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----side真島『最高の一日』
しおりを挟む夏休み最後の日。
夏期講習も終えて塾も無く、その日は一日お休みだった。
朝からずっと一緒にいようねと高瀬くんと約束して、俺は嬉しくて早起きをして高瀬くんの家へ向かう。
起きたらおいでと高瀬くんは言ったけど、チャイムを押してもなかなか出てこなかった。
ニワトリの鳴く声が聞こえて、そこでさすがに早すぎた事に気付いてうろうろとしてしまう。
と、ガチャッと音がした。
「…はえーよ」
寝癖がついた高瀬くんが出てきた。
今日も可愛い。
高瀬くんはまだ眠いのかまたベッドに戻ってしまった。
だけどくるまったタオルケットの中からちょいちょいと俺を呼んで、そばにいることを許される。
嬉しくてベッドに乗っかってその身体に手を伸ばすと、高瀬くんから抱きしめてくれた。
ゾワゾワと背筋に堪らない感情が駆け抜けて、抱き返してその髪に頬擦りする。
「好き。今日も大好きだよ」
「…眠い」
気怠げな声が愛しくて、ゆっくり寝れるように抱き締めながら優しくトントンと背中を叩く。
しばらくの後、規則正しい寝息が聞こえてきて高瀬くんがまた寝たことが分かる。
心臓バクバクさせながら寝顔をじっと観察してしまう。
写真撮りたいけどバレたら絶対怒られる、と心の中で必死に葛藤する。
数時間があっという間に過ぎて、むくりと起きた高瀬くんのお世話をする。
ぼんやりとベッドに座っていたからドキドキしながら服を着せ替えて、髪を梳かす。
手を引いて洗面所に連れていくと、色々お世話したかったのに「出来る」と言われてしまって、それなら朝食を用意することにした。
頬杖ついてパンをかじりながら、高瀬くんが俺をじとっと見つめる。
パン食べてる。可愛い。
食べるの面倒くさそうだ。可愛い。
はぁ、とため息がもれてしまう。
こんなに幸せでいいんだろうか。
「よし、真島。デートするか」
食べ終わったら高瀬くんがとんでもないことを言ったから俺は心臓が止まるかと思った。
デートらしく映画を見ようと言われ、手を引かれるまま外に出る。
その日、高瀬くんは天使だった。
いやいつも天使だけど、いつも以上に天使だった。
「お前が見たいのでいいよ。何がいい」
なんだっていい。見たいものなんて高瀬くんしかない。
混乱しながらたまたま指さしたのは純愛物のラブストーリーで、高瀬くんはお前らしい、と優しく笑っていた。
映画館に入って辿々しい会話をしながら上映を待って、いよいよ開演と暗くなる。
ちらちらと高瀬くんの方を見ていたら、気付いたように画面を見ろとコッソリ言われた。
慌ててスクリーンに目を向けたら、そっと俺の手が握られる。
ストーリーなんてもう頭に入ってくるわけがない。
映画を見終わってぼーっと高瀬くんの姿を見つめていたら、高瀬くんは俺を見てまたくしゃりと可愛らしく笑う。
「なんでお前そんな物欲しそうな顔してんの。映画全然頭に入ってないだろ」
「う、うん…」
「あーあ、せっかく見に行こうっていったのに」
「わっ、ごっ、ごめん…っ」
そうだ。せっかく誘ってくれたのに、ちゃんと見ないとかすごく失礼なことをしてしまった。
高瀬くんは俺の頭を一度撫でて「許す」と言ってくれた。
どうしよう、好きすぎて心臓が潰れそうだ。
それからご飯を食べに行って、ゲーセンに行こうぜと言われるままについていくことにする。
行くのは初めてで、物珍しくしていたら高瀬くんがなんか取ってやるよとクレーンゲームを指さした。
「――あ」
だけどふと何か気付いたように足を止めて、やっぱりあっちで遊ぼうと手を引かれる。
それからレースゲームや太鼓のゲームをやって、高瀬くんはすごい上手で、俺は全然出来なくて下手くそだった。
「お前ヘッタクソすぎだろ。何でも出来るくせにゲームは下手くそなんだな」
「は、恥ずかしいなあ。高瀬くんすごい上手だね」
「無駄に遊んでるからな。格好いいだろ」
「うんっ。かっこいいっ」
「素直かよ」
本当に格好良くて、可愛い。
誰よりも眩しくて、愛しい。
俺の太陽で俺の神様。
大切な、大切な人。
空がオレンジになるまでたくさん遊んでから家に帰って、帰ったらすぐに高瀬くんは俺の手を引いた。
俺ももう触りたくて限界だったから、すぐに抱きしめてキスをする。
頭が真っ白になって彼を酷く求めてしまう。
玄関先で高瀬くんを壁に押し付けて「好きだよ」と何度も何度も気持ちをぶつける。
何度言っても足りない。
もっとたくさん言わないと高瀬くんには届かなくて、きっと俺をすぐに忘れてしまう。
大好き。大好きなんだ。
どれほど愛してもやまない。
何を捨てても高瀬くんだけは欲しい。
狂ってしまいそうなほどの愛しさを、必死に高瀬くんに押し付ける。
気持ちを伝えないと、自分がおかしくなってしまいそうだ。
いや、たぶんもう俺はおかしくなってしまっている。
どこか逃げ腰になった身体を全力で引き寄せて、もっと俺の言葉を聞いて欲しいと、何度も言い聞かすように愛の言葉を注ぐ。
俯いてしまったその顔が見たくて、俺は頬に一度キスをしてから彼の顔を覗き込む。
――ドクリ、と心臓が大きく音を立てた。
高瀬くんはなぜか泣きそうな顔をしていた。
唇を噛み締めて、酷く苦しそうだった。
今までに一度も見たことのない表情。
思わず何かしてしまったのかと放心したら、高瀬くんは顔を俯かせたまま俺のシャツをぎゅっと掴む。
それから勢いよく俺の顔を見上げた。
「真島…真島…っ、俺は――」
何か高瀬くんが言いかけた時、猫さんがご飯が欲しいと俺達の間に割って入ってきた。
突然のことに少し驚いたら、高瀬くんがおいコラと猫さんの首を掴みあげる。
そのまま頭の上に乗っけて、さっと背を向けてしまった。
「真島、飯作って。腹減った」
「…あ、うん。すぐ作るね」
心臓が、まだバクバクいっている。
高瀬くんの様子が何かおかしかった。
俺の知らない、高瀬くんの顔。
高瀬くんは自室へ向かって、パタンと扉を閉めてしまった。
ご飯の時には高瀬くんは特に変わった様子もなく、いつも通りだった。
食器を洗ってから、漫画を読んで寝そべっている高瀬くんにコーヒーを持っていく。
さっき様子がおかしかったことをちゃんと聞こうと、俺はテーブルを挟んで高瀬くんの対面に座った。
あんな表情の高瀬くんは、見たことがない。
いつだって俺に対して余裕のある彼が見せた、酷く弱々しい顔。
きっと何か俺に対して不満があるに違いない。
だけど高瀬くんは俺に気付くと、パタンと漫画を閉じて立ち上がってしまった。
どこへ行くんだろうとその姿を目で追っていると、俺の前で立ち止まって、座る。
そしてあろうことかそのまま俺に背中を預けてきた。
「――えっ!?えっ?」
一体何のご褒美なんだろう。
触っていいよ、と言われている気がして、遠慮なく後ろから抱きしめる。
「あー、やっぱ暑いな」
「ん…ごめんね」
抱きついたらもう堪らず、首筋に顔を埋めて剥き出しの白い首筋に吸い付く。
頭がぐらつくような良い香りがして、思考が奪われていく。
しばらく後ろからぎゅうぎゅう抱きしめていたら、高瀬くんは身体を振り向かせて、今度は自分から俺に手を伸ばしてくれた。
はにかんだような笑顔を見せられて、もう頭がパンクしそうになる。
思い切り胸の中に引き寄せて額やこめかみにキスを落とす。
高瀬くんはくすぐったそうに俺のシャツを握りしめて笑ってくれた。
いけない、だめだ。
さっきのことを聞かないと。
少しでも高瀬くんのことを曖昧なままにしてしまってはいけない。
そんな風にどこか頭の片隅で言っている声が聞こえる。
だけどどうして、どうしてこんなに可愛いんだ。
「真島…ましま…っ」
抱き締めた腕の中で俺に頬を擦り寄せて身じろぐ仕草に、雷に打たれたような衝撃が走る。
全身の血が沸騰したみたいだった。
ひょっとしてこれは、あれなんじゃないだろうか。
いやきっとそうだ。
絶対に間違いない。
気のせいじゃない。たぶん。
今高瀬くんは間違いなく、俺に甘えている。
「た…っ、高瀬くんっ、高瀬くんっ、大好きっ。大好きだよっ」
「――うわっ、どうしたいきなりっ」
頭の神経が焼き切れそうな程興奮しながら、ガバっと彼の身体を押し倒す。
なんて嬉しいことをしてくれるんだろう。
なんて愛しくて、可愛いんだろう。
夏休みの最後に、彼はとんでもなく俺に幸せな思い出を作ってくれた。
それは紛れもなく俺の中で、最高の日だった。
――だけど夏休み以降、高瀬くんから俺に触れてくれることはなくなってしまった。
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