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しおりを挟む「…あ、足腰が立たない」
七海が後処理をしてくれてようやく正気に戻ってきた。
俺はまたしてもなんてことをしてしまったんだ。
必死に突き放そうとしていたはずが、逆にタガが外れたように頭が真っ白になってしまった。
「大丈夫っすか?腰擦ってあげましょうか」
「触るな。むしろ俺に近付くな」
「ちょ、セックス終わった後一気に冷めるタイプですか」
人聞きの悪い事を言うな。
そんな情事後に煙草を吸って女性を放って置くクズ男みたいな言い方をするな、とは思ったがこの場合その立場にあるのはお前の方ではないのか。
「…頼むから学校ではもうこんな事をするな。肝が冷える」
「学校以外ではいいんですか?」
「ダメに決まっているだろう」
ブーブーと子供のように抗議する七海を無視して、ふと窓の外へ視線を向ける。
外はもうとっぷりと暗い。
勿論生徒がいて許される時間はとうに過ぎている。
さて、七海をどうこっそり帰すべきか。
神谷にでも見られたら最悪だ。
少し頭を悩ませていたが、ふと窓際にある机に視線を落としてそこにあるものに気付いた。
「お前勉強をしていたのか」
「えっ?ああ、はい。みーちゃん待ってる間暇でしたし」
「…そうか」
七海が受験生としての心構えをちゃんと持ってくれていることに、堪らなく嬉しさを感じる。
そんな俺の様子を感じ取ったのか、七海はふ、と息を漏らして首を擦った。
「みーちゃんは最低なんかじゃないですよ」
「…何をいきなりフォローしようとしている。お前とこんな事をしている時点で最低だ」
「そこは教師関係ないじゃないっすか。好きになったら相手を求めるのは人として当然のことです」
「関係あるに決まっているだろう。立場や性別、年齢は差し置いていい場所ではない。なぜお前は未成年で生徒なんだ」
そう言ったらキョトンとした顔をされた。
何だその顔は。
「いえ、すみません。もっと早く生まれていれば、みーちゃんを悩ませなかったですね」
謝っている割にはその表情は嬉しそうに笑顔が溢れていて、そんな顔を見せられてしまえば何も反論出来ない。
思わず視線を逸らして息を吐き出した。
「…俺はお前と関わる度に酷い罪悪感に苛まれる。指導者としての立場に悩まされる。教師として最低な事をしているという気持ちが拭えない」
きっとこの思いを消すことなど出来ないのだろう。
七海と関わり続ける限り、ずっとついて回る。
「でもみーちゃんと関わってなかったら俺成績あがってないですよ?」
そう言われてパチリと目を瞬く。
「ついでにいえば進路も決まってなかったです。部活引退してどうすっかなーってなってたと思います。あーちゃんだって期末テスト今回も赤点だったと思いますし」
思いもよらない言葉が返ってきて驚く。
適当にフォローしただけかと思っていたのに、予想外にちゃんとした言葉を言われた。
「ね、だから最低なんて言わないで下さい。俺にこれからも勉強を教えて下さい」
ニコニコと言われたが、何かうまく丸め込まれているような気がする。
「…へ、変なことしないならいいんだが」
「するに決まってるじゃないですか。顔見たらムラムラしますもん」
「おいっ、お前もうちょっと教師に対しての発言をだな――」
動揺して声を荒げたら、ギクリと腰に響いた。
鈍い痛みが走りへにょっと床に傾れ込む。
プッと七海に吹き出された。
「それ歩けます?おぶってあげましょーか」
「だ、黙れ。ともかくこの時間に正門から出たら警備員に見つかる。お前を裏口から帰してやるから少し待っていろ」
そう言って七海に手を差し出す。
しかしコイツほんとやりすぎなくらい人を犯してくれたな。
「え?」
七海がぽかんとした顔で俺の差し出した手を見つめる。
一体なんの手だろう、という顔だ。
察しの悪いやつだな。
「て、手を貸せと言っているっ」
「あー!」
そう言ったら片手と言わず抱き上げるように起こしてくれた。
本当に、足腰が立たない。
なんとかよろよろとした足取りで職員室へ戻り、帰宅準備をする。
さすがに今日はこれ以上仕事をする気にはなれない。
職員室にはまだ教師は結構残っていて、特に違和感もなく戻れた。
が、神谷はやはり俺がいなかったことに気付いている。
「おや、お帰りですか」
「…ああ。仕事は家に持ち帰る」
「そうですか。お疲れ様でした」
何も言われなかったことにホッとするが、いやなぜ俺が神谷の反応にビクつかねばならない。
俺は仮にもあいつの上司だ。
気を取り直して神谷の横を通り過ぎる。
「あ、紺野先生」
「なんだ」
「野良犬の対処に手間取られているようでしたら、ご相談下さいね」
「――は?」
そう言って神谷はいつもの微笑を崩さないままトン、と自分の首元を叩く。
何を言っているのかと思ったが、その意味に気付いてドカッと顔に熱が上った。
そういえば七海がその箇所に口付けていた。
やはりあいつ痕を残していたのか。
微笑んでいる割には神谷の目は一切笑っておらず、どこか据わっているようにさえ見える。
静かに怒りを湛えているような威圧を感じて、ギクシャクと背を向ける。
「おや、紺野先生の家の近くに野良犬がでるんですか?良ければ私がボディーガードにでも…」
なにか言っている教頭の横をスッと通り抜けて職員室を出た。
やはり七海との事はどう考えても後ろめたい。
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