ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

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「うわっ、また勉強…」

 悲痛な結城の声が今日も昼休みの数学準備室に響く。
 ちなみに弁当はまたしても七海に作ってやったが、明日は作らないからなと今日こそは伝えた。

「お前も凝りないな。ここに来たら勉強だと言っただろう」
「…うう」

 そんなに嫌なら来なければいいが、わざわざ来るのはやはり七海が好きだからか。
 不純な目的に微妙な気持ちになるが、数学を苦手としているのであればちゃんと導いてやりたいという気持ちもある。

「あー、そうだ。眼鏡センセーって結婚してないんですかぁ?七海先輩と付き合ってないなら好きな人が他にいるとか――」
「だから勉強をしろ。無駄話をする気はない」

 シャーペンをくるりと回して飽きたとばかりに話を振ってきた結城にぴしゃりと言い放つ。
 そもそも俺にそんな質問をしてなんの意味がある。

「あーちゃん、紺野センセーと恋バナとか期末テストより難易度高いからちゃんとやっとこうな」
「はーい、七海せんぱーい」
 
 そして七海の言うことは素直に聞くのか。
 何かと結城の態度にイラッとするが、七海にニッと笑顔を向けられれば仕方なく文句の言葉を飲み込む。

 一体この差はなんなんだ。
 七海が好きだからなのか、俺が嫌いだからなのか、それとも個人の性格の違いからなのか。

「みーちゃん、ここなんですけど」
「ん?ああ、それは――」

 ふと教科書を指し示されて、聞かれた箇所に回答をする。

 それにしても七海には今までに何度も勉強を教えてやっているが、コイツは意外にもやる時はちゃんとやる。
 まあ我が校の特進科に入れるような奴だからちゃんと勉強が出来るのは当たり前といえば当たり前なのだが、それでも普段の態度を見ているとどうにも違和感を覚えるというか。

 もちろん真面目に取り組んでいる姿を知っているからこそ、俺もコイツを憎めないのだが――。

 集中してノートに視線を落とす横顔を何気なく見つめる。
 ただの子供だと思っていたがこうやってよくよく顔つきを見ると、もう対して周りの大人と変わらないように思える。
 高校3年生ともあれば身体は大きいし、自分の意思や性格もハッキリしている。
 それに修学旅行でへばっていた俺と違って部活で鍛えたその身体は程よく引き締まっていて、日に焼けた肌は逞しくも見える。

 フザけた事を言う癖に真っ直ぐに落ちてくる眼差し、強引なのに優しい手が肌を撫でて耳を擽り、それは驚くほど簡単に俺を翻弄させる。

『――みーちゃん、気持ちいいですか?』

 不意に情事中の七海の声が蘇ってきてカッと顔が熱くなった。
 思わず身体を強張らせると、ガタッと椅子が音を立てる。

「ん、なんすか?何か間違ってました?」
「へっ?…っあ、ああいや――」

 音に気付いた七海が顔を持ち上げ、俺の様子に小さく首を傾ける。
 心の中なんて見られているはずはないが、妙に焦った気持ちのまま口を開く。

「ち、違う。…あー、えっとお前が思ったより真面目に取り組んでいるなと思っただけだ」
「ええ、みーちゃんがそれ言います?真面目にやらないとブチ切れるじゃないっすか」
「もちろんだ。すまない、水を差して悪かった」

 俺としたことが集中しているところに余計な口を挟んでしまった。
 というか俺は何を考えている。
 生徒に勉強を教えながらあんなことを考えるとかどうかしている。

 無駄な罪悪感と居た堪れなさを感じていると、ふっと七海が笑った。

「なに難しい顔してるんすか。だいじょーぶっすよ。進路決まったら勉強やる気出たんで」
「…お前数学だけでなくちゃんと全教科やれよ。数学だけじゃ大学にはいけないぞ」
「分かってますって。今回は他の教科もちゃんとやりますから。だからみーちゃんは昼休みくらい怖い顔しないよーに」

 そう言って人差し指で眉間をツンと押された。
 面食らったが、俺を気遣って言ってくれたんだと気付く。
 勉強中の生徒に気遣われるとか、一体どれだけ難しい顔をしていたんだ。

「…気を付ける」

 ならそこは素直に認めておこう。
 肩の力を抜いてほんの少し表情を緩めて見せると、七海もニッコリと俺に笑顔を向けた。 

「へー、眼鏡センセーも笑うんですね」

 ふと七海の横で人の顔見て目をまん丸にしている結城と目が合う。
 コイツはいちいち失礼なヤツだな。

「お前は俺をなんだと思っている」
「だって一年の中でも眼鏡センセーって怖いって評判ですもん。いつもキレてるか怒ってるかイライラしてるかみたいな」
「全部同じ意味なんだが」

 どれだけ俺はストレスの溜まっている教師のイメージなんだ。
 まあ生徒指導という立場上、ナメられるよりは恐れられているくらいのほうがもちろんいいが。

「七海先輩だけっすか?それとも職員室では他のセンセーとも仲良かったりするんですか?」
「…はぁ?」

 だからそんな質問を俺にして、一体何になる。

 イラッと眉を潜めると、見兼ねたように七海が俺と結城の間に割って入る。
 そんなことの繰り返しで、いまいち勉強が捗らないまま昼休みを終えるチャイムが響いた。
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