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しおりを挟むその後は特に何か変わった様子もなく、一日目の見張りを終えた。
明け方部屋に戻ると神谷がすぐに起きてきたが、俺の顔を見て眉を寄せる。
「随分ご機嫌斜めな様子ですが…何かありましたか?」
コイツは人の顔を見るだけで俺の気持ちを察することができるらしい。
イライラしているのは事実だが、とはいえさすがにお互い睡眠不足なので抜け出していた生徒の件を伝えるとすぐに休むことにした。
盛り上がって抜け出すなど学生は呑気なものだ。
俺にとって修学旅行は、本当に苦行以外のなにものでもない。
二日目はクラス行動で、朝から雨が降っていたが目的地は水族館なのでバスでそこへ向かう。
窓の外に広がる海を視界に入れつつ、生徒の声で賑やかなバスに揺られて移動する。
晴れていたらもっと綺麗な光景を生徒に見せてやれたが、残念ながら今日はおあずけらしい。
到着後は神谷が手際よく生徒を引き連れて先導してくれたため、俺は一番後ろで余計な行動をする生徒がいないか監視をしていた。
昨日の一件もあるし、これ以上問題を起こされては困る。
抜け出した件もホテル内だからまだ良かったが、監視の目を掻い潜って外へ行かれていたらもっと問題になっていた。
正直イライラした気持ちはまだ収まらない。
生徒を叱りつけて尾を引くような事は今までになかったはずだが、やはり相手が七海だからだろうか。
「…なんかキレ眼鏡バージョンアップしてない?」
「昨日男子が抜け出して説教くらったらしいよ。女子部屋行ったんだって」
「えっ、マジ。てかななみん来るならうちらも今日呼んでみる?――っていうのは冗談だけど」
ギロと睨みをきかせたら、慌てたように女生徒は早足で入り口へ歩いて行った。
これは益々見張りの強化が必要かもしれない。
「紺野センセー」
不意に一番後ろまで七海が歩調を緩めてきた。
叱られた後人の顔色を伺う犬の如く、俺の顔を不安げに覗き込んでくる。
「なんだ。昨日のことならもういい。後で反省文を書いてもらうだけだ」
「…怒らないで下さいよ。その、ちゃんと反省してます」
「別にもう怒っていない」
「絶対怒ってますよ。顔めっちゃ怖いですもん」
誰のせいだ。
七海に視線を合わせぬまま無言で歩いていたが、なぜかコイツはまだ俺の隣にいる。
「…なんでここにいるんだ。クラスメイトのところへ行け」
「嫌ですよ。せっかくみーちゃんと過ごせるのに」
「お前の話なんて俺はもう聞かないからな。女生徒の部屋に規則を破ってチャラチャラ遊びに行くやつの言葉なんて、もう何も信用しない」
そう言って俺はフイと顔を背けて館内に入った。
だが七海もすぐに追ってきて、隣を歩きながら俺の顔を覗き込む。
「みーちゃんは俺が女の子に興味ないって知ってるじゃないですか。何もしてませんよ」
「じゃあなんでお前まで行く必要がある。下心があるから行ったんだろう」
「そんなわけないじゃないっすか。俺にはみーちゃんだけって言ってるでしょう」
「お前の言葉は信用出来ん」
そう言ってから、ふと気づく。
なんか話の流れがおかしくないか。
これじゃまるで俺がコイツに嫉妬でもしているみたいだ。
「いやちょっと待て。話の論点がズレて――」
慌てて隣を見上げたら、七海は俺を見ていなかった。
その表情はハッとしたように何か目の前の光景に惹きつけられていて、思わず何事かと瞬きをする。
真っ直ぐに前を見つめる瞳が、宝物を見つけた子供のようにキラキラと輝く。
「――すっげえ。海の中にいるみたいだ」
その言葉で視線を前に向けると、この水族館特有の一面のアクアリウムが広がっていた。
暗闇に発光するような水槽に真っ青な海の世界が広がり、大小様々な魚が泳いでいる。
俺はもう何度も来ている場所だが、確かに初めてきた者なら誰もがその光景に目を奪われて圧巻するだろう。
七海は堪らなくウズウズした表情を俺に向けると、ギュッと人の手を勝手に掴む。
唖然としていると一歩前に出て、その手を引かれた。
「行きましょうっ、みーちゃん」
まるで太陽のように煌めく笑顔を向けられて、ドキリと心臓が跳ねる。
館内を走るのは厳禁だというのに、問答無用で引っ張られた。
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