60 / 132
56
しおりを挟む「うわっ、また勉強…」
悲痛な結城の声が今日も昼休みの数学準備室に響く。
ちなみに弁当はまたしても七海に作ってやったが、明日は作らないからなと今日こそは伝えた。
「お前も凝りないな。ここに来たら勉強だと言っただろう」
「…うう」
そんなに嫌なら来なければいいが、わざわざ来るのはやはり七海が好きだからか。
不純な目的に微妙な気持ちになるが、数学を苦手としているのであればちゃんと導いてやりたいという気持ちもある。
「あー、そうだ。眼鏡センセーって結婚してないんですかぁ?七海先輩と付き合ってないなら好きな人が他にいるとか――」
「だから勉強をしろ。無駄話をする気はない」
シャーペンをくるりと回して飽きたとばかりに話を振ってきた結城にぴしゃりと言い放つ。
そもそも俺にそんな質問をしてなんの意味がある。
「あーちゃん、紺野センセーと恋バナとか期末テストより難易度高いからちゃんとやっとこうな」
「はーい、七海せんぱーい」
そして七海の言うことは素直に聞くのか。
何かと結城の態度にイラッとするが、七海にニッと笑顔を向けられれば仕方なく文句の言葉を飲み込む。
一体この差はなんなんだ。
七海が好きだからなのか、俺が嫌いだからなのか、それとも個人の性格の違いからなのか。
「みーちゃん、ここなんですけど」
「ん?ああ、それは――」
ふと教科書を指し示されて、聞かれた箇所に回答をする。
それにしても七海には今までに何度も勉強を教えてやっているが、コイツは意外にもやる時はちゃんとやる。
まあ我が校の特進科に入れるような奴だからちゃんと勉強が出来るのは当たり前といえば当たり前なのだが、それでも普段の態度を見ているとどうにも違和感を覚えるというか。
もちろん真面目に取り組んでいる姿を知っているからこそ、俺もコイツを憎めないのだが――。
集中してノートに視線を落とす横顔を何気なく見つめる。
ただの子供だと思っていたがこうやってよくよく顔つきを見ると、もう対して周りの大人と変わらないように思える。
高校3年生ともあれば身体は大きいし、自分の意思や性格もハッキリしている。
それに修学旅行でへばっていた俺と違って部活で鍛えたその身体は程よく引き締まっていて、日に焼けた肌は逞しくも見える。
フザけた事を言う癖に真っ直ぐに落ちてくる眼差し、強引なのに優しい手が肌を撫でて耳を擽り、それは驚くほど簡単に俺を翻弄させる。
『――みーちゃん、気持ちいいですか?』
不意に情事中の七海の声が蘇ってきてカッと顔が熱くなった。
思わず身体を強張らせると、ガタッと椅子が音を立てる。
「ん、なんすか?何か間違ってました?」
「へっ?…っあ、ああいや――」
音に気付いた七海が顔を持ち上げ、俺の様子に小さく首を傾ける。
心の中なんて見られているはずはないが、妙に焦った気持ちのまま口を開く。
「ち、違う。…あー、えっとお前が思ったより真面目に取り組んでいるなと思っただけだ」
「ええ、みーちゃんがそれ言います?真面目にやらないとブチ切れるじゃないっすか」
「もちろんだ。すまない、水を差して悪かった」
俺としたことが集中しているところに余計な口を挟んでしまった。
というか俺は何を考えている。
生徒に勉強を教えながらあんなことを考えるとかどうかしている。
無駄な罪悪感と居た堪れなさを感じていると、ふっと七海が笑った。
「なに難しい顔してるんすか。だいじょーぶっすよ。進路決まったら勉強やる気出たんで」
「…お前数学だけでなくちゃんと全教科やれよ。数学だけじゃ大学にはいけないぞ」
「分かってますって。今回は他の教科もちゃんとやりますから。だからみーちゃんは昼休みくらい怖い顔しないよーに」
そう言って人差し指で眉間をツンと押された。
面食らったが、俺を気遣って言ってくれたんだと気付く。
勉強中の生徒に気遣われるとか、一体どれだけ難しい顔をしていたんだ。
「…気を付ける」
ならそこは素直に認めておこう。
肩の力を抜いてほんの少し表情を緩めて見せると、七海もニッコリと俺に笑顔を向けた。
「へー、眼鏡センセーも笑うんですね」
ふと七海の横で人の顔見て目をまん丸にしている結城と目が合う。
コイツはいちいち失礼なヤツだな。
「お前は俺をなんだと思っている」
「だって一年の中でも眼鏡センセーって怖いって評判ですもん。いつもキレてるか怒ってるかイライラしてるかみたいな」
「全部同じ意味なんだが」
どれだけ俺はストレスの溜まっている教師のイメージなんだ。
まあ生徒指導という立場上、ナメられるよりは恐れられているくらいのほうがもちろんいいが。
「七海先輩だけっすか?それとも職員室では他のセンセーとも仲良かったりするんですか?」
「…はぁ?」
だからそんな質問を俺にして、一体何になる。
イラッと眉を潜めると、見兼ねたように七海が俺と結城の間に割って入る。
そんなことの繰り返しで、いまいち勉強が捗らないまま昼休みを終えるチャイムが響いた。
0
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
昭和から平成の性的イジメ
ポコたん
BL
バブル期に出てきたチーマーを舞台にしたイジメをテーマにした創作小説です。
内容は実際にあったとされる内容を小説にする為に色付けしています。私自身がチーマーだったり被害者だったわけではないので目撃者などに聞いた事を取り上げています。
実際に被害に遭われた方や目撃者の方がいましたら感想をお願いします。
全2話
チーマーとは
茶髪にしたりピアスをしたりしてゲームセンターやコンビニにグループ(チーム)でたむろしている不良少年。 [補説] 昭和末期から平成初期にかけて目立ち、通行人に因縁をつけて金銭を脅し取ることなどもあった。 東京渋谷センター街が発祥の地という。
部室強制監獄
裕光
BL
夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
性的イジメ
ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。
作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。
全二話 毎週日曜日正午にUPされます。
女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男
湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。
何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。
エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので
こじらせた処女
BL
大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。
とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる