ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

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 その日行われた試合はどれも一様に激戦だったが、七海を中心に全ての試合で勝利を収めることが出来た。
 最後の大会を優勝という最高の結果で締めくくった七海は、チームメイトに小突かれて楽しそうに笑っている。

 神谷も七海の頭をわしゃわしゃと撫でて喜んでいるし、ゴリラ…ではなかった、一番大きなキャプテンに至ってはボロボロと涙を流している。
 バスケ部内の結束の固さが伺えて、こっちまで表情が緩んでしまう。

「ななみんこれで引退なんでしょー。もっと見たかったよね」
「差し入れ渡しにいこうよっ。終わるまで待ってよー」

 七海と話したいと思っている女子も多いらしく、あいつの人気の高さを改めて実感してしまう。
 あんなに人気のある奴がなぜ俺なんかを気に入ったのか、本当に不思議でならない。

 ふと七海が観客席に向かって大きく手を上げる。
 ドキリ、としたがどうやら真島と高瀬の姿を見つけたらしい。
 そういえば高瀬が見に行くと言っていたな。

 一つ息を吐き出して踵を返す。
 無邪気にはしゃぐアイツの笑顔をもっと見ていたかったが、もう試合は終わった。
 さっきから俺を見て警備員が目を光らせているような気がするし、不審者にされる前に帰らねば。


 観客の帰宅ラッシュに巻き込まれる前に総合体育館を出て公園を歩く。
 もう必要はないと、マスクとサングラスを外してフードを落とした。

 館内が熱気に包まれていたせいで外が随分涼しく感じる。
 夕暮れの公園は人通りも少なく、さっきの試合を思い出しながらのんびりと歩く。

 俺は七海の事を随分知らなかったんだなと今更思う。
 いや、知ろうとしてこなかった。
 今頃になってアイツの話をもっと聞けばよかった、なんて思ってしまう。

「紺野先生」

 不意に後ろから声を掛けられた。
 ギクリとして足を止める。
 なぜバレた。

 振り向くと神谷がいた。
 急いで追いかけてきたんだろう、珍しく息を切らしている。

 この様子だと俺が来ていることに最初から気付いていたのだろう。
 コイツになぜ分かった、なんて質問をするのは今更野暮な気がする。
 
「絶対行く、という顔をしていたので来ると思っていました。どんな姿をしていようと、ストーカーの俺が貴方の姿を分からない訳がないでしょう」
「…お前は」

 清々しいまでの開き直りだが、仕方ないなと息を吐き出す。
 ここまで来てしまったらもう言い訳も出来ない。

「出てきていいのか」
「今は閉会式中なので。あなたが帰ってしまうと思いまして」

 そう言って神谷は言葉を止める。
 柔らかな風が吹きオレンジ色の木々が揺れる。
 レンガ造りの公園通りには、遠くでちらほら帰り始める人が見える他は、俺と神谷の姿だけだ。

 静かな間が俺達に訪れたが、神谷は俺を見下ろしてどこか淋しげに微笑む。

「…七海が好きなんですね」

 その言葉と同時に、ぶわっと顔が熱くなる。
 感情とはなぜコントロールが効かないんだろう。
 否定も肯定も出来ずにいると、神谷は納得したように俺の頬を撫でる。

「困りましたね。そんな顔をされては」

 もう隠すことなんて出来ないだろう。
 そもそもコイツには最初からお見通しだった可能性すらある。

「…自分が一番おかしいと思っている」
「ええ。あなたともあろう方が、まさか生徒にそんな感情を抱くとは」

 ハッキリと言葉で言われて、その言葉の重みに自分でも酷く気落ちする。
 俺は最低だ。
 教師としてあってはならない感情を生徒に抱いた。

「あなたのことですから、この間俺に言った言葉は嘘ではないのでしょう」
「ああ」

 心配を掛けたな、と神谷に言ったのはもう七海のことを気にする必要がないということだ。
 それがどういう意味なのか神谷も分かっているはずだ。

「…あなたのされることはいつだって正しい。昔から真っ直ぐで賢明であり、道を踏み外すことはしない人でした」

 神谷がそう言うのなら、きっと俺はそういう人間だったのだろう。
 それでも七海に関わってからの俺は、教師とは思えない程に酷い有様だった。
 心も身体もアイツに掻き回され、自分とは思えない人間になっている。

「ですが正しいことをするのと感情とは別物です。…いいのですか。苦しい思いをすることになりますよ」
「どの道もう苦しんでいる。俺はこんな感情なんて一つもいらなかった。こんな自分になど、なりたくなかったんだ」

 真っ直ぐに神谷を見上げて告げる。
 こんなにも後ろめたい感情が恋だと言うのなら、やはりこれは間違った感情なのだろう。
 どの道生徒に恋愛感情を抱く自分など、俺は絶対に許せない。

 俺の視線に神谷はどこか息を呑んだようだったが、眉を落としてやんわりと表情を緩める。
 
「…あなたは強いですね。驚くほどに真っ直ぐだ」
「強くなどない。ただ正しい自分でありたいだけだ」
「ふふ、そんなあなただから俺はどうしようもなく目が離せないのかもしれません」

 なんだそれは。
 思わず目を瞬いたが、神谷はふと腕時計に目を留める。
 
「もう少し話をしていたいところですが、今日は七海の部活最終日なので。七海の最後の試合を見に来て下さって、有難うございました」
「ああ。とてもいい試合だった」
「そう思って頂けて顧問としても光栄に思います。七海は我が部の自慢のエースですから」

 神谷は綺麗に笑ってみせたが、その胸中は複雑だろう。
 俺の気持ちを知った神谷は、今七海に対してどんな気持ちを抱いているのだろう。
 そんな考えが顔に出てしまったのか、不意に悪戯な視線が俺に落ちてきた。

「ああそうだ、言い忘れてました。俺は貴方が七海にどんな感情を抱こうが、私情で七海の評価を下げたりはしませんよ。…まあそれは、七海の態度にもよりますが――」
「おいっ」
「生徒が常軌を逸した行動を取ればそれを咎めるのが教師でしょう。何か問題がありますか?」
「…それは」

 その通りだ。
 何も間違ってはいない。

 だがアイツの行き過ぎな態度を考えると、今後何か神谷の目に触れてしまったらという気持ちが拭えない。
 視線を彷徨わせた俺に、神谷はクスリと笑った。

「これくらいでそんな顔をしていては、先が思いやられますね」

 何かしてやられた気がする。

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