ベタボレプリンス

うさき

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 結局俺がヒビヤンに言ってやれることなんか見つからなくて、いつもと変わらないどうでもいい世間話で昼休みは終わってしまった。
 自分のポンコツさが少し身に沁みたが、ヒビヤンは「おまえのせいでなんか気が抜けたわ」と笑っていた。

 放課後、教室を出たら真島が廊下で待っていた。
 見るからにその顔はもう『待て』中の犬そのもので、俺を見る視線が完全に期待に満ち溢れまくっている。
 そういやちゃんと待てたらご褒美やるって言ったんだっけ。
 アイツの機嫌を損ねないために言ってやった言葉だったが、効果は絶大だったらしい。

「た、高瀬くん、俺ちゃんと待ってたよ。いい子にしてたよっ」
「おー…エライエライ」

 なんか若干鼻息荒いんだが。
 どこかうずうずソワソワしている真島は、もう触りたくて堪らない、と言った感じだ。

「でもお前これから授業あるし部活もあんだろ」
「…っ、そうなんだけど」

 こんな廊下のひと目を引くところで真島に触れてやるわけにはいかない。
 真島もそれは分かっているらしく、見るからにガクリと肩を下げてしょぼくれた顔をする。
 ほんと分かりやすい奴だな。

 だがそんな表情の一つ一つが、堪らなく愛しいなんて思ってしまう。
 自然と表情が緩んで、心臓が音を立て始める。

「ほら、ご褒美」

 俺は鞄から袋を取り出すと、それを真島に渡してやった。

「――えっ?」

 驚いた顔で真島がそれを受け取る。
 その瞳が、みるみるうちに爛々と輝き出していく。

 俺が真島にやったのは、購買で売ってたアップルパイだった。サービス品で80円。
 ヒビヤンと昼休みに購買行ったら丁度目についたし、安かったから真島のご機嫌取りついでに買っといてやった。
 コイツ前にアップルパイが好きだとか言ってたし。

「授業長いし腹減るだろ。部活前にでも食えよ」
「…た、食べられないよっ。勿体無くて…」
「アホ。腐るだろ」

 真島は感動したように顔を赤らめてアップルパイを見つめている。
 こんなんで大喜びして、ほんと安い男だな。

 真島は俺へ視線を戻すと、切なげに目を細める。
 形の良い唇が優しく弧を描いて、真っ直ぐな愛情を受けているかのような気持ちになった。

「…はぁ、どうしよう。今すぐ触りたい」
「なんかお前発言が変態ぽいぞ」
「ご、ごめん。でも…触りたい。抱きしめて、たくさんキスしたい」

 酷く蕩けたような視線でそう言われた。
 それは意図して言ったというより、口からどうしようもなくこぼれ落ちてしまったという感じで。
 一気にむず痒い気持ちが背中を駆け抜けて、俺はカッと熱くなる顔を振り払うように周りを見回した。

「お、お前発言に気をつけろよな。誰が聞いてるか分かんねーぞ」
「…うん。ごめんね」

 だが真島は全く反省していないようで、熱の篭った視線で俺を見つめるだけだった。

 心臓がどんどん早くなっていく。
 伝染したように、こっちまで無性に真島に触りたくなってしまう。

 無常にも予鈴が鳴って、俺達は現実に引き戻されるように顔を見合わせた。
 日毎に真島を好きになっていってしまう。
 気持ちがどんどん溢れて、止まらなくなっていく。
 


 その日の夜はもう少しでもいいから会いたいと言う真島が、遅くなってから俺の家に来た。
 俺もバイトだったから時間的にはちょうど良かったが、きっと頭も身体も使ってる真島のほうがずっと疲れているだろう。
 チャイムが鳴って玄関を開けたら、すぐに抱きしめられてキスをされた。
 これまた今日は一層俺を抱きしめる力が強くて、本気で骨が折れんじゃねーかと思った。
 が、真島はさほど俺に触れていないうちに、ガバッと身体を引き離す。

「…っはぁ」

 切なげに息をもらすその表情は、どこか苦しそうだ。
 正直触りたかったのは俺も同じで、もっと欲しいと真島の服を引く。

「う…ごめん。今はやばい」

 何がヤバイのかは分かっている。
 真っ赤な顔で息を荒げる真島は、色々と限界らしい。

「やばくてもいいよ。だから何してもいいって言ってんだろ」
「…だ、駄目だよ。俺は高瀬くんに嫌われたくない」
「いまさら嫌わねーよ」
「じゃ、じゃあ好きになってくれる?」

 それを言われると、絶句してしまう。
 俺の表情を見て、真島が慌てたように俺の身体を引き寄せた。

「ごっ…ごめんなさい。今のは忘れて…っ、忘れてくれていいから――」

 本当はそんなことちっとも思ってないくせに、それでも俺の機嫌を損ねるよりはいいと思ってるんだろう。
 だが、忘れられるはずがない。
 ズキリと胸が傷んで、俺は真島に縋り付くように背中に手を伸ばす。

 好きなんだ。
 俺はちゃんとお前が好きなんだよ、と心の中で何度も思う。

 一度痛みを持ってしまった心は、追い打ちを掛けるように鋭さを増していく。
 たった一言だ。
 たった一言で楽になれる。
 それでも俺がその言葉を言うわけにはいかない。
 その言葉を言ってしまった未来が、どれほど明るくないかは分かっている。

「…お前の好きにして、いいのに」
「うん…。高瀬くんがそう言ってくれるだけで、すごく嬉しいよ」
 
 真島はやっぱり、それ以上手を出してはこなかった。
 それどころか、少しずつ俺に触れてくることが少なくなっていった。
 いつだってもっと触りたいという顔をしているのに、必死にそれを押し留めている。

 ――苦しい。

 好きな気持ちが増えていくに連れ、苦しさも増していく。
 好きな奴に好きだと言えないことが、こんなに苦しくなるとは思わなかった。
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