ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

文字の大きさ
上 下
76 / 132

71

しおりを挟む

「本当に来られないのですか」

 俺は何も神谷に言っていないのだが。

 週末前の放課後、山のような仕事を片付けていて随分と遅い時間になってしまった。
 部活を受け持つ職員がちらほら戻ってきて、同じように仕事を片付けては一人ずつ帰っていく。
 気付けば神谷と二人だけの職員室になっていた。

「結城が紺野先生を誘ったのに来てくれないと寂しがっていたので」
「ああ、アイツか。別にアイツの引退試合じゃないだろう」
「七海の引退試合ということは知っているんですね」

 ギクリとする。
 が、すぐにもうそんな気持ちになる必要はないと気付く。

「俺は七海から誘われていたんだ。だが断った。教師はお前一人見に行けば何も問題はないだろう。そもそも俺はバスケのルールも知らないしな」

 下手に嘘を付くこともない。
 七海は生徒であって、それ以上ではない。

 なんでもないように言ってのけた俺に、神谷は少し驚いた顔をした。

「…そうですか」

 何か言いたげな視線が向けられたが、どこか苦く眉を寄せてからコクリと一つ頷いた。

「分かりました。あなたは正しいことをしています。間違ってはいませんよ」
「ああ。心配掛けたな」
「…いえ」

 神谷が七海とのことを疑ってくることももうないだろう。
 きっと俺に対して読心術を心得ているコイツなら、今の俺の気持ちも分かってくれるはずだ。



 来たる週末。

「…よし、完璧だ」

 鏡に映る自分の姿に、一人ごちる。
 パーカーを深くかぶりマスクにサングラス。
 生徒指導員だったら間違いなく声を掛ける変質者的見た目ではあるが、誰にもバレるわけにはいかない。
 
 七海と結城と神谷には行かないと言ったが、正直に言うが七海の最後の試合を見たい。
 行かないこともほんの少しは考えたが、圧倒的に行きたいという意志のほうが強かった。
 
 場所は県の総合体育館で大勢の客が来ると聞いたし、それだけ人がいるならバレないだろうと考えてのことだ。
 七海とは学校内であれ以来会っていないし、メッセージにはもう返さないと決めた。

 アイツの最後の試合を見て、それ以降もうアイツと関わるのはやめる。
 生徒だからどうだと長いこと思い悩んでいたが、それが一番正しいんだという確信がようやく持てた。

 七海が時間だの場所だのを細かく送ってくれていたこともあって、それを見ながらその場所を目指す。
 たどり着いた多目的公園内にある総合体育館は思ったより大きな建物で、既にわいわいとたくさんの人で賑わっていた。
 圧倒的に女子が多い気がするのは気のせいだろうか。

 もしや満員で入れないのではと危惧しながら、なんとか中に入り込む。
 既に空いている席は一つもなく、通路もたくさんの人で賑わっている。
 これだけ人がいれば間違いなく俺に気付く奴はいないだろうが、よくもまあこんなに人が集まったものだ。

 もちろん七海の引退試合だから、というだけでなく試合自体は普通の大会だから人が多いのは当たり前なのだが。
 それでも明らかに七海の話をして騒いでいる女子を見ると、やはり七海目当ての客も少なくなさそうだ。

 アイツは本当にたくさんの人に愛されている。
 誰に対しても元気で愛想が良く、いつ見ても太陽のような笑顔をしている。

 まさかその笑顔の対象に俺が入るとは思わなかったが、何度突き放してもいつも変わらぬ笑顔を向けてくれた。
 変態気質なところはあるが、ハッとするほど大人びて見える表情や、かと思ったらあっという間に甘えたようになる子供の顔。
 生徒には散々嫌われ毎日苛々と過ごしこの歳で愛想笑いの一つも出来ない俺を、七海はたくさん好きだと言ってくれた。

 そんな奴を、愛しいと思わないはずがない。

 ――わっ、と歓声があがる。
 
 コートへ視線を降ろすと、我が校のバスケ部員がぞろぞろと中へ入り込んできていた。
 贔屓目にしていることを差し置いても、やはり目を惹くのは七海でハッとその姿を見つめる。

 白地に水色のラインが入ったジャージを肩に引っ掛け、白黒を基調としたユニフォーム姿で歩いているその表情には、ありありとした自信が見て取れた。
 黄色い声を上げて盛り上がる女子に、いつもの無邪気な笑顔で手を振って応えている。

 トクトクと心臓が速まっていくのを感じる。
 なんだか七海に会うのが久しぶりな気がした。
 自然と体温が上がっていく。

 試合前に各校練習時間が設けられるらしく、軽くウォームアップをする選手達を見つめる。
 なんだかんだ言って、七海がバスケする姿を見るのはこれが初めてだ。

 風のように走って結城を捕まえたり、球技大会のバレーも初心者のわりに器用にやっていた事を思い出すと運動神経はいいのだろう。
 そういえば球技大会でもバスケを見てほしいと言われたのに、あの時も行かなかった。
 今回は見に来ているが、アイツからすれば一番得意なものを好きな人に断られるのは寂しかっただろう。

 ウォームアップでは七海は楽しげに他の部員と話しながら、ふざけたようにボール遊びをしていた。
 部内でもきっとムードメーカーなんだろうなというのが見て取れる。
 ふざける時も全力らしく、クスッと笑ってしまう。

「ななみん超可愛いんだけどー。ボールとじゃれてる」
「キャプテン困ってるじゃん。あ、カミヤンに怒られた」

 応援に来ている観客も楽しげに笑っていて、見れば相手チームの応援席もクスクスと笑っている。
 もともと目立つのもあるが、こんな舞台だというのにその場の雰囲気をあっという間に自分のものにしてしまうのはアイツの長所だ。

 こうやって三年間の部活を楽しく過ごしてきたんだろう。
 そう思えば、俺が見るこの最初で最後の一日がすごく惜しいことをしたと思えてしまう。

 観客は続々と入ってきて、館内の興奮も高い。
 相手チームのウォームアップも終え、ジャージを脱いだ両選手たちが各ポジションへと入っていく。

 ピーッという試合開始の笛の音が響いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

開発される少年たち・家庭教師の淫らな性生活

ありさわ優那
BL
派遣家庭教師として働く三枝は、行く先々で少年の精通をさせてやったり、性的に開発することを趣味としていた。三枝は、勉強を教えながらも次々に派遣先で少年を毒牙にかける。勉強よりも、エッチなことを求めるようになってしまった少年たちの行方は……。 R-18作品です。少し無理矢理(あまり嫌がりません)。 乳首開発描写多めです。 射精管理やアナル開発の描写もありますが、既に開発されちゃってる子も多く出ます。 ※少年ごとにお話を書いていきます。初作品です。よろしくお願いします。

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

ドSな義兄ちゃんは、ドMな僕を調教する

天災
BL
 ドSな義兄ちゃんは僕を調教する。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜

ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。 高校生×中学生。 1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。

淫乱少年の性活

こうはらみしろ
BL
『ボクはあの日、淫乱になった…』 ある日、格は兄の淫らな行為を見てしまう。 そこから格の人生は大きく変わっていく──

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

風邪をひいてフラフラの大学生がトイレ行きたくなる話

こじらせた処女
BL
 風邪でフラフラの大学生がトイレに行きたくなるけど、体が思い通りに動かない話

処理中です...