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----side真島『告白』
しおりを挟む高瀬くんとの最後の文化祭が終わってしまう。
教室の窓から二人でキャンプファイヤーを遠目に見下ろして、触れるだけのキスをした。
彼に触れるとたちまち大好きなんだと伝えたい気持ちが溢れ出して、その全てをぶつけたくなってしまう。
だけど俺はもう、彼にたくさんの気持ちを押し付けるのはやめた。
きっともう高瀬くんには届いている。
たくさん届いていて、届きすぎていて、彼を苦しめている。
俺がしなければいけないことは、高瀬くんを苦しめることじゃない。
「…もっとしてもいいかな」
「いいよ」
深い口付けをする。
最初は頭が真っ白で何も考えられず彼を求めていたけど、最近高瀬くんは気持ちよさそうにキスを受け入れてくれていることに気付いた。
苦しそうな顔をしていても、泣きそうな顔をしても、それでも俺を受け入れてくれる。
俺が余計な事さえ言わなければ、笑顔すら見せてくれる。
きっと俺に出来ることは高瀬くんをひたすらに好きでいること以外にもあって、それは三上先輩が教えてくれたアドバイスで気付いた。
俺は高瀬くんに初めて会った時、不良になったんだ。
いつもと違う事をしたら、初めて知って、気付くことがあった。
大切なものに巡り会えた。
今までの高瀬くんを大好きなだけの自分じゃなく、少しでもいつもの自分を変えてみれば、きっとまだ俺には他に出来ることがあると気付くはずだ。
後夜祭も終盤になり、二人でグラウンドまで降りる。
賑やかに騒ぐ生徒たちの声と、パチパチと音を立てて燃えるキャンプファイヤーの煙の匂い。
たちまち女の子達に俺は取り囲まれて、何事かと瞠目してしまう。
慌てて高瀬くんを目で追うと、高瀬くんは日比谷くんに掴まっていた。
いけない、助けないと。
魔王に捕まってしまったお姫様を救う気持ちで人混みをかき分ける。
「奏志」
不意に聞き慣れた声に呼ばれて顔を振り向かせる。
どこか難しい顔をしたユキが立っていた。
どうしたんだろう。
ユキは真っ直ぐ俺のもとへ来ると、俺の手首を掴んで引っ張る。
俺のほうが助けられたお姫様みたいになってしまって少し驚いたけど、今はユキの表情がいつもと違う事のほうが心配だった。
「あ、ユキごめんね。今高瀬くんと一緒にいるから――」
「時間取らせないから…す、少しでいいんだ」
そう言われた言葉に、緩く首を振る。
「ううん、ユキと少し話してくるって言ってくるね。なにかあるならちゃんと聞くから待ってて」
「あ、奏…」
ユキを置いて高瀬くんの元へ一度行く。
高瀬くんは珍しく歯切れの悪い反応だったけど「分かった」と言ってくれた。
「おー、高瀬の面倒は俺に任せとけ」
隣りにいた日比谷くんに含んだような笑顔を向けられて、じとっと彼の目を見つめる。
彼だけは本当に何を考えているのか分からない。
高瀬くんの事を好きなんだと思っていたけど、俺に協力的な態度を取ったりもする。
かと思ったら高瀬くんを茶化していたりもするし、それでも高瀬くんにはなぜか信用されている。
「高瀬くん、気をつけてね。危なくなったらすぐ声を出してね」
「おー」
「お前は本当に俺を何だと思ってるの」
日比谷くんになにか言われたけけど、それより俺はユキの元へと急ぐ。
「…梅乃がよく許してくれたね」
「え、どうして?高瀬くんとユキは仲良しでしょ?」
そう言ったら、ユキは視線を彷徨わせる。
今日のユキは、本当にユキらしくない。
ユキはふわふわした話し方をするけど、本当はすごく芯の強い子だ。
悪いことは見過ごせなくてダメなことははっきり言うし、華奢な見た目に反してとても男らしい一面を持っている。
そんなユキが、こんなに言いづらそうにしているのは始めてだ。
心配せずにはいられない。
「ユキ、大丈夫?俺ユキのためならなんでも力になるよ。いつも助けてもらってばかりだけど…何か俺が力になれることがあるなら遠慮なく言ってね」
だけどユキはなかなか話してくれない。
なんとか話してもらおうとたくさん言葉を掛けるけど、どんどん苦しそうな表情をさせてしまう。
なんだかその姿は見覚えがあった。
そう、まるで高瀬くんみたいな――。
「…俺なんだ」
「え?」
「――梅乃を怪我させたのは、俺なんだ。俺が、アイツを殴ったんだ」
言葉が出なかった。
ユキが、まさかそんな事をするなんてと疑ってしまう。
だけど目の前の表情はどう見てもウソなんてついていなくて、俺は凍りついたように立ち尽くしてしまう。
「…ど、どうしてそんな事――」
愕然とする気持ちで口を開く。
頭が真っ白になりそうだ。
「…それは言えない。男と男の約束だから。でも俺がアイツを殴ったことは変わらない」
「で、でも高瀬くんは転んだって…」
そう言ってから、俺はようやく気付く。
ユキと高瀬くんが同じ位置に傷があることを。
高瀬くんが転んだと言ったから信じ切っていたけど、転んであの傷を付けることは難しいんじゃないか。
なら高瀬くんは、俺に噓を付いたことになる。
一体どうして。
「奏志に黙ったままではいられなかった。だから、例え嫌われても打ち明けようと思ったんだ」
それからユキは、俺に向き直る。
青い瞳は揺れていて、今にも泣き出しそうだった。
「本当にごめんなさい。奏志の大切な人を傷つけてしまって…本当に、ごめんなさい」
絶句してしまった。
どうして、なんで、とぐるぐると頭が回る。
大事な高瀬くんの顔を傷つけたのが、まさか親友のユキなんて思いもしなかった。
二人共性格を知っているからこそ、どうしてそうなってしまったのか予想もつかない。
愕然とユキを見下ろしたら、小さく震える拳が視界に入った。
その拳で彼の顔を殴ったのか。
俺がどれほど高瀬くんを大事にしているのか、ユキは知っている。
大事な人の顔に傷がついていた時の衝撃も、酷く感じた後悔も、俺は全部覚えている。
絶対に忘れたりはしない。
――だけど。
俺は緩く首を振った。
俺の大好きな人の言葉は、きっと間違ってはいない。
「…転んだんだよ」
「――え」
「高瀬くんが転んだって言っていたから、それは間違いないんだよ」
「で、でもそれはアイツが奏志を心配させないために言った言葉で――」
「高瀬くんはね、どうでも良い人と喧嘩するような人じゃないよ」
俺はずっと高瀬くんを見てきたから分かる。
彼は実はとっても面倒くさがりで、だけど面倒じゃないことにはとても真摯に向き合う人だ。
「俺は彼の言葉を信じるよ。だからユキを責めたりはしない」
「…奏志」
「でも二度目はないからね」
俺はそう言ってユキに微笑する。
ユキはビクリとしたように、何度も頷いていた。
その頬に貼られた絆創膏を見遣る。
きっとユキの頬の傷は、逆に高瀬くんから受けたものだろう。
二人がどんな約束をしたのかは分からないけど、きっとそこには俺の知らない友情が芽生えているんだろう。
彼に殴ってもらえるほどの情熱を与えられるユキが、正直羨ましくなってしまった。
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