129 / 251
119
しおりを挟むちらほらこっちに気付いた真島ファンがなんだか話し掛けて来そうな雰囲気だったので、俺達は慌てて外へ出る。
これ以上二人の時間を邪魔されてたまるか。
とりあえず一日目に喧嘩した場所と同じく、玄関脇のベンチまで歩いてくる。
俺が座ったのを見ると、真島もおずおずと隣に腰を降ろした。
ふわりと湯上がりの良い香りが鼻先を掠めて、なんだかギクリとしてしまう。
全員共通のホテル用の浴衣に羽織をかけただけの、なんら周りと変わらない格好なのに、真島の浴衣姿はやっぱりめちゃくちゃ格好良かった。
どこか憂いを帯びた瞳が過去の時代の偉人のような雰囲気すら醸し出していて、同じ男としてどうしてここまで違うんだと不公平さを八つ当たりしたくなるレベルだ。
少しはだけた浴衣の襟から覗く鎖骨に妙な色気を感じてしまって、思わず目を逸らす。
「高瀬くん、寒くない?大丈夫かな。湯冷めしちゃわないかな…」
俺の心境を相変わらず察せない真島は、安定の過保護っぷりを発揮しながら人の顔を覗き込んでくる。
大丈夫だと返事する前に、自分が掛けていた羽織を脱いで俺に掛けてくれた。
なんだこのイケメンは。
「…あー、えっとさ」
変に真島に流されない内に、俺は本題に入ることにする。
少し声音を変えただけであっという間に叱られ待ちの犬みたいになった真島は、チラチラと人の顔色を伺ってくる。
なんでこの状況でまた俺が怒ると思ったんだコイツは。
さっきまでのイケメンはどこへいった。
色々ツッコミどころはあるがもうキリがないので、俺は真島から視線を外すと顔を俯かせる。
それから一つ息を吸い込んだ。
「――ごめん。…その、今回のは俺が全部悪かった」
とりあえず、謝りたかった。
真島と一緒に自由行動を回れたことで、もうコイツが怒っていないことは分かっていたし雰囲気もいつもと変わらない。
それでも無かった事にしてはいけないと思った。
「…お前が俺の事を大事にしてくれてる気持ちはちゃんと分かったし…その、無神経な言い方をしたと思ってる」
あの言い方をしたのは真島を煽るためでわざとではあったが、それでももっとマシな言い方があったはずだ。
それがなんなのかはまだ思いつかないが、あれが真島を怒らせたきっかけになってしまったのには違いない。
「お前が言ったこともちゃんと考えたから。…あー、その、だからってすぐ気持ちが変わるわけじゃねーけど、でもちゃんと考えたからさ」
俺にしては歯切れの悪い謝り方だったが、こうなんというか、ガチで喧嘩して自分から悪かったと反省して謝るなんて、思い出す限り小学生以来じゃないだろうか。
それも子供の時の喧嘩なんて友達の玩具を壊したとかその程度のモンだ。
謝りながら過去の自分の行動に対して若干身に沁みるものはあったが、それにしても俺が誠心誠意真心を込めて謝っているのに、真島からの反応がない。
コイツちゃんと聞いてんだろうか、とちらっと俯かせていた顔をあげる。
「…えっと。ち、違うんだよ?高瀬くんは何も悪くない。悪くないからね」
真島は泣いても笑ってもいなかったが、その表情はどこか呆然と青ざめていた。
ドクリ、と心臓が嫌な音を立てる。
この顔はあまり良くないことを考えている顔じゃないだろうか。
「お、俺が全部悪いんだよ。俺が高瀬くんを好きだから…その、おかしいよね。俺が気持ちを押し付けただけなのに、大事だって言いながら高瀬くんに…あ、当たったみたいになって――」
コイツは何を言っているんだ。
もっとこの間みたいに気持ちをぶつけてくれていいし、そんな取り繕うような事は言わなくていい。
「俺もね、ちゃんと考えたんだよ。ちゃんと頭冷やして…その、難しかったんだけどね」
「おい、お前何言って――」
「だ、大丈夫だから…っ」
青い顔をした真島の瞳が揺らぐ。
俺の言葉を遮って声を荒げたが、それすらもまたいけない、とばかりに口を紡ぐ。
「ご、ごめんね。高瀬くんは本当に悪くないんだよ。だから謝らないで。絶対に悪くないから…」
コイツは、また何かに怯えている。
今は別れないと言っているのに、それでもやっぱり怯えている。
仲直りしようとしてるのに、また少し気持ちがすれ違ったような気がしてしまう。
俺が何かを言ってやらないといけない。
けどもう『ごめん』は言った。
謝ってるのに、謝るなと言われてしまった。
「――い、一緒にいられればいいんだ。一緒にいてくれるだけでいいんだよ。だから高瀬くんはもう、何も気にしないでね」
真島はそう言って、震える手でぎゅっと俺の両手を取って目を瞑る。
緊張しているのか酷く冷たい手に握りしめられたが、俺は反対に心がじわりと暖まるのを感じた。
ああ、なんだ。大丈夫だった。
すれ違ってなかった。
それはここ数日、俺も思った言葉だった。
色々考えて、反省して、最後に辿り着いた言葉。
俺と真島が最終的に思ったことは、一緒だった。
一緒にいられればいい。それだけでいいんだ。
「…分かった。なら気にしない」
そう返したら、真島がハッとしたように目を開ける。
冷たい手を握り返して、大丈夫だよとその瞳に語りかけるように微笑む。
「じゃあ仲直りしよう。その代わりお前も俺のこの間の言葉は、もう気にしないこと。いいな」
「う、うんっ!絶対気にしない」
じわじわとその顔が色を帯び始める。
その表情に少しホッとしたが、とはいえ根本的なことは結局解決していない。
もう喧嘩をするつもりはないし、真島の気持ちを全部組んでやることにはしたが。
「じゃあつまり、お前はもう俺に触らないってことでいいんだな?」
「――えっ!そ、それは…っ。い、一緒にいられればいいけど…す、少しは…さ、触るけど…でも」
「でも?」
「や…やっぱりその、高瀬くんが俺を好きになってくれないと…その…」
ゴニョゴニョと言い始める。
俺はふふっと口端を緩めた。
そうか。最初からこう言えばよかったんだ。
「分かった。ならそれでいいよ」
俺の言葉に真島はほっとしたような表情を浮かべる。
とはいえどこか残念そうでもある。
相変わらず素直な奴め。
「じゃあそんなお前に一つ、相談したいんだけど」
「え?」
真島がキョトンと首を傾げる。
何を言われるか、全く分かっていないという顔だ。
この鈍感野郎が。
顔が熱を持っていくのを感じながら、俺は真島を見つめ返す。
「――俺は今お前に触りたいんだけど、それはどうしたらいい?」
7
お気に入りに追加
866
あなたにおすすめの小説
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
【完結】浮薄な文官は嘘をつく
七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。
イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。
父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。
イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。
カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。
そう、これは───
浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。
□『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。
□全17話
【完結】私立秀麗学園高校ホスト科⭐︎
亜沙美多郎
BL
本編完結!番外編も無事完結しました♡
「私立秀麗学園高校ホスト科」とは、通常の必須科目に加え、顔面偏差値やスタイルまでもが受験合格の要因となる。芸能界を目指す(もしくは既に芸能活動をしている)人が多く在籍している男子校。
そんな煌びやかな高校に、中学生まで虐められっ子だった僕が何故か合格!
更にいきなり生徒会に入るわ、両思いになるわ……一体何が起こってるんでしょう……。
これまでとは真逆の生活を送る事に戸惑いながらも、好きな人の為、自分の為に強くなろうと奮闘する毎日。
友達や恋人に守られながらも、無自覚に周りをキュンキュンさせる二階堂椿に周りもどんどん魅力されていき……
椿の恋と友情の1年間を追ったストーリーです。
.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇
※R-18バージョンはムーンライトノベルズさんに投稿しています。アルファポリスは全年齢対象となっております。
※お気に入り登録、しおり、ありがとうございます!投稿の励みになります。
楽しんで頂けると幸いです(^^)
今後ともどうぞ宜しくお願いします♪
※誤字脱字、見つけ次第コッソリ直しております。すみません(T ^ T)
侯爵令息、はじめての婚約破棄
muku
BL
侯爵家三男のエヴァンは、家庭教師で魔術師のフィアリスと恋仲であった。
身分違いでありながらも両想いで楽しい日々を送っていた中、男爵令嬢ティリシアが、エヴァンと自分は婚約する予定だと言い始める。
ごたごたの末にティリシアは相思相愛のエヴァンとフィアリスを応援し始めるが、今度は尻込みしたフィアリスがエヴァンとティリシアが結婚するべきではと迷い始めてしまう。
両想い師弟の、両想いを確かめるための面倒くさい戦いが、ここに幕を開ける。
※全年齢向け作品です。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる