、付き従うのはなぜでしょう? ディートル様は最強と謳われる魔術師。そんな方がわざわざ人の下にくだる必要はないのでは?」
「うん…良い質問だ」

 ディートルは満足げに頷いた。

「魔法が戦争の主流だった時代は終わった。僕ら魔術師は、今や戦場での魔術の使用を禁じられ、かつてのような活躍の機会を奪われている。僕らは権力にはまるで興味がない。政治に関する有象無象に手を取られるくらいなら、机にかじりついて魔術を探求していたいのさ。ほら…」

 ディートルが、眠たい目をこすりながら話を聞いているサマンサを指差した。

「そこの、君の妹もそうだろう」
「…確かに、サマンサは夜会に出るくらいなら勉強していたい、って言ってたわね」

 ホーリィが納得したように頷く。

「ほらね。僕ら魔術師はそんなやつらの集まりなんだ。だが、それでも僕らにも承認欲求ってもんがある。引きこもってばかりじゃつまらない。自分がいかに凄い魔術師なのか、世に知らしめたい。だが、その機会は、今のこの時代じゃほとんどない。だからこそ、僕らは時の権力者を求める」
「時の権力者…」
「そう。その近くにいれば、魔術を必要とされる機会は多く、より沢山の人に注目され、自分がいかに凄いかを広く世間に知らしめることができる」
「え、なにそれ。ちょーナルシストじゃん?」
「…エド、だから黙ってなさい」

 再びホーリィがエドの口を覆う。
 ディートルはその様子に呆れた視線を送りながら、続きを口にした。

「僕がリオンを僕の『王』として選んだのは、この天才魔術師たる僕の主君として、ふさわしいと判断したからだ」
「…リオン様が、創始王の瞳を持つからですね」
「創始王って、歴史の授業で一番初めに習うアレ?」

 黙って聞いていたライアンが口を開いた。

「そうだよ。創始王はこの大陸の最初の王であり、世界の基盤を創ったとされる王だ。その血脈は長くテルミツィアに流れ、やがてスタッグランドに分岐した。過去に何度か、創始王の瞳を持つ者が生まれているが、彼らは必ず玉座についている。かつて、テルミツィアの王、マクシミリオンがそうであったようにね」
「だからディートルは、リオンを『王』と呼ぶのか。リオンが『王』になるのを知っているから…」
「そういうこと。これは歴史の決定事項だ」

 ただし、とディートルはレリッサを見た。

「僕は歴史に介入しない。それが深淵を覗いた魔術師の在り方だ。だから、リオンがどうやってその玉座につくかまで、僕は知らない。…知っていても、ここから先、僕が自らの意思で行動することはできない。できることはせいぜい、馬の脚を軽くし、こちらの状況を教えてやることくらいでね」

 それは、彼自身の意思でなければ、行動することができる。
 そう言うことだった。

『君にも、僕の使い方を教えてあげるよ』

 昨日の、ディートルの言葉。
 あれは、きっと『そう言う意味』だった。

「ディートル様」
「なに」
「私を、王宮にお連れください」

 ぎょっとパトリスたちがレリッサを見た。

「なにを言ってるんだ! レリッサ!」
「王宮って…。今まさに、お父様とリオン様が、陛下とやり合ってる場所に行くってことでしょ!?」
「お嬢様。俺もそれは、ちょっとやめといた方が良いんじゃないかと…。リオネル、多分怒るよ…?」

 レリッサは首を横に振る。

「いいえ。行かなければなりません。だって、リオン様もお父様も、勘違いをされているんですもの」
「…勘違い?」
「ええ」

 レリッサは確信をもって、その言葉を口にした。

「リオン様を本当に殺したがっているのは、国王陛下ではないのです」

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