ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

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 七海の引退試合が終われば、あっという間に終業式となる。
 あれ以来七海とはほとんど顔を合わせていない。
 夏休み前で授業がないのもあるが、長期連休前ということで生徒指導関連の集まりが多く職員室や数学準備室に留まる時間も少なかった。

 いや、正直アイツに会わないように避けているというのもある。
 アイツからの連絡は相変わらず毎日のようにくるが、ずっと無視したままだった。
 それでもこうやってアイツに会わない時間を増やしていけば、きっと俺もアイツも冷静になるはずだ。

 そう信じていたが、終業式となったこの日。
 俺は七海に会わなければならない用事があった。 
 職員室で朝のミーティングを行いながら、そっと机の引き出しを開ける。

 そこにあるのは、アイツから没収したままのピアス。
 それはまだ4月の初めの日。
 七海に初めて出会ったその日に俺がアイツから没収したものだ。
 思い返せばあの時から、いや出会った瞬間から、アイツは俺を追いかけて馬鹿な事を言い続けてきた。

 校則違反で生徒から没収したものは、学期末に返すという決まりになっている。
 つまり終業式であるこの日、これを返すためには七海に会わなければいけない。

 いつもは終業式が始まる前や終わったタイミングで体育館から教室へ流れる生徒を捕まえて返しているのだが、どうするかと悩む。
 こんなことで悩むこと自体がもうどうかしている。
 それでも感情が言うことを聞いてくれないのだから仕方ない。

「…神谷、少しいいか」

 朝のHRのため教室へ向かおうとした神谷の服の裾をそっと掴む。
 いつもと変わらない柔和な笑みが俺に向けられる。

「もちろんです。どうかしましたか」
「これを七海に渡してくれないか。アイツから没収していた物だ」

 別に担任から返してもらうことはおかしなことじゃない。
 ただ個人的には人から預かったものは自分で責任を持って返すのが当然だと思っている。
 心苦しさはあるが、それでも今はアイツと話すきっかけを少しでも作りたくなかった。

「…分かりました。それでいいんですね」
「ああ。すまない」

 俺はそう言って七海のピアスを神谷へと渡した。
 しっかりと受け取ってくれたことを確認して、どこか荷が降りたような気持ちになる。

 このまま夏休みを迎えれば、アイツと必要以上に会うことはなくなる。
 高瀬の事で分かったが切り替えの早い奴だろうし、あっという間に俺のことなど忘れるだろう。



 終業式が始まるため、体育館へ入っていく生徒の流れを目で追いかける。
 七海から没収したものは神谷に返してもらうとしても、預かったものは七海の物だけじゃない。
 同じように俺に没収を食らった他生徒を見つけては、さりげなく返してやる。

「もう同じような真似をするなよ」
「…は、はーい」

 眼鏡を押し上げてそう言ってやると、引きつった笑顔で生徒は答えた。

 大方返し終えてから、終業式も始まるので体育館の壁際へと歩みを進める。
 全校生徒はかなりの人数だが、この中に七海もいるんだろうなと思えば何気なしに目を向けてしまう。
 人より目立つ長身を、無邪気な笑顔を少しでも見られないかと無意識に探してしまう。

 ――バクリ、と心臓が跳ねた。

 整列している生徒の一番後ろ、じっと俺を見つめる生徒と目が合った。
 一瞬で全身の体温が上昇し、息が詰まる。
 時が止まったように身体が硬直する。

 七海と目が合った。
 ドクドクと心臓が速い音を立てる。

 アイツはじっと俺を見ていた。
 無邪気な笑顔もいつもの愛嬌の良さも見せず、ただじっと射抜くような視線で俺を見ていた。

 ハッとして視線を逸らす。
 何をしてるんだ俺は。
 アイツに関わらないと決めたのに、意識してどうする。

 もう視線は向けていないが、心臓はいつまでも速いままだった。
 俺をじっと見つめる七海の視線は物言いたげで、どこか怒っているようにも見えた。

 アイツが怒ったところなど見たことはないが、もしそうだとしても仕方ないことだ。
 今の俺はどう見てもアイツを避けているし、七海もそれに気付いている。
 怒られたって嫌われたってしょうがないことをわざわざしているんだ。

 分かっているのに、俺の気持ちはずっと動転したままだった。
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