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しおりを挟むその日の夜、七海から電話が来たが出なかった。
あいつからの連絡なんてどうせろくな事じゃない。
そう決めつけていたら、アプリにピコンとメッセージ通知がきた。
内容を確認すると『何怒ってるんですかー?』という単調な文章。
携帯片手にそれを見つめたままでいたら『機嫌直してください、差し入れ貰いませんから』との文章がまたきた。
その言い方だとまるで俺が嫉妬しているみたいじゃないか。
訂正しようかどうかと迷っている間に『おーい、返事してください』とまた送られてくる。
さすが若者は携帯を扱うのが速い。
メールも仕事の業務連絡以外ではほとんど使わないのに、そんなにすぐ自分の気持ちを文章で簡単にまとめて送るのは難しい。
固まったまま携帯を見つめていたら、また電話がかかってきた。
「…なんだ」
『もー、見てるなら返事してくださいよっ。秒で既読ついてるのに返事かえってこないから、無視されてんのかと思ったじゃないっすか』
七海が何を言っているのか分からなかったが、ハッとこのアプリの仕組みに気づく。
なるほど、見たら見たことが相手に分かる仕組みだったのか。
それは素晴らしく画期的だな。
「何を送ろうか迷っている間にお前が文章を送ってきていただけだ。少しは待つことを覚えろ」
『あれ、俺せっかちさんでした?だってもしかしたらみーちゃん怒ってんのかなって思ったら、心配するじゃないっすか』
「…別に怒ってなどいない」
『絶対嘘ですよ。ほら、何が嫌でした?ちゃんと聞きますから言ってください』
そう言われて考える。
確かにさっきまでイライラしていたはずだが、不思議と今苛立ちはなくなっていた。
それどころか七海が俺を気遣ってくれていたことを知って、なぜだか胸が熱くなる。
「…いや、本当になんでもない。差し入れも今となっては、別に俺が口を挟むことではなかった。部活後の高校生が腹を空かせるのは当然のことだし、それを有り難いと思うのはおかしなことじゃない」
『んーと…まあみーちゃんが怒ってないなら良かったです』
「ああ。変に気遣わせてすまなかった」
『ふは、どーしたんすか?なんかみーちゃん、めっちゃ素直っつーか…』
電話越しに笑う声が聞こえてきた。
俺は何かおかしなことを言ったのだろうか。
反論せずに少し考えていると、七海の声が再び電話越しに聞こえてくる。
『いえ、何も無くて良かったです。ちゃんとみーちゃんの声も聞けたし安心しました』
「声も聞けたし…って別に学校でさっき別れたばかりだろう」
『どれだけ会ってても好きな人にはすぐ会いたくなるし、声も聞きたくなるんです』
「…っ」
言葉に詰まった。
同時にカーッと顔に熱が上っていく。
なんだこれは。
『それに最近あーちゃんに邪魔されて全然触れないですし。あ、そうだ。期末テストで良い点取れたらデートしてくださいよ。ご褒美くーださい』
「またお前はご褒美だとか…」
『ほら、生徒をやる気にさせるにはご褒美も大事じゃないっすか。なんでしたっけ。アメとムチ的な――』
なんか都合のいいことを勝手に喋りながら『ね?』と七海は念押ししてくる。
よく分からないがまだ変に顔が熱を持ったままで、いまいち頭が回らない。
俺は今までなんて言ってコイツに断っていたんだ。
「…か、考えておく」
『やった。それじゃ明日もお弁当楽しみにしてますね。おやすみなさい』
そう言って電話は切れた。
一体俺は七海相手に何を動揺しているんだ。
今日の昼休みに余計なことを考えてしまったことといい、アイツにいよいよ何か毒されてきてしまったのか。
そっと耳に手を当てる。
ただ電話越しに聞こえたアイツの声が思いの外優しくて、ほんの少し戸惑ってしまっただけだ。
しっかりしろ。
相手は一回り年下の子供だ。
「…ん?ちょっと待て弁当?」
思わず額を抑える。
またしてもアイツにしてやられた。
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