ドSワンコとクズ眼鏡

うさき

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「…別に俺だって笑うこともある」
「ええ、全然見ないですよっ」

 面白くなきゃ笑わないに決まっている。
 学校では大体イライラしていることが多いから、確かに笑うことは限りなく少ないが。

「それよりお前、クラスメイトに呼ばれてるが。まだ試合があるんじゃないのか」

 後ろで申し訳なさそうに七海を呼ぶ生徒が見えた。
 恐らく七海が俺に怒られてると思っているんだろう。

「あ、そうでした。行ってきますっ」

 そう言ってダッシュでまた戻っていく。
 忙しない奴だ。
 
 俺は一つ息を吐き出すと、その背中を目で追う。
 不思議と試合前にイライラしていた気持ちは、今の試合に持っていかれたように無くなっていた。


「紺野先生」

 職員室へ戻ろうとしたら、名前を呼ばれた。
 振り返ると相変わらず柔らかな微笑を浮かべる神谷がいた。

「なんだ、お前も今の試合を見ていたのか」
「…ええ。今テニス組を見てきたところなんですが、紺野先生が見入っているなんて珍しいなと」

 いつから見ていたんだ。
 見ているなら声を掛けてくればいいものを。

「七海と仲良いんですか?なんだか紺野先生にしては意外な光景を見てしまって」
「――え、ああ、いや…」

 今の七海とのやり取りを見ていたのか。
 少し言い淀んで視線を伏せるが、考えてみれば教師と生徒の交流があるのは当たり前だ。

「数学をこの間まで教えていたからな。アイツは人懐っこい奴だから、どうも調子が狂わされる」
「ああ、なるほど。道理で数学だけ成績が伸びているなと」
「…は、数学だけ?」

 中間テストを頑張ると言っていたが、まさか数学だけしかやっていないとは。
 だとしてもしっかり結果を出しているから、成績が伸びたということにはなるが。

「…全くアイツは」

 分かり易すぎる。
 本当に俺の気を引くためだけに頑張ったんだろう。
 しょうがないな、と軽く息を吐き出す。

 ――と、不意に頬に手が伸びてきた。
 熱を持つ指先が頬を撫でて、その感触にあの日七海に触れられた事を思い出す。
 ハッとして身体を引いた。

「…なんだ?」
「いえ、また何か悩んでいる様子だったので」
「だったらそう言え」

 なぜ触ってくる必要がある。
 この間もこんな事をされたなと思いつつ、パシッと神谷の手を払う。
 クスリと神谷は笑った。

「相談、してくださいね?先生のお力になりたいんです」
「…え?ああ」

 どこか考えの読めない微笑をされて、なぜだか背筋がゾクリとした。

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