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しおりを挟む時間が無かったのか数曲しか聞けなかったのが惜しいが、会場の盛り上がりは十分過ぎるほどだった。
「みんな盛り上げありがとー。個人部門のMVP狙ってるから、ドーゾ七海翔太に清き一票をよろしくっ」
七海は最後にちゃっかり宣伝してからブンブンと手を振り、そして幕が下りていく。
演目が終わっても会場は熱気に包まれたままだったが、やがて少しずつ引けていく生徒の群れと、差し入れを持って七海を待つ女生徒の流れが出来ていく。
いまだドキドキとする心臓をなんとか落ち着けるように深呼吸をする。
とりあえず巻き込まれないうちに離れるかと1階へ降りて、裏手側から体育館を出た。
会場の熱気のせいか中は暑かったが、外に出ると気持ちのいい風が髪を撫でていく。
同時にオレンジが掛かり始めた空が視界いっぱいに広がる。
もうこんなに時間が経っていたのか。
そろそろ一般入場の時間も終わりとなるし、職員室に戻り残りの事務仕事を片付けなければいけない。
結局今日一日見回りと、意図していないが七海の姿ばかり追いかけていた気がする。
神谷に貰ったアドバイスを活かすことが出来なかったなとぼんやり思う。
だがこれでよかったのだろう。
今日一日見て思ったが、やはりアイツと俺とでは見ている世界が違いすぎる。
アイツは俺なんかではなく、同世代の友人と過ごすのがどう考えても一番楽しいだろう。
もしもアイツが俺に飽き始めているなら、それも仕方のないことだ。
「――みーちゃんっ」
不意に後ろから聞き慣れた声が飛んでくる。
ずっと待ち望んでいた声にドクリと胸が熱くなる。
振り向くと七海が俺を追いかけてきていた。
「見に来てくれたんですねっ。ビックリしましたっ」
いっぱいの笑顔を見せて、俺のもとまで七海は全力で走ってくる。
勢いのまま七海の手が俺の頬に触れようとしたから、ハッとして身体を引いた。
さっきまで七海を待っていた女子が沢山いたはずだ。
どこで見られているか分からない。
「お、おい。軽率な行動を取るな」
「えっ?あ、ホントだ。嬉しくて忘れてましたっ」
全く危機感などない様子で、テヘっと相変わらずの笑顔で七海は誤魔化す。
「みーちゃん、俺どーでした?かっこ良かったですか?指差したの分かりました?なんで見に来てくれたんですかっ?」
一体どの質問に返せばいいんだ。
興奮気味に捲し立てられたが、質問がありすぎて頭が混乱する。
「もうすぐ終わるんですよね。あと結果聞くだけなんで。たぶんいけると思うんだよなー」
「え?」
七海は俺の返答を待たず、興奮した面持ちで一人で何か勝手に納得している。
ワケが分からず立ち尽くしていると、俺に向き直ってニッと再び笑顔を作った。
「とりあえず文化祭あとちょっとになっちゃったんですけど、俺に時間下さい。あとで迎えに行くんで――」
それはたぶん、今日一日俺がずっと言いたくて言えなくて、悩んでいた言葉だ。
言われた途端ぶわっと熱いものが心の中に広がっていくのが分かった。
俺が一日中悩んでどうしようもなかった言葉を、七海はこんなにもあっさりと言えるのか。
だが嬉しい気持ちと同時に、その言葉を素直に受け取れない自分がいる。
ここ最近の七海の態度と今日一日の行動を見て、俺の心はもうすっかり参ってしまっていた。
「…お前は俺といないほうがいいんじゃないか」
「は?何言ってるんすか?」
意図していない言葉が口から滑り落ちる。
素直に嬉しいと、待っていたんだと言えばいいのに、それより別の感情が俺の胸中を支配していく。
俺はコイツに相応しくないし、きっと俺には七海の最後の文化祭を楽しませてあげることなどできない。
俺は本当につまらない人間なんだ。
「せっかくの文化祭だ。俺ではなく友人と一緒のほうがきっと盛り上がるだろう」
「全然盛り上がりません。みーちゃんがいいです」
「だ、だから俺にそうやって気を使わなくていいっ」
あんなに盛り上げておいてよくそんなことが言える。
それに俺よりも今日一日、ずっと友人と過ごすことを選んでいたじゃないか。
多少なりとも俺に飽きているなら、もう余計な気など回してくれなくていい。
「なーんでプリプリしてるんですか。とりあえず後夜祭は一緒にいたいです。俺から逃げたら許しませんよ」
「――は!?」
なんだその言い方は。
ニッコリと屈託のない笑顔で言われたが、表情に反して不審な事を言われた気がしてならない。
唖然としていたが、七海はふとスマホの時間を見ると慌てたように踵を返した。
「ともかく絶対一緒にいたいんで言うこと聞いて下さい。これから結果があるんで行かないとなんですけど、終わったらすぐ迎えに行くんで。数学準備室にいてくださいね」
「ふ、ふざけるな。俺は仕事がある。なぜ俺がお前の都合に合わせないといけないっ」
コイツはずるい。
自分がこうしたいと思った時だけ、人の返事など無視して強引に自分の意見を押し付ける。
俺の誘いはあっさりと断ったくせに。
「もー、なんでいきなりおこ眼鏡さんなんですか。あっ、ほら。あそこに甘いの売ってますよ。何が好きですか?みーちゃんが欲しいものなんでも買ってあげますよ」
なんだその返しは。
困った子供を宥めるような言葉遣いにムッと苛立つ。
俺は子供じゃないし、甘いものになど釣られてやるか。
やっぱりコイツは俺に対してふざけている。
「何もいらない。残り時間も少ないし好きに文化祭を過ごせ。俺に気を使ってもらわなくていい」
情けで一緒になどいてもらわなくたっていい。
わざわざ俺と一緒にいるリスクをコイツが背負う必要なんてないんだ。
七海は再び俺に何か言いかけたが、突然かかってきた電話にハッとする。
慌てて出ると「すぐ行くから待ってて」などと言っている。
他の奴と約束があるのなら、余計に俺に時間など割かなくて結構だ。
苛々とした気持ちのまま、もうさっさと足を職員室へ進める。
「ちょ、みーちゃん。絶対来てくださいねっ。絶対ですよっ」
後ろから慌てたような七海の声が聞こえたが、完全に頭に血が上っていてフンと顔を背ける。
絶対に行くものか。
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