ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

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「…紺野先生、顔色悪くないですか?やはり連日の睡眠不足と疲れが溜まっているのではないでしょうか」

 ジリジリと日差しが照りつける。
 真っ白な浜辺と積乱雲、何より青く広大な海は本当に美しい光景だ。
 そんな素晴らしく絶好の海水浴日和の中、ぐったりとした俺の顔を神谷が覗き込んでくる。

「…大丈夫だ。俺に構っている暇があったら生徒を見てこい」

 神谷に心配そうに顔を覗き込まれたが、力なく手を振ってから鈍く痛む腰を擦る。

 修学旅行もいよいよ三日目。
 今日は海でマリンスポーツを楽しむ生徒も多いため、俺は多数の教師とビーチへきていた。

 環境の変化についていけない身体と睡眠不足、おまけに今朝方七海に犯されたせいで体力を持っていかれ、完全に俺は体調不良だった。
 ただ今日を乗り越えれば明日で修学旅行は終わりだし、それに今日は班の自由行動だ。
 俺はこの場所で生徒の様子を見守るだけなので、そう体の負担にはならないはずだ。

 大丈夫だと言っているのに神谷は気遣ってしばらくついてきていたが、やがてきゃいきゃいと水着姿ではしゃぐ女生徒達に腕を引っ張られていった。
 その姿を見送りつつしばらく炎天下にいたが、さすがに目眩がして屋根のあるベンチへ入る。

 椅子に座って完全に俯いてバテていたら、不意に冷たい何かが額に当たった。
 ふと顔を上げると、水滴の滴るペットボトルを手にした七海が俺を見下ろしていた。

「みーちゃん、だいじょーぶっすか?」

 思いきり海で楽しんでいたらしい七海は、真っ黒に焼けた肌に赤いサーフパンツ姿だ。
 首にタオルは掛けられていたが、剥き出しの上半身を視界に入れてなぜだか目のやり場に困り視線を彷徨わせる。

「…ダメだ。誰のせいだと思っている」

 神谷には大丈夫だと言ったが、コイツには隠す必要もない。
 視線を合わせぬままどこか投げやりに告げたら、七海はしゃがんで俺の顔を覗き込んできた。
 
 今朝方まで身体を重ねていたことを思い出して、どうしたって意識してしまう。
 コイツに俺は触れられて、どうしようもないほど快感を与えられて、教師の立場も忘れてだらしなく喘いでしまった。
 今に始まったことではないが、どうしたって思い返して顔が熱を持ってしまう。

「あれ、顔真っ赤ですね。熱中症とか怖いんでとりあえずこれ飲んで下さい」
 
 買ってきてくれたらしいスポーツドリンクを渡されたが、生徒に金を出させた物を受け取って良いのかと迷う。
 黙っていたらキョトンと小首を傾げられた。

「口移しで飲ませてあげましょーか?」
「じ、自分で飲めるっ」

 慌ててペットボトルを受け取ってゴクゴクと口に含む。
 七海はニッと満足気に笑って俺の隣に腰掛けた。

「あーあ、みーちゃんも学生だったらなあ」
「…なんだそれは」
「そしたら一緒に修学旅行たくさん楽しめるじゃないっすか」

 目の前で波立つ青い海を見つめながら、七海に貰った冷たいペットボトルを頬に当てて熱を冷ます。
 隣りにいる体温をやたら意識してしまって、視線が向けられない。

「…俺が学生だったら、お前みたいなタイプとは絶対に仲良くなってはいない」
「大丈夫っすよ。俺が話しかけますから」
「それは今だからそう言えるんだろう。そもそも始業式の事がなかったらお前は俺に話しかけてもいないはずだ」

 現に三年になるまでコイツと関わっては来なかった。
 とはいえ俺は去年も三年が担当だったから、コイツの学年に関わる事自体が初めてで仕方ないのだが。

「はい、だから良かったです。あの日寝坊して。見つけるのが遅くなってしまってすみませんでした」
「――…なんだ、それ」

 思わず視線を向けたら、柔和な笑みが向けられる。
 なぜだか焦って、慌てて視線を逸らした。

 ビーチから賑やかな生徒の声と優しい波音が俺達に届く。
 それとは別にバクバクと耳にまで響くような心音を感じて、わけが分からず顔を俯かせた。

「…で、でもお前は生徒で俺は教師だ。それは変わらない」

 一回りの年齢差だって変わることはない。
 いくらコイツに翻弄されても、隣りにいるのはただの生徒で成人もしていない子供だ。
 これ以上コイツに肩入れしないようにと、必死に自分に言い聞かせる。

「…なんでもっと早く生まれなかったかなー。そんなんでみーちゃんにまともに見てもらえないのはつまんないっす」
「そ、それは…」

 俯いたまま口籠っていたら、不意にパサリと頭に何か掛けられた。
 それが七海が首に掛けていたタオルだと気付く。

「なんかカミヤンが超絶睨んでいるので行きますね。とりあえずあんまり無理して倒れないように」

 そう言ってパッと立ち上がる。
 その姿を追うように視線を前へ向けたら、恐らく七海の班員とともに怒った顔で呼んでいる神谷の様子が見えた。

 班行動だから七海が見当たらないと班員に言われたのだろう。
 俺もなぜ戻れと言わなかったのだと、自分らしくもない行動に反省をする。

 班員の元へ戻った七海が親しげに神谷と話す様子を視界に入れる。
 やはり何を言われたってアイツは生徒だ。
 班行動で、自由行動とはいえ今のように神谷に怒られ、当たり前だが教師の監視下に置かれる対象だ。

 身体どころか心まで翻弄されてどうするのだと自分に言い聞かせながら、俺は七海に掛けられたタオルをぎゅっと握っていた。
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