ベタボレプリンス

うさき

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 帰り道を二人、並んで歩いていた。

 真島にはあれ以上俺は何も言えず、頷くこともこれ以上待てということも出来なかった。
 人が来る気配がして、それで俺を離した真島に「帰ろう」と一言告げた。

 真島の身体は震えていて、手を差し出したら慌てたように立ち上がった。
 俺に余計な迷惑を掛けてはいけないと思ったんだろう。
 いつもだったらとっくに泣いているのに、痛々しくなるほど我慢しているのが目に見えて、こっちが泣きたくなる。

 家には行かないから送るだけさせてと言った真島に、こくりと頷く。
 俺達の間に言葉は無かったが、よく考えたら俺と真島が二人でいる時は言うほど会話しているわけでもない。
 ヒビヤンだったり他の男友達だと出来る馬鹿げた話も、真島相手にはしたことがなかった。
 最初の頃にも思ったが、コイツとは普通に出会っていたら絶対に友達にはなってない。

「…あのさ、聞いてもいいか」

 口を開いたら、真島が大きく肩を揺らす。
 その目が酷く怯えていて、なんだか俺がいじめているみたいだ。
 こんなのはきっと、付き合っているなんて言わない。
 
「お前俺が大事だって言うけどさ、なんでそんなに俺の事好きになったんだ?」

 聞いたら、真島の目が「えっ」と驚きに丸くなる。
 なんだよ。その今更?みたいな目は。
 だが俺の中での真島の記憶は、どう頭を捻ってもあの告白からしかない。
 もしかしたらコイツは誤解して俺の事好きになってんじゃねーかなと、いまだに疑問だ。

「…え、えっとね、中学の時俺の事知らなかった?」
「は?知るわけねーだろ」

 普通に返したら、思いっきり何かショックを受けている。
 なんでだ。

「…じゅ、塾が一緒だったんだよ」
「えっ、マジで。真島とかいたっけ」
「あっ…えっと俺、特進コースでね」

 コース違うとか絶対わからん。
 それから辿々しい口調で語られる真島の話は、それは実にアホらしい内容だった。
 真島がこれだけ俺を好きだというから、もっと命を助けたくらいの盛大なドラマでもあるのかと思っていた。
 あまりにも俺には全く理解できない理由で、ちっともこいつの気持ちに共感なんて出来なかった。

「…え、ちょっと待て。中三の夏からってことは…お前二年以上も俺の事好きなのかよ?」

 衝撃の事実に目を瞬かせれば、真島は思いっきり顔を真っ赤にさせる。
 なんだその恋愛話して好きな子がバレた女子みたいな反応は。

「…す、好きだったんだ。ずっと好きだったんだよ。ずっとずっと、見てたんだよ」

 真島は今告白してきたみたいに、ぎゅっと目を瞑ってそう言った。
 人違いじゃなかった。
 勘違いでも、誤解でもなかったのか。

「そう…か」
 
 俺は真島の言葉に驚きながらも、トクトクと速い心臓の音を感じていた。
 そんなに長いこと好きだったやつに、たった一週間程度で諦めろというのが、そもそも無理な話だったのか。


 ふと視線の先に俺の住むマンションが見えた。
 もうすぐ家に着いてしまう。
 まだ離れたくないと、自然にそう感じてしまった。

「…は、離れたくないよ、高瀬くん」

 ――ドキリ、とした。
 
 自分の心を読まれたのかと思ってしまった。

「ご、ごめんね。俺…高瀬くんの気持ち全然考えてないよね…でも、好きなんだ。どうしても俺には高瀬くんだけで――」

 マンションの前に着いて、立ち止まる。

 逃さない、というように真島に手を取られた。
 いつも熱く俺を困惑させるその手は、今は酷く冷たい。

 俺だって離れたくなかった。
 真島には全く共感出来ないし性格だって違うのに、それでも今の気持ちは同じだった。

 だがそれを知っているのは、俺だけだ。
 
「…ほんとだよ。お前、俺を好きだ好きだって言うくせに、全然俺の事なんか分かってねえ」

 吐き捨てるように言ったら、真島がビクリと震える。
 怯えたように俺を見つめる瞳を見たら、どうしようもなくコイツを甘やかしてやりたいと思ってしまった。

 コイツの気持ちに応えて、好きなだけ触らせてやったらどれほど喜んでくれるんだろう。
 好きなだけ欲しい台詞を与えて、こいつの言うこと全部を聞いてやったらどんな顔をするんだろう。

 つまるところ俺は、手遅れだった。
 コイツと今すぐに別れるなんて、もう無理だった。

 そう悟ったら、ストンと俺の中に一つの想いが滑り込んでくる。
 それは一度酷く俺の気持ちを蝕んだが、それでも自然とそれしかないな、と決めていた。

 ああそうだ、これなら真島に約束もやれて、考える時間もあげられる。
 二年越しの想いに比べればそれでもまだ少ないが、充分な時間だ。
 少なくともあいつがいつ別れられるのか、俺の一言一言に顔色を伺ってビクビクすることはなくなるだろう。

 ただそれは、同時に酷く残酷な選択でもある。

 それでも俺は、今この時の真島の人生を自分に付き合わせることを決めた。
 それは紛れもなく、真島ではなく自分のためだった。


「真島、聞いて」

 顔をあげて、しっかりとその目を見据える。
 俺の真剣な表情に何か察したのか、真島の顔から一気に血の気が失せていく。
 こんな顔を、もう俺は何度させたんだろう。
 
 そう思いながら眉を落とすと、怯えているその顔にそっと笑いかけてやる。
 俺にしてはヘタクソな笑顔だったが、とてもじゃないが綺麗に笑うことは出来なかった。

「お前に俺の残りの高校生活、全部やる」

 声が震えないように、意思が揺らがないように。
 真島の瞳を、しっかりと見つめる。

「ああ、もちろん途中でお前がいらねってなったら捨ててくれてもいいけどさ。俺は残りの高校生活全部使って、これからお前で遊ぶことに決めた」
「え…と。でも、それは――」
「約束してやるから」

 約束、の言葉に真島が肩を震わせる。
 ずっと中途半端にされていた状態の真島に、初めてくれてやる約束。

「卒業するまでは、絶対お前と別れない」

 別に真島が別れたいとなったら別れてくれてもいいけど。
 だが俺からは、絶対に別れるとは言わない。

「だから高校が終わったら、俺達の関係は終わり。それでいいな」

 真島の目が大きく見開く。
 それからガクガクと震えて、ぼろりとその目から涙が零れ落ちる。
 ずっと、ずっとここまで今日は頑張って堪え続けてきた涙。

 結局俺は、真島を傷つけている。
 そう思ってしまったが、自分の気持ちが今すぐ真島を離してやれなかった。

 それにコイツにも時間が必要だと思った。
 残り一年と少しもあれば、俺と別れるだけの気持ちの整理もつけられるだろう。
 それでも真島が俺を想ってくれた期間を思えば、全然足りないが。

 真島の目から次々と涙の雫が滴っていく。
 だがその両手が不意に力強く握られて、喉を震わせて大泣きしているくせに俺の顔をしっかりと見下ろしてきた。

「…変えるから」
「え」
「なら俺は残りの時間で、高瀬くんに絶対好きになってもらうからっ――」

 真島はそう言ってくれた。
 絶対に、絶対に好きにさせるから、と真島は泣きながら何度も何度も言ってくれた。
 でも残念ながらそれはもう無理なんだ。

 だって俺は、





 もうお前のことが好きだから。
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