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しおりを挟む「みーちゃん、アレなんですか?」
「ジンベイザメだ」
「じゃあアレは?」
「ナンヨウマンタだ」
「じゃあアレは?」
「メガネモチノウオだ」
七海が次々に質問してくるのを淡々と答える。
さっきまで怒っていたはずだが、俺はなぜコイツに振り回されている。
「…みーちゃんもしかして魚博士っすか?」
「違う。お前が有名な魚ばかり言うから知っていただけだ。俺はもう何度もここに来ているからな」
「へー、なるほどー」
分かっているのかいないのか、七海は俺の手を引いて人を連れ回す。
館内は暗いし人も多いので、幸い俺たちを誰も気には留めていないようだ。
「いいなー、何度もこの光景を見れるなんて先生ってお得っすね」
「…全く生徒は気楽でいいな」
「気楽じゃないっすよ。これから受験が待ってるじゃないっすか」
七海の言葉に面食らう。
コイツ、自分が受験生だという自覚がちゃんとあったのか。
「お前の言う通りだな。確かに今が一番気楽じゃないかもしれない」
「ほんとそうっすよ。俺どうするか全く決まってないですし」
「大学に進学するんだろう。だから特進科にいるんじゃないのか」
「んー、まあ色々あってなんとなく受けただけなんで」
なんとなくで特進科に入れるほど、我が校の特進科の偏差値は低くないのだが。
やはりコイツはやる気にさえなれば出来る奴なのだろう。
「お前の歳なら努力次第で何にだってなれる」
「なら努力次第でみーちゃんの気持ちも手に入りますか?」
「それは――」
手に入らない、と当たり前のように言おうとしたが、不意に握られている手に力が入る。
アクアリウムから目を離して隣を見上げると、七海は眉を落として困ったように俺に笑った。
まるでその先の言葉を言わないでほしいと乞われているみたいで、言葉に詰まる。
「…お前は一体俺のどこが好きなんだ?」
「え?」
どうせ断ってもコイツはまた凝りもせず追いかけてくるのだろう。
もういっそなんでコイツがここまで俺を追いかけてくるのか、その理由を知りたい。
何か誤解をしているのかもしれないし、もしかしたら教師との恋を楽しんでいるとかそういう理由さえ考えられる。
俺は自分でも自覚しているが人付き合いはそういい方でもないし、趣味に没頭してしまえば周りが見えない。
神谷のように生徒と上手く付き合う事も出来なければ、好かれるよりも嫌われることの方が圧倒的に多い。
そんな俺をなぜ好きになれるのか疑問でならない。
「顔が好きです」
「おい」
清々しいほどきっぱりと言われた。
性格関係ない点では物凄く納得するが、そこは普通少しでも取り繕って俺の良いところをあげるべきじゃないのか。
「んー、どこが好きとか小難しいこと聞かれても分からないっすよ。考えて好きにならないですし」
「それは…確かにそうかもしれないが」
「でもみーちゃんにぶつかった時、絶対にこの人だって閃いたんですよね」
七海は全く根拠のない事を自信満々に言いながら、うーんと考えるように腕を組む。
確かにあれは衝撃的な出会いではあったが、あの一瞬に一体コイツは何を感じ取ったんだ。
「…しかしまさか顔とは。呆れを通り越したぞ」
「パッと思い浮かんだんですよっ。だって顔見れば今怒ってるんだなとか、これは許してくれるんだなとか、今気持ちいいんだろうなとか、全部分かるじゃないっすか」
「――え?」
その言葉に目を瞬かせる。
なんか最後聞き捨てならない言葉が入っていた気がするが、その言い方だとかなり意味合いが変わってくる。
「みーちゃんは正直な人じゃないっすか。愛想笑いとかも絶対しないですし、イライラしてる時はめっちゃ顔に出ますし。そういう気持ちが全部分かるんで、顔を見る度に好きだって思えるんです」
「…それって」
なんだかそれはまるで、俺の全部が好きだと言われているみたいだ。
そう気付いたら、ドカッと顔に血が上る。
心臓が速まり、変に焦るような気持ちになる。
なんなんだこれは。
思わず絶句して固まっていたら、七海は気付いたように俺の顔をまじまじと見下ろしてきた。
「ひょっとして、今照れてます?」
「…は?そ、それも顔に出てるのか」
「出てます。暗いから分かりづらいですけど、めっちゃ顔赤いです」
そう言われて慌てて顔を俯かせようとしたら、伸びてきた手に顎を掬い取られた。
上向かされて、目を合わせられる。
「もっと見せて下さい。見ていたいです」
「――ば、馬鹿なことを言うな。俺じゃなくて魚を見ろ」
「もう飽きました。みーちゃん見ている方が良いです」
「飽きたとか言うなっ」
教師が必死に選んできた観光スポットに失礼だろうが。
というかいくら人混みに紛れているからと言って、さすがにこの行動はバレる。
慌てて振り払うと、俺は逃げるようにさっさと次の場所へ足を向けた。
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