ベタボレプリンス

うさき

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 そこから数日、真島とは上手く時間があわなかった。
 授業時間がズレて昼休みが合わなくなったのもあり、弁当だけは渡しに来てくれるがゆっくりと一緒に食べる時間がなかった。
 放課後には必ず俺の顔を見に来ていたくせに、どうやらあの一年の女子に引っ張られているらしく、あれ以来一度も来ていない。
 なぜそれを知っているのかと言うと、毎日のように貞男が青い顔をして報告に来るからだ。
 アイツ暇かよ。

 ただし上手く会えない日は必ず真島が電話をくれて、俺もバイトで出れない時があっても必ず掛け直した。
 ただ正直真島との電話はあまり得意じゃなくて、切った後はいつも胸がモヤモヤとしてなんだか虚しかった。

「真島が彼女出来たとか噂になってるけど」
「…ああ、あれ部活のマネージャーだとさ」
「マネージャーがなんでそこまで噂になるんだよ」
「知らねーよ」

 咄嗟に出た言葉は思いの外強い口調で、自分で自分の発言にギクリとする。
 ちらっとヒビヤンを見たら、案の定ニヤニヤと含み笑いをされた。
 コイツ今わざと煽ったな。

「真島じゃなくて高瀬で遊んだほうが楽しいな」
「もうお前とは一生口をきかねえ」
「えっ、冗談だって。悪かった。ごめんな。一緒に行ってやるから許して」
「は?どこに」
「どこって、真島の引退試合。フツーに俺も見たいし」

 ヒビヤンも知ってるとか。
 どれだけこの学校の常識になってんだ。
 そしてなんで真島は俺に一言も言わねーんだ。

「俺バイトなんだけど」
「見に行きたいくせに何言ってんだ。日曜、駅前集合な」

 勝手に約束された。
 もしかして言わないということは真島は俺に見に来て欲しくないんだろうか、なんて考えが一瞬過る。
 ちらりと真島と一緒に立ち並んだ女子の、ごく自然な光景が頭に思い浮かぶ。
 そんなはずはないと分かってるのに、もしかしたらという考えが拭えない。
 

 その夜バイトが終わった帰り道、俺は真島に電話を掛けた。
 いつも通りずっとスマホを眺めてたのかという速度で真島は出て、どこか肩の力が抜ける。

『ど、どうしたの』

 電話越しの真島の声は相変わらず上擦るように緊張していて、話せばすぐに分かりやすい愛情を感じる。

「別に。お前何してるかなって」
『あ、えと。勉強してたよ。やっぱり部活やってる分、周りの人より遅れを取っちゃうから…』
「そっか。なら邪魔して悪かったな。頑張れよ」
『ま、待ってっ』

 あっさり切ろうと思ったが、真島に引き止められた。
 ぎゅっと掴まれたように胸が熱くなる。

『…もう少し、声が聞きたい』

 大事そうに紡がれたその言葉には確かな熱が含まれていて、頭が痺れるような甘さを感じてしまう。
 正直、俺も同じだった。
 電話を切ったらまた胸がモヤ付くような苦しさに捕らわれるのかと思うと、自分から掛けたくせに切りたくなかった。
 コクリと一度頷いて、だけど電話口に返した言葉は「しょうがねーな」という、いつもの憎まれ口のような台詞だった。

『あ…ご、ごめんなさい。最近高瀬くんとゆっくり会えなくて、すごく寂しくなっちゃって』
「…お前が会いにこないんだろ。貞男が言ってたけど最近一年の女子と遊んでるらしいじゃん」
『え、違うっ。遊んでないよ!あれは部活の子で、部長に言われてしょうがなくて…』

 真島からの言い訳を聞きたくてわざと煽った言葉だったが、それは俺が望んでいた返答ではなかった。
 しょうがなくって、お前がどうしても欲しいってその子を推薦したんじゃねーのかよ。
 フツフツと沸き上がってきた気持ちに目を逸らすように、一つ息を吐き出す。

「…ああ、そういやお前引退試合あるんだろ。なんで俺に言わねーの」
『えっ、み、見にきてくれるの?』
「お前が来てほしいなら行くよ。けどお前言わねーから」
『お、俺のことで誘っていいのか分からなくて――』

 そう言われて、逸らしていたはずの気持ちがまたカッと沸き上がった。
 なんでいちいち遠慮なんかすんだよ。
 卒業までは何してもいいって散々言ってんだから、もっとたくさん欲張ってこいよ。

「俺の時間は全部お前にやるって言っただろ」
『でも俺は高瀬くんの気持ちのほうが大事で…っ』
「――そんなのもう気にすんなよっ」

 思わず声を荒げる。
 これからどんどん会えなくなって、真島は部活を引退したら本格的に受験シーズン突入だ。
 会える時に出来るだけ会っておきたいのに、コイツはそうは思わないのか。
 電話口で、真島が息を詰めたのが分かった。
 
『あ、あの…何か怒ってる?』
「は?怒ってねえよ。なんで俺が――」

 勢いのままそう返してから、ハッと気付く。
 いや待て、めちゃくちゃ今苛ついてんじゃねーか。
 自分の無意識すぎる発言に気付いて、思わず額に手を当てる。
 何やってんだ俺は。

「…あ、悪い。なんか口調強かったな」
『う、ううん。何か嫌なことあったら言ってね』
「あー…うん。いや、何もないよ。悪かったな、勉強中」

 もうさっさと切ろう。
 今まで感じたことのない不安定な感情に、酷く精神力を持ってかれた気がした。

『高瀬くん』
「…なに」

 まだ何か言いたげな真島の声に耳を傾ける。

『好きだよ』

 電話口から紡がれる、優しく耳を揺らす声音。
 そんな台詞、もう何度も何度も聞いた。
 
『大好きだよ』

 それはもう聞き飽きるほどで、言い過ぎだと説教するレベルに。

「……っ」

 俺も好きだ。

 真島が好きで、大切で、それなのに余計な気持ちにばかり邪魔されて、苦しい。
 胸を突き刺すような痛みに感情が酷く揺り動かされて、ダメだと思っているのにまた本音を言ってしまいたくなる。
 電話越しでもうるさいほど言ってくる愛の言葉に、俺は黙って頷くことしか出来なかった。
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