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しおりを挟む「一体どういうことですか」
「…は?」
それはこちらのセリフだ。
適当な空き教室へ入ると神谷は俺に一枚のプリントを渡す。
ちらりと見て潔く事情を察した。
別に何も騒ぎ立てるほどの事じゃない。
とりあえず七海とのことが公になったわけではないことに、ホッと胸を撫で下ろす。
「来期の生徒指導部にあなたの名前がありません」
「別におかしなことじゃない。ここ数年は俺も参加していたが、来期からは外してもらっただけだ。代わりに他の仕事を受け持つし、何も問題はないだろう」
「ありますよ。七海とのことを気にされてのことでしょう」
当たり前だ。
俺のような奴が生徒指導部にいるなんて許されるはずがない。
神谷は俺の表情を見て取ると、複雑そうに眉を寄せた。
「…やはり気にされていましたか。もしかしたらと思っていましたが、あなたは本当に真っ直ぐすぎてどうしようもない方だ」
「それは褒めているのか貶しているのかどっちだ」
「あなたを貶すようなことはしません。…ですが紺野先生、もう少し柔軟に考えられてはいかがですか。あなたはもうずっと酷い罪悪感に捕らわれているのでしょう」
「生徒と関係を持っているのだから当然だ」
きっぱりと告げると、神谷は焦ったように視線を彷徨わせた。
七海と一緒にいると堪らなく甘い時間に腑抜けてしまう反面、その後には必ず酷い罪悪感が押し寄せてくる。
それはもう俺の胃をずっと締め付けている。
「…まさかとは思いますが、教師を辞めようなんてことは考えていませんよね」
「馬鹿を言うな。この忙しい時期に退職するような事はないから安心しろ」
「…そう、ですか」
そう言ってやると明らかに神谷はホッとしたような顔を見せた。
このことは全て、夏祭りに教頭に相談を持ちかけて決めたことだ。
あの時は酔っ払っていたが、その後ちゃんと正式に話をして決めた。
とはいえ入れ替わりとなる来期まではまだ時間があるし、罪悪感はあるがそれまでは今までと変わらず生徒を厳しく指導していくつもりだ。
当面は文化祭に向けて浮足立っている生徒に目を光らせるのが仕事だろう。
「七海には余計なことを言うなよ」
「いえ、言いますよ。自分が原因で紺野先生が生徒指導部を辞めること、ちゃんと分からせます。教育委員会の評判も良かったですし、このままいけば教頭や校長など管理職への道もあったでしょう。アイツにはことの重大さを分からせたほうがいい」
「これは俺が勝手に決めたことだ。これから受験勉強で忙しくなるアイツに余計な事を言うのはやめてくれ」
「ですがさすがにこれは――」
まだ言い返してこようとしたから、とっさに神谷の服の裾を掴む。
「…た、頼む。神谷」
そう言って顔を俯かせる。
七海にはこれ以上大人に気を使うような行動は取ってほしくない。
俺はアイツを少しでも甘やかしてやりたいんだ。
俺の行動に神谷は一度息を呑んでからため息を吐き出した。
「…その言い方はずるいですよ。あなたの頼みを俺が聞けないわけがないでしょう」
それを知っているからこそ頼んだ自覚はある。
そしてまた、罪悪感に苛まれていく。
今日一日の仕事を終えて家へと帰宅する。
部屋には誰もいない。
いつの間にかアイツの物が増えている室内にどこか心が暖まるが、昼間の会話を思い出す。
家にちゃんと帰ると言っていたが、もうこの家には来ないんだろうか。
当初は帰れと何度も言っていたくせに、いないとなるといきなり静かになった部屋に落ち着かなさを覚える。
七海は夏休みのほとんどを俺の家で勉強していた。
一人暮らしには広い間取りで使ってない部屋もあるし、アイツの家庭事情を知ってしまってからは一度も帰れとは言っていない。
俺も数学の研究をしながら、手が空けば夜食も作ってやったし個人指導も沢山してやった。
受験生の夏休みとしては、かなり良い勉強が出来たと思っていたのだが。
手に持ったスーパー袋に小さくため息を吐き出す。
ここ最近七海がいたから当たり前のように沢山買ってきた食材は、とてもじゃないが一人じゃ食べきれない。
どうしていきなり帰ると言い出したのだろう。
当たり前だが学校が始まったからか。
もちろん生徒と一緒に登校する所など見られるわけにはいかないから、それに越したことはないのだが。
モヤモヤと考えて、ふと気付く。
これではまるで俺が寂しがっているみたいじゃないか。
別に寂しいわけではない。
寂しいわけではなく、なんだろうこの気持ちは。
――そう、不安だ。
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