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しおりを挟む最後に七海に会ったのは確かヒビヤンが遊びに来たGW以来だっけ。
相変わらず人の顔見たら飛びついてくる性格は変わってないらしく、やめろとデカイ身体を押し返す。
「七海、何をしている」
と、同時に廊下の奥から威圧的な鋭い声が飛んできた。
一瞬で苦い記憶が蘇る。
めちゃくちゃ覚えのあるこの声は。
「げっ」
そこには授業中散々怒られまくった数学教師がいた。
思わず口から滑り落ちた俺の本音に、イラッと数学教師の眉間のシワが深くなる。
ちょっと待て、卒業してまでコイツに怒られたくねーんだけど。
奏志に助けを求めようと職員室に視線を向けたが、アイツはまだ教師に捕まっている。
もしもの時はちゃんと助けるからね、大丈夫だからね、とか言ってたくせに今来いよ。
「久しぶりだな、高瀬」
「…あー、ドウモお久しぶりです」
「社会人はどうだ。高校の頃のようにずっと寝ているわけにはいかないだろう」
「いやー…寝ると色んなモン飛んでくるからあんまり寝れた思い出はないんすけど。紺野先生も1ミリもお変わりなさそーっすね」
ハハハと乾いた笑いを浮かべる。
コイツに関してはガチで説教されてた記憶しかない。
主にヒビヤンのせいで。
「あれ、二人共仲良しさんですか?」
そして七海は相変わらず空気の読めない能天気馬鹿だ。
むしろどこを見て仲良しだと思った。
「誰が仲良しだ。去年も三年の数学を受け持っていたから、お前同様に高瀬も指導していたんだ。七海は高瀬とも面識があったのか」
「めっちゃありましたよ。ねえ高瀬先輩、この間会った時に話したじゃないっすか。俺の今の運命の人なんです」
七海の発言にこの場の空気が凍りつく。
「――え?」
「――は?」
一拍の間を置いて、俺と数学教師の声が綺麗にハモった。
マジかよ。
さすがに今の七海の発言に一瞬思考回路が宇宙の果てまですっ飛んでったが、そういや確か七海はGWの時に俺に新しい運命の人が出来たとか言っていた。
まさかの数学教師かよ。
教師に手を出すとかやばすぎだろ。
七海の好みが分からなさすぎるっつーか、とりあえずコイツ趣味悪いな。
数学教師も七海のトンデモ発言に唖然としているが、この様子だとどうやら七海の言うことはガチらしい。
たぶん七海のことだから俺の時みたいにどうせ強引に迫っていて、つまるところまあ次の被害者ってわけだ。
なんだか七海の発言でこの数学教師への恐怖心が一気に薄れて、気の毒というか思わずぶふっと吹き出す。
いや面白すぎんだろ。
あとでヒビヤンに教えたろ。
そう思ってたらギロリと睨まれた。
「…あ、いやすんません。ちょっとさすがに衝撃発言聞いたんで」
「おい七海。お前つまらん事を言っていないでさっさと教室に戻れ」
「わっ、ちょ、なんでいきなり怒ってるんすかっ。戻りますって」
数学教師に怒られて七海が慌てて背を向ける。
が、そういえば俺はまだ七海に用事があった。
とっさにその腕を掴んで引き止める。
「お前引退試合いつだっけ?見に行くからあとで送っといて」
「え。来てくれるんすか。すげー嬉しいっす」
奏志と約束したわけじゃないが、あんなに行きの電車で俺と行きたそうな顔してるのを見たらさすがに放っておけない。
もうしょうがねーから俺から誘ってやることにする。
七海が教室に戻るのと入れ替わりで、ようやく奏志が職員室から出てきた。
「――わ、紺野先生。お久しぶりです」
どこか感動したような反応は俺とは全く真逆で、そういや奏志はこの数学教師に確か自習室の鍵貰ってたよな。
俺とイチャイチャすんのに使ってたけど。
さすが贔屓されてただけあって、物怖じすること無く数学教師と向き合っている。
「先生がお元気そうでとても嬉しいです。その節は大変お世話になりました」
「いや、その後大学の方はどうだ」
「毎日とても楽しく過ごしています。今日はお招き下さってありがとうございます」
「こちらこそ忙しい中わざわざ足を運んでもらって感謝している」
あれ、コイツこんなにハッキリと話すキャラだっけ。
いつも俺の前で大興奮してる変態さなんて欠片も感じない、爽やかすぎる優等生な態度に驚く。
いや忘れてたがそもそもコイツはそういう奴だった。
だからこそのプリンスだ。
「勉強の方はどうだ。お前には理数科に進んでほしい気持ちもあったんだがな」
「いえ、数学はとても興味深い分野ですが俺には…あ、そういえば在学中に先生が仰っていたヒルベルト公理論の新たな可能性についてなんですが――」
奏志と数学教師が歩きながら話す会話を後ろから唖然とした気持ちで眺める。
え、マジでこれ本当に奏志か?
俺と二人きりの時の奏志とあまりにも違いすぎるんだが。
でも考えてみればあれだけ勉強して一流大学に進んだ奏志がただの変態親父なわけがないし、おそらく大学でもこれが普通の態度なんだろう。
二年も付き合って今さら新たな一面を見たと言うか、コイツが凄いやつだと知ってたはずだが改めて驚く。
とはいえいつまで経っても小難しい話をしてる二人に俺はとっとと飽きて、ふわあと一つ欠伸をもらした。
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