ベタボレプリンス

うさき

文字の大きさ
上 下
153 / 251

141

しおりを挟む

 翌日は朝から夕方までバイトだった。
 俺のバイト先は個人が経営している喫茶店だったが、夏休みということもあってそこそこに繁盛している。
 忙しなく動いていたが、昼過ぎに数人の女子グループが来店した。
 
「うーめのん」

 不意にそのうちの一人に声を掛けられる。
 え、誰。と思ったがとりあえず知ったかぶりしておく。

「おー、来てくれたんだ」
「うん。昨日言ってたから友達誘って来ちゃった」

 ああ、言われてみれば昨日の合コンの子か。
 瞬時に察して昨日の雑談を交えつつ、窓際の席に案内する。
 少し雑談してから離れると、俺の知り合いだと気付いたマスターが気を利かせてデザートをサービスしてくれた。
 高一の最初からずっとバイトしてるから、それなりにマスターは俺を可愛がってくれているらしい。

「わー、ありがとう」

 嬉しそうな女の子たちの顔に心癒される。
 やっぱり女の子は可愛い。

「ね、バイト終わったら何か予定ある?」
「え?特に無いけど」
「昨日あの後、明日も暇だったらカラオケ行こうって話になったのね。だからうめのんも来てよー」

 うめのんいた方が楽しいし、と女子に上目遣いで念押しされれば悪い気はしない。
 特に予定は無いと言ってしまったし、実際暇だから断る理由もない。
 ――いや、あった。
 そういえば真島が昨日合コンの話をしたら、微妙にへこんでいたことを思い出した。

「…あー、でも終わるの遅いからやめとくわ」
「え、遅くても全然いいよ」
「いや女の子が遅いと危ねーだろ」
「えー、うめのん紳士なんだけどー。見えないー」

 キャッキャッと騒がれる。
 実際夕方には終わるし、断る理由として適当に言っただけだが茶化された。
 というかバイト中だしそんなに話してられないんだが。

「遅くても高校生ならそこまでじゃないでしょ。連絡待ってるね」

 そして強引に押し切られた。
 まあ終わってから適当な理由つけて断ればいいかと考えて、俺は再び仕事に戻る。


 忙しかったのもあり、少しの残業の後バイトが終了した。
 いつも通りコンビニで飯を買って家へ帰る。
 とりあえずシャワーを浴びてから、扇風機の前でぐったりと横になる。
 今日は結構ハードで疲れた。
 
 暑くて飯食うのもだるいし、このまま寝ようかなと目を閉じる。
 相変わらずブーンとうるさい扇風機の音だけが耳につく。
 やっぱり新しいの買ってきた方が良かったか。

 でももう少ししたら、真島から電話が掛かってくる。
 トクトクと少しずつ早くなる心臓の音を感じながら、ぼんやりとスマホを眺める。

 ――と、メッセが入った。
 それは昼間の女子からだった。
 バイト終わった?との通知にギクリとする。
 そういやすっかり忘れてたな。

 返信しようとしたのと同じタイミングで、今度は真島から電話がかかってきた。
 ちょうどスマホを持っていた事もあり、俺は寝そべっていた身体をがばりと起こすと真島並の速度で電話を取る。

『高瀬くん』

 ぶわっと熱が身体に広がっていく。
 真島の声に、胸がぎゅっと締め付けられる。

「…おう。お疲れ」

 あっという間に早くなる心臓の音を感じながら、いつもどおり愛想のない返事をする。

『高瀬くん、ちゃんとご飯食べた?暑いから水分もとらないとダメだよ。バイト無理してない?』
「お前は子供が上京したてのオカンか」

 一言目から安定の過保護っぷりだ。
 確かに面倒だから晩飯いいやってなってたが。

『あっ…ごめんね。なんかちょっと声が疲れてる気がしたから――』

 そう言われて思わずシャツを握りしめる。
 疲れている時に好きな奴に心配されるのは、予想外に劇毒らしい。
 隠していたものが暴かれたような気になって、なんだか無性に甘えたくなってしまう。
 もうダメだから早く帰ってこいよって言いたくなる。
 もし俺がそう言ったら、真島は間違いなくすぐに帰ってくるだろう。

「…何もねーよ。お前のほうが大丈夫かよ?」

 いつも通りの調子でそう返したら、真島はうっと息を飲む。

『お…俺はもうダメかも。会いたいよ。高瀬くんに会いたい。会って抱きしめて、たくさんキスしたい』

 本気で死にそうな声で言われた。
 正直すぎるその言葉に、どかっと身体が熱くなる。
 コイツ周りに人がいるところで電話してねーだろうな。

「あ、アホ、落ち着け。ちゃんと勉強はしてるんだろーな」
『…うん。行ったからにはやってるけど…』
「そっか、今日はどうだった?」

 それからいつも通り、今日真島が見たもの、聞いたこと、感じたことの話を全部聞く。
 話し終えたら、次は俺が話す。
 だがたいして話していないうちに、同室の奴に呼ばれたらしく真島の後ろから声がした。

「おい、呼ばれてね?」
『よ、呼ばれてないっ』
「いや呼ばれてんだろ」

 むしろ後ろのやつ叫び始めてんじゃねーか。
 これで呼ばれてないとかもうホラーなんだが。

「行ってやれ」
『でもまだ高瀬くんのお話聞いてないのに…っ』
「明日二日分話してやるから」
『ぜ、絶対だよ。ちゃんと教えてね』
「おー」

 絶対覚えてねーけどな。
 とは言わないでおく。
 名残惜しげに呻く真島との電話を切って、耳からスマホを離した。

 あっという間だ。
 本当にあっという間に、今日の真島との電話は終わってしまった。
 そしてまた、元の静寂に戻る。

 まだ耳に余韻の残る真島の声。
 だけどそれはほんの一瞬で、熱くなった身体はすぐに冷えだしてしまう。
 その後必ず訪れる、どうしようもない虚無感。

 俺は立ち上がると、気を紛らわせようと窓から外を見上げた。
 真っ暗な空には夏の大三角形が浮かんでいる。
 俺はこんなんで大丈夫なんだろうか。

 卒業後真島と別れたら、こんなのが当たり前の生活になる。
 当然だが会えないどころか電話だってなくなる。
 たった二週間程度会えないだけで押し潰されそうな気持ちになっているのに、俺は耐えられるんだろうか。
 
 ――寂しい。
 
 真島がくれる愛情が酷く深くて大きすぎる分、いないと物凄く大きな穴がぽかりと胸に空いてしまったような気持ちになる。
 
 何か、紛らわせるものが必要だ。
 アイツがいなくなった後も、気を紛らわせる何かが――。

 そう思って、ふと気付く。
 そう言えば誘われていたんだった。

 俺はスマホを再び操作して、昼間の女子に返事をする。
 こんな時間からだが家を出ることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】私立秀麗学園高校ホスト科⭐︎

亜沙美多郎
BL
本編完結!番外編も無事完結しました♡ 「私立秀麗学園高校ホスト科」とは、通常の必須科目に加え、顔面偏差値やスタイルまでもが受験合格の要因となる。芸能界を目指す(もしくは既に芸能活動をしている)人が多く在籍している男子校。 そんな煌びやかな高校に、中学生まで虐められっ子だった僕が何故か合格! 更にいきなり生徒会に入るわ、両思いになるわ……一体何が起こってるんでしょう……。 これまでとは真逆の生活を送る事に戸惑いながらも、好きな人の為、自分の為に強くなろうと奮闘する毎日。 友達や恋人に守られながらも、無自覚に周りをキュンキュンさせる二階堂椿に周りもどんどん魅力されていき…… 椿の恋と友情の1年間を追ったストーリーです。 .₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇ ※R-18バージョンはムーンライトノベルズさんに投稿しています。アルファポリスは全年齢対象となっております。 ※お気に入り登録、しおり、ありがとうございます!投稿の励みになります。 楽しんで頂けると幸いです(^^) 今後ともどうぞ宜しくお願いします♪ ※誤字脱字、見つけ次第コッソリ直しております。すみません(T ^ T)

侯爵令息、はじめての婚約破棄

muku
BL
侯爵家三男のエヴァンは、家庭教師で魔術師のフィアリスと恋仲であった。 身分違いでありながらも両想いで楽しい日々を送っていた中、男爵令嬢ティリシアが、エヴァンと自分は婚約する予定だと言い始める。 ごたごたの末にティリシアは相思相愛のエヴァンとフィアリスを応援し始めるが、今度は尻込みしたフィアリスがエヴァンとティリシアが結婚するべきではと迷い始めてしまう。 両想い師弟の、両想いを確かめるための面倒くさい戦いが、ここに幕を開ける。 ※全年齢向け作品です。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

処理中です...