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しおりを挟む文化祭を間近に控え、授業は無くなり文化祭のための準備期間となる。
校庭で催し物の設営を手伝いながら、モヤモヤと七海との電話の事を考えてしまう。
授業時間も変わって昼休みも無いので、あれ以来七海とはまともに話を出来ていない。
七海はここ最近ずっと忙しそうで、バタバタと走り回っている。
さすが人気者はあちらこちらで声が掛かるらしく、それでもいつ見かけても全力で楽しそうだった。
特にこれから受験を控えた三年生にとって文化祭は最後のイベントだから、それも当然だろう。
「みーちゃんっ」
それでも時間の合間に俺を見かければ、嬉しそうに走り寄ってくる。
全速力で駆けてきて、いっぱいの笑顔を見せてくれる。
「今日も可愛いですね。大好きですっ」
俺の両手を握って嬉しそうにそう告げる。
体温が上がって、何も言えなくなる。
だがひょっとしてこれもみんなにやっているのだろうか。
「ふむ、それで紺野先生はどうされたいんですか?やはり話し合いをしないことには結局のところ何も進まないと私は思います」
まるで俺が相談していたような口ぶりで神谷に話しかけられたが、俺は何もコイツに言っていない。
というかいつの間に隣にいる。
冷ややかな視線を神谷に送るが、全く気にしていない様子でいつもの微笑を浮かべている。
「ああ、紺野先生がここ最近ずっと悩ましい顔をされてましたので。あまりに気になって仕事が手に付きません」
「そ…それはすまなかった」
つい謝ってしまったが、別に謝る必要なんてないんじゃないか。
コイツが勝手に読心術を発揮して仕事放棄しているだけであって、俺は別にそんな顔をしていたつもりはない。
「こういうイベントごととなると、やはり人気者はどうしても目立ちますからね。不安に思われる気持ちも分かりますよ。俺も大学時代はあなたの噂を聞く度に心臓がドキドキと落ち着きませんでした」
何か思い出すようにため息を吐いている神谷にじとりと目を細める。
大学時代の神谷なんて一ミリたりとも知らないが、俺の噂があったなどと何を適当なことを言っている。
「…おや、そのように冷たい目で見ないで下さい。そんな表情もとても愛らしいですが、あなたにだけは嫌われたくありませんので」
「嫌ってなどいない。お前が適当な事を言うから苛ついただけだ」
「とても紙一重な発言ですが嫌われてないのなら安心しました。それで、悩みは七海のことなんでしょう?」
そう言われて何も言えず視線を伏せる。
クスリと笑う神谷の声が落ちてきた。
「せっかくの文化祭ですし、たまには少し休憩して羽根を伸ばしてはいかがですか?これが終わったら忙しくなるのは受験生だけでなく教師も同じですし」
確かに文化祭を最後に、いよいよ受験に向けて特進科はテスト前以外でも当たり前のように授業時間が長くなる。
授業時間が伸びるということはそれだけ用意する物も多く、教師の仕事量も当然増える。
「ゆっくり生徒が作った出し物を見て回るのもいいと思います。文化祭ですから、例えば教師と生徒が一緒に歩いていても誰もおかしいとは思いませんよ」
「――え?」
思わず顔を上げる。
それはどういう意味だ。
「ああ、もちろん私もあなたのためでしたらいつでも時間を空ける用意はできております」
「見回りをしろ」
「ふふ、相変わらず他人には手厳しい」
特に気分を害した様子もなく神谷はいつものように微笑んでいるが、つまりコイツは俺に仕事を放棄して文化祭を楽しめと言っているのか。
そんな事が許されるのかと眉を寄せて考え込む。
「何も仕事をするなと言っているのではありません。そうですね…柔軟な考えをというところではあなたは少し七海を見習ったほうがいいかもしれません」
「七海を?」
「ええ。まああそこまで天真爛漫なあなたは想像出来ませんがね」
神谷は楽しそうに笑ってから設営を手伝いにいくため足を進めた。
が、ふと思い出したように振り返る。
「そういえば紺野先生知っていますか?」
「なんだ」
小さく首を傾けると、神谷はニコニコと表情を綻ばせる。
「後夜祭に告白すると幸せになれるという噂があるそうですよ。後夜祭はお暇ですか?」
騙されている純粋教師がもう一人いた。
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