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しおりを挟む次に音が聞こえた時には、結城と神谷は仲睦まじく世間話をしていた。
一体どういう話になったのかは分からないが、一先ず場は落ち着いているらしい。
ホッとしていると、耳から離れた七海の手が不意に俺の腰を撫でる。
意図したように尻まで滑り落ちた手に、ハッとして目の前の身体を押し返した。
「――ど、どういうつもりだ。今そんな事をしている場合ではないだろう」
「だってあの二人なかなか戻らないじゃないっすか。俺だって後夜祭のために頑張ったのに、みーちゃんとイチャイチャしたいです」
「何を馬鹿な事を言っている。だ、だいたい俺はお前の事を許していないっ」
そう言っているのにめげずに触ろうとしてくる手を必死に跳ね除ける。
さっきまで七海の気遣いに少し見直したところだったのに、なぜコイツはすぐ俺の身体に目がいくんだ。
やはり身体が目当てなのか。
と思ったが、高校生が30歳の身体を目当てにするとかどんな趣味だ。
「結城、キャンプファイヤー一緒に見に行こうか」
「――え、いいの?」
「ああ。特別にな。他の生徒には内緒だぞ」
「…うんっ」
二人の会話が聞こえて、その後パタンと屋上の扉が閉まる音がした。
一先ずホッと息をつく。
なんとかバレずに済んだが、それにしても二人の雰囲気は別に悪くなかった。
話を聞いていないから分からないが、もしかして神谷は結城の気持ちを受け入れたのだろうか。
「――わっ」
とか思っていたらグイと七海に腰を引き寄せられた。
どうやらまだ諦めていないらしい。
「やーっと二人きりになれました」
「おいっ、だから俺はお前を許していないと言っているだろう」
「え、だってさっきみーちゃん俺に告白してくれたじゃないですか」
「――は?」
屋上の壁に押し付けられて、七海に上から見下ろされる。
全く思い当たらない発言だ。
一応記憶を思い返してみるが、結城と神谷が来たことや頭に血が昇っていたせいで何を言ったか覚えてない。
「俺の方がお前のこと好きだーって言ってましたよ」
「言っていないっ。そんなことは断じて言っていないっ」
「絶対言ってましたっ。あーもー、カミヤンとあーちゃんのせいでっ」
七海が頭を抱えるが、本当にそんな事は言っていない。
またコイツは自分の都合のいい事を適当に言っているのか。
「ともかくここからは俺のことだけ見て下さいっ。もう余所見は禁止です」
「か、勝手なことを言うなっ。大体余所見していたのはお前のほうだろう」
「してませんよ。俺今日だってずーっとみーちゃんのこと考えてましたし」
そう言ってニッコリと笑顔を作った七海の表情に、カッと一瞬で頭に血が上る。
今日一日ずっと俺のことを考えていただと?
よくそんな事が言える。
「――嘘をつくなっ」
思わず声を荒げる。
突然鋭くなった俺の言葉に、七海がハッとしたように表情を強張らせる。
今日一日ずっと七海のことが頭から離れなくてどうしようもなかったのは俺の方だ。
七海はずっと友人と遊んでいて、俺のことなんて放ったらかしだったじゃないか。
「嘘じゃないです。どうして怒るんですか」
「もういい。やはりお前は信用できない」
吐き捨てるように言って去ろうとしたが、七海の手が邪魔をした。
「だから離せと…」
「逃しませんよ。ちゃんと理由を教えて下さい」
「だからもういいと言っているだろう。お前と話すことなどない」
これ以上頭に血が上ったらまた七海に余計な事を言ってしまいそうだ。
なぜなら今こんなにみっともなく怒っている俺は、まるで子供みたいだからだ。
今日一日七海に構ってもらえなくて、拗ねている子供と変わらない。
その自覚が自分にもあって、居た堪れない気持ちになる。
「もう離せっ。これ以上俺に余計な事を…」
「――いいから」
突然鋭くなった声にビクリとする。
いつの間にか七海の表情はさっきまでとは一変していて、真っ直ぐな視線が落ちてくる。
「お願いですから俺の話を聞いて下さい。あんな風にみーちゃんに言わせておいて、そのまま帰すわけにはいきません」
驚くほど真剣な声音が落ちてくる。
思わず押し黙ると、七海は続けた。
「俺の態度で何か不安にさせてしまったならすみませんでした」
「…それは」
言い返そうとしたが、するりと伸びてきた指先が俺の唇に当たる。
人差し指を押し当てられて、む、と口を噤んだ。
黙って聞いてろということか。
そうやってまた自分の都合のいいことばかり俺に押し付けるつもりか。
ならもういい。
文句は全部最後に言ってやる。
そう決めて唇を引き結ぶと、不機嫌を露わにして視線を逸らす。
自分の言いたいことだけ聞いて欲しいなどと、やはり七海は子供だ。
七海は俺の態度にどことなく困ったように眉を落とすと、機嫌をとるように人の頬に手を伸ばす。
「みーちゃん。俺は嘘なんてついてないです。本当に今日一日みーちゃんのことで頭いっぱいだったんです」
ずっと友人と楽しそうにしてたくせによく言う。
イラッと目を細めたらそれが伝わったのか、俺の頬を撫でていた手があやすように耳をくすぐる。
それでも表情を変えない俺に、七海は見兼ねたように俺から手を離した。
「…分かりました。本当はこんな形で渡したくなかったんですけど。でも今はみーちゃんの信用が一番欲しいんで」
そう言って七海はズボンの後ろポケットから何かを取り出す。
それはただの封筒で、スッと俺の目の前に差し出された。
「…なんだこれは」
「プレゼントです。俺がみーちゃんのことしか考えてなかった証拠です」
「そんなものが…」
あってたまるか、と思いながら差し出されたそれを見つめてしまう。
プレゼントというが生徒が金を出したものなど受け取るわけには行かないが、中を確認するくらいはしてもいいだろう。
おずおずと受け取ると、そっと開封する。
「これはーー」
そこに入っていたのは全く予想していなかったもので、思わず目を丸くして七海を見上げる。
どういうことだ。
「これ今日の文化祭で個人部門のMVP取った賞品なんです。今日はこのためにずっと頑張ってました」
「な、なんで…」
「みーちゃん俺に弁当とか夕飯作ったりしてくれてるけど、絶対俺からお金受け取ってくれないじゃないっすか。それで何かお返ししたいなって思ってたんですけど、結局買った物も貰ってくれないんだろうなーって思って。だからずっと何かないか考えてたんです」
俺の手に有るのは、遊園地のペアチケットだった。
ちなみに遊園地には一度も行ったことはない。
「賞品なら俺が頑張って取っただけでお金は掛かってないです。…まあプレゼントっていっても俺の方に得がある物かもしれないんですけど」
「…これを取るためにずっと今日色んな物に参加していたのか」
「はい。普通にしてたんじゃ絶対MVP取れないんで」
「…そうか」
どうしよう。
文句を言ってやろうと思っていたのに、言ってやる言葉が何も浮かんでこない。
それきり押し黙った俺に、七海が人の顔色を伺うように覗き込んでくる。
「…遊園地は嫌いですか?」
「……」
好きも嫌いも思ったことないくらい、その場所に興味を持ったことはない。
だけど今は――。
カーッと顔に熱が上がっていく。
七海に見つめられていると知って、余計に気持ちが込み上げてきてしまう。
俺のために必死に今日走り回ってくれていたのか。
沢山の人を楽しませて、票を獲得するために頑張ってくれていたのか。
そういえばバンドの時もちゃっかり宣伝していたことを思い出す。
「…みーちゃん、一緒に行ってくれませんか?みーちゃんと一緒に行きたいです」
七海の優しい声が落ちてくる。
胸が堪らなく掴まれて、どうしようもなく顔を俯かせる。
俺はなんて単純なんだ。
騙されないんだと息巻いていたくせに。
文句言ってやろうと思っていたくせに。
どうしようもなく込み上げてきた気持ちのまま、七海に手を伸ばす。
だがドキドキと堪らない心音のせいで身体には触れられず、そっと服の裾を摘んだ。
「…行く」
精一杯の声音はあまりにも小さかったが、そう告げたら七海が息を呑んだのが分かった。
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