ベタボレプリンス

うさき

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 ちらほらこっちに気付いた真島ファンがなんだか話し掛けて来そうな雰囲気だったので、俺達は慌てて外へ出る。
 これ以上二人の時間を邪魔されてたまるか。

 とりあえず一日目に喧嘩した場所と同じく、玄関脇のベンチまで歩いてくる。
 俺が座ったのを見ると、真島もおずおずと隣に腰を降ろした。
 ふわりと湯上がりの良い香りが鼻先を掠めて、なんだかギクリとしてしまう。

 全員共通のホテル用の浴衣に羽織をかけただけの、なんら周りと変わらない格好なのに、真島の浴衣姿はやっぱりめちゃくちゃ格好良かった。
 どこか憂いを帯びた瞳が過去の時代の偉人のような雰囲気すら醸し出していて、同じ男としてどうしてここまで違うんだと不公平さを八つ当たりしたくなるレベルだ。
 少しはだけた浴衣の襟から覗く鎖骨に妙な色気を感じてしまって、思わず目を逸らす。

「高瀬くん、寒くない?大丈夫かな。湯冷めしちゃわないかな…」

 俺の心境を相変わらず察せない真島は、安定の過保護っぷりを発揮しながら人の顔を覗き込んでくる。
 大丈夫だと返事する前に、自分が掛けていた羽織を脱いで俺に掛けてくれた。
 なんだこのイケメンは。

「…あー、えっとさ」

 変に真島に流されない内に、俺は本題に入ることにする。
 少し声音を変えただけであっという間に叱られ待ちの犬みたいになった真島は、チラチラと人の顔色を伺ってくる。
 なんでこの状況でまた俺が怒ると思ったんだコイツは。
 さっきまでのイケメンはどこへいった。

 色々ツッコミどころはあるがもうキリがないので、俺は真島から視線を外すと顔を俯かせる。
 それから一つ息を吸い込んだ。

「――ごめん。…その、今回のは俺が全部悪かった」

 とりあえず、謝りたかった。
 真島と一緒に自由行動を回れたことで、もうコイツが怒っていないことは分かっていたし雰囲気もいつもと変わらない。
 それでも無かった事にしてはいけないと思った。

「…お前が俺の事を大事にしてくれてる気持ちはちゃんと分かったし…その、無神経な言い方をしたと思ってる」

 あの言い方をしたのは真島を煽るためでわざとではあったが、それでももっとマシな言い方があったはずだ。
 それがなんなのかはまだ思いつかないが、あれが真島を怒らせたきっかけになってしまったのには違いない。

「お前が言ったこともちゃんと考えたから。…あー、その、だからってすぐ気持ちが変わるわけじゃねーけど、でもちゃんと考えたからさ」

 俺にしては歯切れの悪い謝り方だったが、こうなんというか、ガチで喧嘩して自分から悪かったと反省して謝るなんて、思い出す限り小学生以来じゃないだろうか。
 それも子供の時の喧嘩なんて友達の玩具を壊したとかその程度のモンだ。

 謝りながら過去の自分の行動に対して若干身に沁みるものはあったが、それにしても俺が誠心誠意真心を込めて謝っているのに、真島からの反応がない。
 コイツちゃんと聞いてんだろうか、とちらっと俯かせていた顔をあげる。

「…えっと。ち、違うんだよ?高瀬くんは何も悪くない。悪くないからね」

 真島は泣いても笑ってもいなかったが、その表情はどこか呆然と青ざめていた。
 ドクリ、と心臓が嫌な音を立てる。
 この顔はあまり良くないことを考えている顔じゃないだろうか。

「お、俺が全部悪いんだよ。俺が高瀬くんを好きだから…その、おかしいよね。俺が気持ちを押し付けただけなのに、大事だって言いながら高瀬くんに…あ、当たったみたいになって――」

 コイツは何を言っているんだ。
 もっとこの間みたいに気持ちをぶつけてくれていいし、そんな取り繕うような事は言わなくていい。

「俺もね、ちゃんと考えたんだよ。ちゃんと頭冷やして…その、難しかったんだけどね」
「おい、お前何言って――」
「だ、大丈夫だから…っ」

 青い顔をした真島の瞳が揺らぐ。
 俺の言葉を遮って声を荒げたが、それすらもまたいけない、とばかりに口を紡ぐ。

「ご、ごめんね。高瀬くんは本当に悪くないんだよ。だから謝らないで。絶対に悪くないから…」

 コイツは、また何かに怯えている。
 今は別れないと言っているのに、それでもやっぱり怯えている。
 仲直りしようとしてるのに、また少し気持ちがすれ違ったような気がしてしまう。

 俺が何かを言ってやらないといけない。
 けどもう『ごめん』は言った。
 謝ってるのに、謝るなと言われてしまった。

「――い、一緒にいられればいいんだ。一緒にいてくれるだけでいいんだよ。だから高瀬くんはもう、何も気にしないでね」

 真島はそう言って、震える手でぎゅっと俺の両手を取って目を瞑る。
 緊張しているのか酷く冷たい手に握りしめられたが、俺は反対に心がじわりと暖まるのを感じた。

 ああ、なんだ。大丈夫だった。
 すれ違ってなかった。

 それはここ数日、俺も思った言葉だった。
 色々考えて、反省して、最後に辿り着いた言葉。
 俺と真島が最終的に思ったことは、一緒だった。

 一緒にいられればいい。それだけでいいんだ。

 
「…分かった。なら気にしない」

 そう返したら、真島がハッとしたように目を開ける。
 冷たい手を握り返して、大丈夫だよとその瞳に語りかけるように微笑む。

「じゃあ仲直りしよう。その代わりお前も俺のこの間の言葉は、もう気にしないこと。いいな」
「う、うんっ!絶対気にしない」

 じわじわとその顔が色を帯び始める。
 その表情に少しホッとしたが、とはいえ根本的なことは結局解決していない。
 もう喧嘩をするつもりはないし、真島の気持ちを全部組んでやることにはしたが。

「じゃあつまり、お前はもう俺に触らないってことでいいんだな?」
「――えっ!そ、それは…っ。い、一緒にいられればいいけど…す、少しは…さ、触るけど…でも」
「でも?」
「や…やっぱりその、高瀬くんが俺を好きになってくれないと…その…」

 ゴニョゴニョと言い始める。
 俺はふふっと口端を緩めた。
 そうか。最初からこう言えばよかったんだ。

「分かった。ならそれでいいよ」

 俺の言葉に真島はほっとしたような表情を浮かべる。
 とはいえどこか残念そうでもある。
 相変わらず素直な奴め。

「じゃあそんなお前に一つ、相談したいんだけど」
「え?」

 真島がキョトンと首を傾げる。
 何を言われるか、全く分かっていないという顔だ。
 この鈍感野郎が。
 顔が熱を持っていくのを感じながら、俺は真島を見つめ返す。

「――俺は今お前に触りたいんだけど、それはどうしたらいい?」
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