103 / 132
97
しおりを挟む――ドン、と大きな音と共に花火が次々に上がる。
それに伴い楽しげに声をあげる人々。
『みーちゃん、やっぱり一緒にいたいです。俺に少しでいいから時間をくれませんか』
電話越しに届く、七海の声。
落ち込んでしまったかと思った。
あんなに怒っていて、嫌われてしまったらと不安になった。
『さっきは人前ですみませんでした。ちゃんと頭冷やそうと思ったんですけど、カミヤンと一緒にいるのかと思ったら全然冷えなくて無理でした。やっぱり好きな人が他の奴と一緒に花火見てるなんて嫌です。仕事だって分かっててもガキだって思っても、めちゃくちゃ嫌なんです』
本当に七海は子供だ。
こんな言葉、仕事の大事さも責任もまだ何も分かっていない、駄々をこねているだけの子供の発言だ。
そんな我儘が社会で通用するわけがない。
『俺を選んで下さい。大人になるって我慢を覚えることですか?空気を読むことですか?俺は何年経っても許せる気がしないです』
だからそれが子供だと言うんだ。
今この時のために全力すぎるほど全力で、どうせ先のことなんて後から考えたってなんとかなると思っているのだろう。
大人になればなるほど余計な心配事ばかり考えてしまって、そんな風に真っ直ぐな言葉を真っ直ぐなまま受け取れなくなっていく。
『…好きです。大好きなんです。どうしても一緒にいたいです。俺に時間を下さい』
七海の言葉が、真っ直ぐすぎて苦しい。
ただの子供の言葉だと、今だけでいつ飽きるかも分からない気持ちだと分かっているのに、それでも息が出来なくなりそうな程呼吸が詰まる。
「な…七海。俺は――」
言いかけた言葉が花火にかき消される。
ドン、ドンと次々に上がる花火が、大人としての自信を酷く失った俺から声音を奪っていく。
『え?なんですか?聞こえないです』
夜空に咲く花火の音。
上がる度に賑わう観衆の声。
七海の快活な声と違い、今の俺の言葉はあまりにも小さい。
ひたすらにドキドキと心臓の音がうるさくて、自分でも自分の声を聞き取れやしない。
「お、俺は…その、ずっとお前が怒っていないかと…」
『え?聞こえないですって。みーちゃんどこにいます?花火の音が大きくて――』
「だから…えっと…っ」
頭が真っ白で言葉が出てこない。
喉が詰まってしまったように、ハッキリとした言葉が告げられない。
いつも生徒指導で怒鳴っている声量はどこへ行ってしまったんだ。
人はどんどん増えていき、肩がぶつかるほど多くなっていく。
なんとか聞き取れる程度の七海の声を、必死に耳に携帯を押し当てて聞く。
『みーちゃん、聞こえますか?』
もしもーし、と七海の声が耳に届く。
ちゃんと聞こえている。
七海の声を聞き逃したりなどしない。
だが今思っている言葉を七海に告げていいものなのか、自信がない。
今までに言ったこともないから余計に自信が持てない。
そもそもこんな俺が言っていい言葉なわけが絶対になくて、それでもどうしようもなく伝えたい。
聞こえないかもしれない。
変に思われるかもしれない。
「な、七海…その」
『えっ?なんですか?』
大きな声で返ってくる声は忙しなく、時たまぶつかったような人の声が聞こえてくる。
もしかしたら俺を探して歩いているのだろうか。
そう気付いたら、止め処なく込み上げる感情が止められなくなってしまう。
それは今まで数学以外全く興味を持ってこなかった俺が、人生で初めて勇気を出した言葉だった。
「…あ、会いたい」
口に出したら、堪らなく暴れ出したくなりそうな熱が顔に昇る。
元々音が聞き取りづらいところに、ちょうど連鎖花火が上がりドンドンと激しい音が鼓膜を揺らす。
人混みに紛れた俺の言葉など、あっさりと周りの賑やかな音にかき消されてしまっただろう。
なけなしの勇気を振り絞って言った俺の声は、きっと七海には届かない。
だが一拍の間を置いて、携帯からハッキリとした声が返ってきた。
『――俺もです。今すぐ行きますね』
電話越しの声が息を切らして走り出したのが分かった。
0
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
昭和から平成の性的イジメ
ポコたん
BL
バブル期に出てきたチーマーを舞台にしたイジメをテーマにした創作小説です。
内容は実際にあったとされる内容を小説にする為に色付けしています。私自身がチーマーだったり被害者だったわけではないので目撃者などに聞いた事を取り上げています。
実際に被害に遭われた方や目撃者の方がいましたら感想をお願いします。
全2話
チーマーとは
茶髪にしたりピアスをしたりしてゲームセンターやコンビニにグループ(チーム)でたむろしている不良少年。 [補説] 昭和末期から平成初期にかけて目立ち、通行人に因縁をつけて金銭を脅し取ることなどもあった。 東京渋谷センター街が発祥の地という。
女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男
湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。
何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。
部室強制監獄
裕光
BL
夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる