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しおりを挟む「う、梅乃くんはちゃんと手を洗ってうがいして待っててね。風邪引いちゃうからね」
いやそんな気遣いは今どうでもいいんだが。
何を考えてるのか分からないが、それでもどうせすぐ音を上げてすり寄ってくるだろうと思ったが、飯を食い終わっても一向に触ってくる気配はない。
焦れたのは俺の方で、食器を洗って戻ってきた奏志にチョイチョイとソファで手招きをする。
「ん、どうしたの」
「…どうしたのっつーか」
お前がどうしたんだ。
ソファの前に立った奏志の腰を引き寄せて、頭を擦り付ける。
触れたところから痺れるような愛情が湧き上がって、どうしようもなく好きなんだと思い知る。
「――っ。だ、ダメだよ」
がばっと身体を引き剥がされた。
驚いたのは俺の方で、コイツに拒否られた事に愕然とする。
奏志の顔は酷く赤くて、必死に我慢しているのは分かりきっている。
それでもこんな態度を取られたことに、今までグズグズに甘やかされ愛情を貰い続けていた俺の心の方が持たなくなる。
「…どうしたんだよ。何かあんなら言えよ」
「えっ、な、何もないよ」
そう返ってきた言葉は間違いなく噓だと分かるのに、怒る気にはならなかった。
噓ついてんじゃねーよアホが、とでも言ってすぐにでも考えてることを吐かせてやろうかとも思ったがそんな言葉でてこなかった。
なぜだか酷く落ち込んでしまう。
「…そうかよ」
ダメだ。納得してしまったら、すれ違ってしまう。
この間の香水の件もあってただでさえコイツに対して不信感を抱いてるのに、このままだと余計にこじれてしまう。
それでも今しがたの出来事が、俺の気持ちを漠然とした虚しさで塗り替えていく。
俺には何かあったら全部言えというくせに、自分は言わないのかよ。
卒業式に不安なことは二人で考えていこうと言ったくせに、なんで隠すようなことするんだ。
過剰なまでに酷く甘やかされすぎた身体は、メンタル面までダメ人間化してしまったんだろうか。
「――えっ?だ、ダメだよ。絶対にダメだよ」
見上げたら、真っ青になった顔が俺を見下ろしていた。
まだ俺が触るとでも思っているんだろうか。
「う、梅乃くんは俺とずっと一緒にいないといけないんだよ。もう俺絶対に離さないよ」
「…は?」
「そ、卒業式に約束したんだよ。一生一緒にいないといけないんだよ」
いきなりコイツは何言ってるんだろう。誰も別れ話なんてしてないんだが。
「俺絶対に嫌だからね。約束破ったらダメだよ」
「おい、お前何言って――」
ガッと手首を取られた。
奏志の表情は切羽詰まっているようでいて、だけどどこか据わっているようにも見える瞳が、いつだったか自習室で本気で怒ったときのことを思い出させる。
「梅乃くん、不安な事があるなら教えて。俺何でもするよ。全部梅乃くんの言う通りに出来るよ」
お前の今の態度が思いっきり不安なんだが。
だが全く分かってないらしいコイツは、大真面目で俺を見下ろしている。
「俺じゃねーよ。お前が何考えてんのか分かんねーから、さっきから聞いてんだけど」
「俺は梅乃くんのことしか考えてないよ」
「…そうじゃねーだろ」
一つため息を吐く。
もしかしてコイツ、俺に自分の気持ちをぶつけたら嫌われるとでも思ってるんだろうか。
それじゃ学生時代と何も変わってない。
卒業式で俺達はお互いの気持ちをちゃんと分かりあって、それでようやく今対等に付き合えてんじゃねーのかよ。
「…あー、もういいや。分かった」
「――え」
どうせ俺の事を思って何か必死になっているのは分かる。
今はお互いの環境も変わったばかりだし、すれ違うのが何よりも嫌だ。
コイツが俺のことを好きならそれでいい。
それよりもっと楽しい話でも振ってやったら、流れで元に戻るかもしれない。
そう思って言った言葉だったのに、突然力が強まった手にぐいとソファに組み敷かれた。
俺の顔に影を落として伸し掛かってくる顔は無表情で、だが真っ直ぐに見下ろされる視線の強さに身体が強ばる。
「――ダメだよ。梅乃くんは俺とずっと一緒にいるんだよ。何があっても離さないからね」
どこか色を無くした表情は、美の神に愛されすぎなほど整った奏志の顔をより際立たせる。
綺麗すぎて怖いと思ったのは初めてだった。
「…お、怒ってんの」
「うん。ずっと一緒にいようね」
そう言って降りてきた唇にキスをされた。
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