ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

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 俺の言葉に神谷の顔が強張る。
 だがその数秒後、気の抜けるような大きなため息を吐きだす。

「ですよね。分かってます。あなたがもう戻れないことも分かってました。覚悟がおありか聞きたかっただけです」
「…お前は一体どこまで俺の心が読めるんだ」
「俺でなくとも分かりますよ。俺があんなに苦労して引き出した笑顔も、七海の話をするだけであっさりとニコニコされては」
「そ、そんなに顔に出しているつもりは…」
「こんな危ない橋を渡ろうとするなら、あなたはもう少し嘘が上手くなったほうがいい」

 確かに神谷どころか結城や七海にまで考えていることをよく当てられてしまう。
 だが取り繕うのは昔から苦手で、それが出来るなら生徒にももっと好かれる教師になっていただろう。
 
「まあそこがあなたの良さでもあるのですが。それより俺に聞きたいことがあるのではないですか?そのために今日俺を呼んだのでしょう?」
「…は?」

 突然言われた言葉の意味がわからず首を捻る。
 神谷は俺の表情を見て不思議そうに瞬きをした。

「おや、違いましたか。てっきり今日俺を誘ったのは、七海の家庭事情を聞きたいからとばかり思っていたのですが」
「あ――」

 そう言われて思い出す。
 こっそり神谷の机から覗いた生徒の個人情報のファイルに、俺宛の付箋があったことを。
 コイツは俺が七海の個人情報を知りたがると事前に分かっていた。

「いや、それは違う。お前を呼んだのは…えーと」

 だが言葉に詰まってしまう。
 神谷を呼んだのは結城と示し合わせをしたからだ。
 だがそれを言ってしまうのはさすがに駄目だろう。

「ふむ、何か別の意味があったと。んー…この顔は何か他人が関与しているような――」

 神谷が読心術を発揮しようと俺の顔を覗き込んできた時、――ドン!と大きな音が上がった。
 その音で二人同時に空を見上げる。

 真っ黒だった空にパアッと花開くような花火が上がっていた。
 一つ上がり、消えていく。
 そうしてまたすぐに視界いっぱいの花火が広がる。

 思わず目を奪われてしまう。
 花火などいつも見たいとも思わなかったし、全く興味もなかった。
 だが七海もどこかでこれを見ているのかと思えば、不思議と興味がわいてくる。
 あいつのせいで今まで数学以外つまらないと思っていたものが、次々と色を持ち始める。

「…七海のことは、本人から聞くつもりだ」
「そうですか」
「アイツが教えてくれるかは分からないがな。それでも教師として話を聞くのではなく、一個人として話を聞きたいと思っている」
「…そうですか」

 花火を見上げながらそう言った俺に、神谷が相槌を打つ。
 大きな音を立てて開いては散っていく花火を、とても綺麗だと思った。

 同時にアイツと一緒に見たいとも思った。
 七海が俺を祭りに誘って、一緒に行きたいと言った意味が今更分かってしまう。

 心惹かれるものを好きな人と一緒に見たい、という気持ちを初めて知った。

「これからどうするおつもりですか。さっきは現実的ではないと言いましたが、正直なところ七海が卒業さえしてしまえば俺は問題ないと思いますが」
「…問題ないわけあるか。未成年に手を出すなど許される事ではない」
「ではいつになればあなたは許されると?」

 そう言われて押し黙ってしまう。
 七海がこの先俺と同じ社会人になるには、高校を卒業して大学を出て、と少なくとも5年必要だ。
 
 それまで七海は俺のことを好きでいてくれるのだろうか。
 子供の気持ちなどあっという間に変わっていくだろう。
 こんな面白みのない人間を好きで居続ける理由なんて、まだ若くて未来のあるアイツにはないはずだ。

 完全に口を閉ざしてしまった俺に、ふわりと神谷の手が落ちてきた。
 頭をゆるりと撫でて、すぐに離れていく。
 
「その答えはきっと七海が教えてくれますよ」
「――え?」

 同時に俺の携帯が音を立てる。
 けたたましい音に慌てて画面を確認すると、七海からだった。
 ドクリと大きく心臓が動き出す。

 まるで神谷は七海が電話してくるのを分かっていたような口ぶりだった。
 唖然とする俺に、神谷はいつものように微笑む。

「こんな綺麗な花火の前で、七海がじっとしていられるとは思えませんから。では私はここで。一緒に花火を見ていただいて有難うございました」

 そう言って神谷は踵を返す。
 早く取らなければ七海の電話が切れてしまう。
 だが俺はまだ神谷に礼の言葉一つ言っていない。

 どっちを取るかアタフタとしてしまったが、俺は潔く通話ボタンを押した。

『みーちゃんっ、俺――』
「うるさい。ちょっと待っていろっ」

 勢いよくそう言ってから神谷を捕まえる。
 
「か、神谷、色々すまなかった」

 慌ててそう伝える。
 これだけ俺のことを慕ってくれて、気持ちを受け入れることが出来ないと分かっているのに心配してくれる奴などいない。
 こんなつまらない堅物人間など好きにならなければ、コイツは本当に完璧な奴なのに。

 神谷はちらりと俺の持つ携帯電話を見て取ると、綺麗に表情を綻ばせてみせた。

「ご安心を。俺はこれから、七海ごとあなたを愛してみせますよ」
「――は?」

 どうやら自称良心的ストーカーはまだへこたれていないらしい。
 神谷の背中を見送りながら、ハッとして携帯を耳に当てる。

「あ、おい。七海――」
『…なんか今カミヤンに超絶気色悪い告白された気がしたんですけど』

 やはり懐の深さではまだ神谷に軍配が上がるようだ。

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