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しおりを挟む翌日の早朝。
いつも通りの時間に出勤し、職員室で挨拶を交わしてから職員の更衣室ヘ向かう。
スーツの上着を脱ぎ軽くネクタイを緩ませてからジャージを羽織る。
これから朝の職員会議が始まるまでの間、校門前でいつも通り仁王立ちして遅刻や校則破りの生徒がいないかと監視を行う予定だ。
「――こ、ここか…っ」
ハッとして更衣室でキョロキョロと周りを見回す。
俺以外誰もいなかったが、このタイミングでしか朝に俺の首元を確認できないはずだ。
神谷はバスケ部の朝練があるため俺より早く来ている。
今まで更衣室で会うことももちろんあったが、カメラ音が聞こえた記憶など無い。
思わずどこかに何か仕掛けられているのではないかと右往左往してしまったが、それらしきものは見つからなかった。
俺の心配など余所に、普段と変わらぬ一日が始まっていく。
神谷は昨日のことなど無かったような爽やかさで俺に挨拶をしてきた。
一先ず今まで通りでいてやると言った手前、俺も何事もないように挨拶を返す。
二限目の授業は受け持ちのクラスで、当たり前だが七海と顔を合わせることになる。
日当たりの良さそうな、窓際の席の前から三番目。
昨日突き放したこともあってどんな顔をされるのかと少し危惧してしまう。
ちらりと見たらすぐに目が合って、一度高揚した顔がパアッと向日葵が咲くような笑顔に変わった。
どうやら今日もアイツの様子は変わらないらしい。
少しホッとしたが、純粋な子供の視線というのは、大人にとっては時に居心地の悪いこともある。
昨日の事など感じさせぬような、人の顔一つ見ただけで輝かせる表情に俺は視線を逸らすことしか出来なかった。
「七海、少し良いか」
授業終了後、気の抜けたような教室の雰囲気の中七海に声を掛ける。
一瞬で緊迫した空気が教室内に走る。
予想していた光景だが、別に俺が授業後生徒に声を掛ける行動は珍しくない。
授業態度の悪い生徒にはしょっちゅう授業後に説教している。
特進科のクラスではあまり見受けられない光景だが、周囲もそう取ったようですぐに視線は背けられた。
「みー…じゃなくて紺野先生っ」
一度名前で呼びかけたからギロッと睨む。
七海は慌てたように「大丈夫です」と言って立ち上がった。
教室を出て渡り廊下を歩き、人気のない実習棟まで来る。
周囲を見回して警戒していたが、誰もいないと確信するとガシッと七海の手を掴んだ。
「――わっ。どうしたんすか」
「うるさい。いいから入れ」
実習棟の空き教室に七海を引き入れる。
左右確認をしてから、すぐにピシャリと扉を閉めた。
さすがに誰にも見られていないはずだ。
いやその言い方は違う。
恐らく神谷には見られていないはずだ。
用心してしっかりと内鍵まで閉めると、キョトンとした様子の七海に詰め寄る。
「おい七海。お前俺との事は誰にも口外していないよな?」
「…は?ど、どうしたんすかいきなり。別に誰にも言ってないっすけど…」
「そうか。間違っても神谷に俺達のことを話したりはするなよ」
「――はぁ?カミヤンと一体何があったんすか」
そう言われて、思わず視線を彷徨わせる。
アイツは俺のキスマークの相手を探している様子だったし、七海だと知ったらどんな行動に出るか分からない。
担任ということもあり、下手をすればコイツの成績に悪影響が出る可能性もある。
「…お前が俺の首に余計な痕をつけるから、神谷に気づかれた」
「あっ、バレました?なんか嬉しーですね」
「お前は俺を怒らせたいのか」
「逆にいつが機嫌いいんですかっ」
失礼な返しだ。
俺がいつでもイライラしていると思うなよ。
とはいえコイツが余計なものを付けるから、知りたくなかった神谷の本性を知ってイライラしているのは事実だ。
「いいか七海、神谷には絶対に言うなよ。絶対にだ」
「え、フリですか?」
「…おい、俺が冗談を言わないのは分かってるよな」
「あー、もうっ。そんな怖い顔しないでくださいよ。心配しなくても言いませんって」
いつもフザケた態度を取っているやつだから信頼していいのか分からない。
だがコイツは裏表のない奴だし、一応言わないと言っているので信じておくことにする。
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